82 敵襲 上
一仕事終えた俺の気は緩んでいた。
馬車に揺られながら、カルガに報告を終えたら食事でも頂いて、それから温泉に浸かって……等と呑気な事を考えていたのだ。
カマキリ達も気が緩んだのか帰路で自分たちの名前を教えてくれた。
「俺はカダル。本当はもっと長いんだけど、カダルって呼ばれてます」
「俺もフゾン。本当は……という訳さ」
カダルは生真面目、フゾンはざっくばらんな感じがした。
流石に何時間も一緒だと少し彼らの事が分かってきた気がして嬉しかった。
メアは俺の肩に頭を乗せて転寝し、イスティリは何故かウシュフゴールの角を一生懸命布で磨いていた。
「よしっ! これでツヤツヤのピッカピカだ! 前から気になってたんだよね。ウシュフゴールさんの巻き角、泥が入り込んでたんだ」
「あ、ありがとうございます。イスティリ様」
「やだなー、イスティリで良いよ! 同じセイ様の仲間じゃん!」
「で、では、私の事もウシュフゴールと呼んで下さい」
そのやり取りをグナメルは興味津々で聞いていた。
「魔王種がラビリンス・マスターと戯れる……何とも奇妙な光景じゃわい」
グナメルが目を細める様子は優しさに満ち溢れていた。
彼もまた馬車に揺られながら、目を瞑り眠り始めた。
俺もまた睡魔に抗しきれず、瞼が重くなっていったその矢先、御者が急に手綱を引いて馬車を止めた。
「曲者っ! 我らがカルガ様直参の騎士と知っての狼藉か!」
「貴様ら雑魚に用など無いわっ!! 大人しくセイと言う男を差し出せば命だけは助けてやらんでもないぞっ!!」
ヒステリックな金切声の女性の声が聞こえた。
その女性に雑魚と言われたカマキリ達はいきり立った。
「何を血迷い事をっ。カルガ様の客人に鎌先一本触れさせんわ!」
見るとカマキリ戦士たちが、何やら物々しい集団と小競り合いを始めていた。
御者は震えながら正面を見据えていたが、隙を伺って馬車から飛び降りると、もと来た道に走って逃げた。
イスティリは素早く馬車から飛び降りると、カマキリ達の後方で斧を構えた。
俺たちも馬車から飛び降りる。
カマキリ達と対峙する集団はおよそ二十名程だろうか。
ほぼ全員が剣を構え、杖を携えて者もいた。
一人だけ、分厚い紙束を綴じたファイルの様な物を持つ貧相な男が居り、異彩を放っていたが。
その集団のリーダーだろうか、青い甲冑に身を包み、左手に杖、右手に剣を持った表情に乏しい美少年がカマキリ達に口上を述べた。
「私とて無益な殺生は好まぬ。その邪悪な神の信徒をこちらに寄越せば、このまま退散する事を誓おう」
「バイゼル。この野蛮な蟷螂どもも抹殺しておしまいっ!」
「伯母上、貴女は黙っていて下さい。私達の目的はセイの『駆除』のみです」
そのまま仲間割れでもしてくれないかな、等と考えていたが結局ヒステリー女が折れて引き下がった。
しかし言うに事欠いて『駆除』とは酷いな。
明らかに俺を殺す気マンマンじゃないか。
「失礼。私はガリズ神聖騎士団の団長、バイゼル=ルフ=ハランディール。君達が選べる選択肢は二つ。セイを引き渡すか、引き渡さないか、だ」
「もしボク達がセイ様を引き渡さないと言ったら?」
「戦い、勝った側が自由にする、というのでどうかな?」
美少年バイゼルは酷薄そうな笑顔でイスティリに返答し、彼女に剣の切っ先を向けた。
その剣を、カマキリ戦士の一人が鎌で打ち払う。
「仮にも神聖騎士団を標榜する集団が何故このような狼藉を働くのだっ!」
「愚鈍な蟷螂は分からないだろうね。この世界に災厄の種は二つも要らないんだよっ。もうすぐ魔王が降臨する。それまでにセイを殺し<祝福>を奪うのさっ!」
ヒステリックに喚き散らす女が全てを語ってくれた。
次の瞬間、バイゼルの合図でその女は別の騎士に剣で貫かれた。
「ガハッ!? バイゼル? バイ……ゼル? 何故? な……」
「書記官。カラリア=ルルク=ハランディーナはセイ一派の襲撃を受け、苦悶の死を迎えた。私、バイゼル=ルフ=ハランディールはその仇を討つ為、彼らに戦いを挑んだ」
「ハッ」
ファイルを持った貧相な男が慌てて速記を始めた。
バイゼルは剣を高々と掲げる。
「行け! 神聖にして崇高なる我が騎士団よ! ウィタスに仇なす邪神の徒セイを誅すのだ。そしてその<祝福>を我に捧げよ!」
うわ何この自分に酔ったサイコ野郎、と思ったが、俺に襲い掛かる<雷撃>の連射を『食べる』のに必死になってそれ所ではなくなってしまった。
こちらの言い分など端から聞く耳を持たなかったのは見え見えだ。
メアは即座にイスティリとカマキリ達に付与魔法を詠唱しながらグナメルの前に立った。
サイコ野郎は満足そうに後方に下がると、彼の配下が猛然と詠唱を開始した。
射線上にバイゼルが居なくなると同時に<稲妻>が容赦なく飛んで来始めたのだ。
カマキリ戦士とイスティリが左右に分かれる。
俺は一歩前に出て<稲妻>を片っ端から飲み込む。
その間にもカマキリ戦士のカダルは羽を広げ、舞う様に一番近くに居た騎士に鎌を振り下ろすと、その騎士は一旦は剣で受け止めはしたものの、力で押されて膝を付いた。
そこを別の騎士が強襲し、カダルに剣を突き立てようとした。
しかし、その騎士は剣を振るう事無く、態勢を崩しては何度も立て直し、最終的には頭を押さえながら突っ伏した。
彼はウシュフゴールの<睡眠>に幾度となく抵抗したようだったが、彼女に呪文を連射され昏倒したのだった。
ウシュフゴールが右手を振るとその方向に居た騎士たちが二名倒れた。
左手を振ると三名が倒れる。
しかしすかさず周りの騎士が彼らを揺り起こし、戦線に復帰させた。
だがその光景をイスティリが指をくわえて見ている筈も無かった。
彼女は手薄になったエリアをフゾンに教え、彼を突貫させ、自身はバイゼルの周りで呪文を詠唱している奴らに躍り掛かった。
イスティリの斧が敵の胴体に差し込まれ、鮮血がパッと弾けた。
返す刃で隣の奴を狙うと、そいつは杖で斧を受け止めようとして失敗し、右腕が宙を舞った。
右腕を失った男は気丈にも剣を抜こうとしたが、そこに彼女の膝蹴りが顔面に飛んできて、今度は体が宙を舞った。
フゾンは羽ばたくと前足で騎士に飛び蹴りし、そこから左右の鎌を大きく振り回して数名の騎士を纏めて打ち払った。
しかしフゾンの活躍はそこまでだった。
彼は側面から剣の一撃を受けてよろめいた。
イスティリが割って入り、フゾンは緑色の体液をまき散らしながら後方に下がって来た。
「フゾン!」
「いってて! じいさん! 回復! 回復呪文よろしく!」
グナメルは成り行きでこちら側になってしまっただけだったが、それでもフゾンの手当てをし始めた。
「よくもフゾンを!」
カダルが猛然と残りの騎士に突進した。
イスティリも彼に合流すると騎士達に果敢に挑んでいった。
メアは思い切った手に出た。
バイゼルに<雷撃>を連射する。
しかし彼は余裕を持って回避すると、メアに向けてお返しとばかりに<雷撃>を放った。
俺はその<雷撃>を飲み込んだ所で一瞬意識が遠のいた。
貧相な骸骨が『ヒヒヒヒッ』と嗤う幻覚が沸き起こる。
どうする?
モーダスで騎士達ごと丸呑みにするか?
ル=ゴでバイゼルに狙いを付けるか?
それとも……。
俺は選択を迫られていた。
ふと見ると、バイゼルの斜め後方からトウワが近付いているのが見えた。
そして『バシーン!』と彼の顔を盛大に触手で叩いたのだった。
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