80 ノヴ=ソランという男
カルガの手配してくれた馬車に乗って俺たちは村に向かった。
御者は普通のヒューマンだったが、カルガの配下のカマキリ戦士が二名随行した。
カマキリ戦士たちは鎌の手に金属製のソケットを填めており、その先端は研ぎ澄まされた槍の様だった。
四本の足も金属の防具で覆われていたが、胴体は何も付けていなかった。
胴体に防具を付けない理由は後々判明した。
彼らはその羽を使い舞う様に戦うのだ。
彼らは馬車の左右に付き従い、ズンズン進んでは馬車を追い越してしまい、少し待機するという動作を繰り返した。
流石健脚で鳴らした一族だと俺は感心した。
道中ウシュフゴールは落ち着かない様子で俺をチラチラと見ていた。
彼女は俺の仲間になりたがっていたが、この仕事が終わったら決着を付ける約束だったのだから、ソワソワするのも当たり前か。
道中で一度食事をした。
カマキリ達が言うには村には悪臭が充満し、食事所では無くなっているのだとか。
最近は村長が日を置かず、毎日のように嘆願書を持参しては館を訪れ、悪臭を何とかしてくれと文官をきつく責めるのだという。
カルガも最初の内は相手をしていたが、途中から文官に一任して逃げ回っているのだとか。
「兎に角、貴方様のお力頼りなのですよ。なんせ巨大なイノシシの様な魔族でしたので、その腐敗臭が村全体を覆ってしまって……」
「なるほどな。領主が好きなだけ報酬を、という理由もわかる気がする。悪臭で村が滅ぶのか……」
カマキリ達は紐で縛った巨大なコオロギをバリバリ食べたが、俺たちに気遣ってか馬車の影で食べていた。
俺たちと御者はパンにバター、それに柑橘類の皮で作られた砂糖漬けが振舞われた。
「それがここらの特産、デオデの砂糖漬けですよ」
カマキリが教えてくれた。
セラが食べたがっていたデオデはオレンジに近い食べ物であるらしかった。
セラに一口あげると、彼女はもっと食べたいのか俺の分のデオデの前で小刻みに震えた。
「好きなだけ食べなよ」
(わーい)
セラがシャリシャリと砂糖漬けを食べるのを見ていると、村の方角から大柄な熊が向ってくるのが見えた。
「おーい! 村長ー。約束してたお人が到着したぞー」
カマキリのその言葉にその熊は猛然と駆けよってくると俺たちの前で急停止した。
「はぁはぁ! はぁはぁ! あ、貴方様が、死体を処理して下さる魔術師殿か!」
荒い息を整えながら熊村長は俺の手を取り、喜びのあまり俺ごと振り回した。
俺は遠心力で体が水平になったが、熊村長はそんな事にも気が付かないまま大喜びしていた。
ようやく地面に降ろされると、熊村長は改めて俺に挨拶した。
「私はカーロ村の村長、オルクワ=タラノと申します。遠路はるばるお越し下さいましてまことにありがとうございます。先に村に戻り始めます! 皆さま食事が終わり次第お越しください!」
俺たちも軽く挨拶すると、熊村長は来た道を戻り始めた。
食事を終えると村に向かい、丁度村に到着する手前で村長を追い越した。
「おおーい! 村の衆! 領主さまが約束を守って魔術師殿を連れて来て下さったぞー」
熊村長が大声で触れ回ると、藁ぶきの住居から沢山の熊が出て来て俺たちを取り囲んだ。
皆、口々に感謝の言葉を述べては俺たちの手をさすった。
しかし実際村の悪臭は酷かった。
村に入る前からイスティリは青ざめた顔をしていたし、メアはハンカチを取り出して口を覆った。
ウシュフゴールは目を瞑ってじっと耐えていたし、トウワは上空に逃げてしまった。
そこで俺はまずその死体を処理する事が先決だと悟り、村長にその場所に案内してもらった。
村人たちも大半が付いて来て俺の『仕事』を見物するようだった。
その死体は畑のど真ん中にあり、確かにイノシシに似た生き物ではあったようだが、その大きさは全長10メートルはありそうな巨体で、それが横たわった状態で腐乱していた。
死体の近くには一人の僧服を着た老人が居り、彼が空気を浄化する呪文を唱え続ける事で辛うじてこの村は生き永らえているという事だった。
村長いわく、彼が居なければ村落を放棄して移住する案すらあったのだと言う。
そして……明らかに村人ではない人物たちが遠巻きに俺たちの様子を伺っていた。
どこで漏れたのだろうか。
「セイ。あの人たちはセイの力を見定めに来たんじゃないかと思います」
「俺もそう思う。とは言え、ここまで来たらもうやるしかないしなー」
「私が眠らせましょうか?」
「いや、それは流石にマズイだろ」
その者達は三つのグループで分かれており、漆黒の衣服に身を包み、二名のゴブリンを従えた若い男を中心としたグループ。
それに紫のローブに身を包み、杖を持った初老の男を筆頭にした十名ほどの集団。
最期は、無表情の二人組のヒューマンだった。
「セイ様。あの中で一番危険なのは二人組のヒューマンです。明らかに殺しに馴れた目をしています」
「うーん。俺もあの二人とは友達になれそうにないなぁ。なんか人であって人でない感じがする」
「その感覚は間違いでは無い気がします。ボクの首筋もチリチリして違和感が拭えないです!」
とは言え、この状況下でコッソリ死体を始末できる訳も無いのでモーダスを使って一気に処理する事にした。
『なんと! 儂の出番でございますか! あの死体を喰えば良いのですね! お任せ下され!』
「うん。流石にあんな腐乱死体をル=ゴに喰わせたくない。神格とは言え女性なんだし」
『……』
モーダスは不満そうに沈黙したが、ル=ゴは蛇を俺の手に一周させて感謝を表してくれた。
次の瞬間『ザコンッ』という小気味良い音が響き、もうそこには死体は存在せず丸く陥没した畑があるだけだった。
「「「おおっ!?」」」
感嘆とも取れる声が幾つも響き、村長を筆頭に村人たちは大喜びだ。
初老の男は何度か頷くとそのまま立ち去り、その配下と思わしき者達も後に続いた。
ヒューマン二人組は最後まで無表情のまま、足早に近くの雑木林に消えていった。
そして、ゴブリンを従えた若い男だけが俺に近づいてきた。
「よお! 俺の名はノヴ=ソラン。お前さんの『力』を見たくてここで張ってた」
彼は気さくに握手を求めてきた。
よく見ると彼はエルフであるらしかった。
彼は俺の肩を叩くと、ニカっと笑ってから「素晴らしい」と呟いた。
「どうだ、お前。俺の配下にならんか? 俺の配下になれば好きな街を一つやろう。そこの税で嫁さん達に好きなモン買ってやれば泣いて喜ぶぜ?」
「偉く破格な条件だな。でも今は良いや。また気が向いたらよろしく」
「うっわー。街一つで陥落しない奴初めて聞いたぜ! 分かった! なら副都をやる! ここの税収ならダイエアラン地方全体の税と同じくらいだぜ」
何者だコイツ、と思っているとメアが俺の袖を引っ張った。
「セイ。ソラン氏族は王位継承権を持つエルフ一族です。その中でもノヴと言えばただ一人、王位継承権一位のノヴ様です」
「そっそ。俺がウルクの黒太子ノヴ様よ。まあそこは置いといてよ、副都で手を打たねえか、セイさんとやら?」
「断ったらどうなる?」
「うー、そういう言葉が出るってことは断る気だな。まあお前が断った所でどうもならねえよ。とりあえずコナ掛けときたかっただけだしな」
「良かった。もし『俺に歯向う気か!』なんて言われたらノヴ=ソランという男を嫌いになる所だったよ」
「そりゃどーも」
彼はそう言うと、ゴブリンに腕輪を持って来させた。
「これは俺と直通で話せる腕輪だ。副都で手を打つ気になったら連絡くれよな」
「分かった。気が変わったら連絡するよ」
こうして俺はエルフの王族、ノヴ=ソランと出会ったのだった。




