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79 領主カルガ

「イスティリー、先に上がるぞー」


 俺は遠くを泳いでいたイスティリに声を掛けると、露天風呂から出た。

 慌ててイスティリがこちらに泳いでくるのが見えたが、彼女が来るまでにさっさと水気を拭いて服を着始めた。


「うっわー、セイ様ずるーい。先に出て、ボクが恥じらいながら服を着る所を見る気ですね!」


 仁王立ちしたイスティリが俺を責め立てる。

 全裸で。


「いや、イスティリ? 逆に聞きたいが、お前には恥じらいと言う物が無いのか?」

「どうです! 最近アチコチ大きくなってきたと思うんですよ、ボク!」


 彼女はフンハーっと鼻息荒く胸を反らすが、大きくなった箇所はどこか分からな……


『ガブリッ』


「ギャーァァァ!?」


 俺は悲鳴を上げた。

 その横をタオルで全身を覆ったウシュフゴールがそそくさと駆け抜けた。


「ウ、ウシュフゴール! 助けてくれっ!」


 彼女はチラっとこちらを見たが、助けてはくれなかった。


 俺は首筋にきっちり歯形を付けられてヒリヒリ痛んだが、イスティリはそれでも機嫌を直してくれず、結局部屋まで謝り倒す羽目になった。

 

 部屋まで帰ると丁度メアがオグマフへの定期連絡を終えた所で、自分の荷物の中から小瓶に入った乳液を取り出すとヒタヒタと肌につけ始めた。

 どこの世界の女性も同じなんだな、と見ているとイスティリも興味があるのかメアの横に座って手を差し出した。

 メアは小瓶を振り、イスティリの手に数滴落としてやると、使い方をレクチャーし始めた。

 どうも適当に塗りたくるものではなく、手順があるらしかった。


 それを見たセラも興味津々でメアの所まで飛んで行く。

 メアはセラにも数滴振ってやるが、乳液はそのままセラの内部にポタポタと『落ちて』行ってしまった。


(は、は……は、はくしょん!? は…くしょん! くしょん!?)


 セラは小刻みに震え、その乳液が内部で拡散するまでくしゃみを連発していた。

 メアとイスティリはびっくりしていたが、セラのくしゃみだと教えてやるとコロコロと笑い始めた。


(もう! ビックリしました! まさか乳香でくしゃみが出るなんて!)


 四次元の天使は乳液でくしゃみが出るのか。

 俺はちょっと考えてセラに問いかけてみた。


「セラは前世では乳香は使わなかったのか?」

(はい! わたくし色恋沙汰には疎い女の子でした! 学問命で有名で、史上最年少の博士だったんですよ!)

「そっかー。最年少で博士か。凄いな」

(あれ? わたくし今……何か言いましたか?)


 案の定、答えは返ってくるが、セラはそれを覚えていなかった。

 セラ自身も試練を受けて居たり、元々の出自がマルテルだったりと謎は多い。

 

 セラの背後にはシオの意図が垣間見れるが、それがどういった意味を持つのかまでは分からなかった。

 ただ一つ言える事は、俺にとってセラは運命を共にする大切な仲間だと言う事だ。

 そのセラには幸せになって欲しい。


 俺がこの世界を救った後、セラはどうするのだろう。

 またシオの世界を管理する天使に戻るのだろうか?

 それともあの天使長が言っていた通り、転生してまた人間に戻るのだろうか?

 

(それはセイがこの世界を救った時に分かりますよ)


 シオの声が確かに聞こえた。

 俺はその声を信じる事にした。


 そこでドアをノックする音があり、俺はハッっとして現実に舞い戻った。


 恐る恐るウシュフゴールが入って来た。

 メアから借りた服を着ていたが、胸元がブカブカで下着が少し見えていた。  

 それを見たイスティリは何故かガッツポーズをした。

 俺もガッツポーズをしそうになってメアに白い目で見られた。


 ウシュフゴールは素早くベッドまで行くと毛布を被り、そのまま静かにしていたが、十分ほどすると幸せそうに頭だけ出して寝息を立て始めた。

 

 トウワは当初厩に入れられそうになった事を根に持って怒っていたが、釣り竿を買う話をすると機嫌を直して部屋の端で寝入り始めた。


 俺もベッドに潜り込むと、イスティリとメアも左右から潜り込んできた。


 ……乳液の良い香りがした。


 こうして夜は更けていったのだった。



 

 翌朝、皆で朝食を摂り、熱いお茶を飲んで寛いでいると、ロダリエが来て領主の館まで案内してくれた。

 領主の館はオグマフ邸より大きく頑丈そうな石造りで、お城の小型版といった感じで、質素だが実用的な作りに思えた。


 中に入ると、メイド服を着た女性が俺たちを案内した。

 そのメイドの額には小さな角が二本生えていて、ファッションなのか右の角には小さな鈴、左の角には花冠を付けていた。

 スカートからは蜥蜴の尻尾がチョコンとはみ出しており、その先端にもご丁寧に装飾された銀環を嵌めていた。


【解。アーリック。青龍シズメの角より作られた武器。それに付着していた肉片より作られた合成種族。亜龍族とも言われるが、その歴史は浅い。主要十二部族ではない】


 さしずめ竜人とでもいった所か。

 可愛らしく尻尾をフリフリしているのを見ていると、メアに耳を引っ張られた。

 ウシュフゴールはパッと胸元を隠した。


「うーむ。誤解だと思うんだ」

「何が誤解なものですか」


 メアにバッサリ切り捨てられた所で、領主の部屋に通された。

 部屋の中には大きな……体高3メートル位のカマキリが居て、俺たちに頭を下げた。


「ようこそ、お越しくださいました。私がロオス領主カカルザンドネ=ルメンフィリス=ガイダネントドラスです。略してカルガで通っております」


 この巨大なカマキリがロオスの領主であるらしかった。


【解。グレッド。ウィタスに二種だけ存在する昆虫系の種族である。俊敏でタフなため、飛脚や伝令といえばグレッドである。主要十二部族】


 カマキリは鎌をシャリシャリと擦り合わせると、俺たちに椅子を勧めた。

 ロダリエは領主の横に立ったまま控えた。


「どうぞ、お掛けくださいませ。セイ様とその奥様方」


 俺とイスティリ、メアの椅子は用意されていたが、ウシュフゴールとトウワの椅子は無かった。

 とは言えトウワに椅子は必要なかったが。


 俺はウシュフゴールの分の椅子も用意してくれるようメイドに頼むと、メイドは少し嫌そうな顔をした後で椅子を持ってきた。


 カルガはその様子を見てメイドを窘めた。


「これ、客人の前で!」

「……申し訳ありません」


 カルガはメイドに下がってよい、と伝えると彼女はいそいそとドアを蹴破るように出て行ってしまった。


「先日より雇い入れた姉妹の片割れなんですが、どうも仕事が雑でして。……ご不快になられたでしょう」


 俺が大して気にしていないといった事を伝えると、カルガは鎌をシャリシャリ擦り合わせて首を傾げていた。


「それなら良いのですが、そちらの奥様方は顔を真っ赤にして怒ってらっしゃるご様子ですが?」

「あっ、ボク達、ぜ、全然怒ってなんかいないです!」

「その通りです! むしろ嬉しいくらいで!」


 頭から湯気が出そうな勢いの二人は手をブンブン振って怒っていない事をアピールしていた。

 カルガはやっと納得したのか、ようやく話し始めた。


「セイ様をここにお呼びした理由はロダリエより聞いて下さってる事とは思います」

「ええ、ラビリンスの主が畑で死んでしまって、その死体の処理が出来ずに困ってるんですよね」

「そうです! その通りです。ここから半日ほどいった所にありますカーロという村落なんですが、良いデオデが生るんですよ。それが今年は花すら付けない有様でして」

「引き受けますよ。今日にでもその村に向かいましょう」


 ラビリンス、の言葉にウシュフゴールは一瞬ビクっとしたが、特に何も言わず黙っていた。


 俺の快諾にカルガは大喜びして「報酬を好きなだけ言ってください」とまで言ってきた。

 こんな死体処理に相場はあってないようなもんだから、とりあえず滞在中に全員に服を買ってやりたいからその費用を持って欲しいと伝えてみた。


「ええっと、セイ様。その様な事でよろしいんでしょうか?」

「後は色々知りたい情報があるから、それを教えてくれれば嬉しい」

「私の知って居る事でしたら何でもお教えしましょう」


 カルガが根掘り葉掘り俺の事を聞いてこないのも嬉しかったが、それよりも俺の≪悪食≫を良いふうに捉えてくれている様子が見て取れて正直ホッとした。

 

 とは言え、まずはその村に行ってみなければ始まらない。

 俺はカルガに早速村に行くと伝えると、彼は馬車を手配してくれた。

読んで下さる皆様に心よりの感謝を。

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