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78 パエルル再び 下

 パエルルは呆然としたまま固まってしまった。

 腰巾着は一体何が起こったのか分からないといった様子で、パエルルと俺の顔を交互に見ていた。

 コモンは手を大きく広げてお手上げだ、といった様子で天を仰いでいた。


 イスティリが俺に駆け寄ってくるとキシシッと笑って、おでこを差し出した。

 

「どうです、セイ様? ボク頑張りましたっ!」

「ああ、よくやってくれた。ちゃんと加減して殺さずに対処してくれたんだな」

「そりゃそうですよ! 流石に殺してしまったら問題が残りますからねっ」


 俺はイスティリの髪をかき回しながら褒めた。

 彼女は斧を軸にしてクルクルと回りながら喜びを爆発させた。


「そうそう! メアの呪文も凄かったんだよ。体が軽くなってすっごく動きやすかった!」

「わたくしも頑張りました! イスティリに掛けた呪文は<機敏><魔盾>、それに<視界確保>ですね」


 メアはそう言うと、俺に近づいて来て頭を差し出した。

 俺はメアの髪も念入りにわしゃわしゃしてやると、彼女は「ほうっ」と艶っぽい声を出してから蜘蛛に座って休憩し始めた。


 ウシュフゴールは近くに岩に腰かけて様子を見始めた。

 なおロダリエは象を盾にして顔だけ出してブルブル震えていた。


「あのさぁ、そこまで余裕綽々で居られると俺らも堪えるなぁ」


 コモンがため息交じりに話しかけてきた。

 

「確かにそっちは魔族一人、こっちは全力だった訳だけどさ。こりゃ始めから無理な話だったんだな。おい、お前たち撤収するぞ。馬車の回復薬は好きなだけ飲んでいいからな」


 コモンの配下達は足を引き釣り、肩に手を置きながら馬車に向って行った。

 気絶した者に肩を貸す者もいる。


 しかしそのコモンの言葉に腰巾着が過剰に反応した。


「コモン! 何をしている!? 命を賭してでもそいつらを捉えんかぁ!」

「無茶を言うなよ。俺達が全力で戦って不可能だったんだ。こいつらを捉えようと思ったらそれこそ師団でも連れて来なきゃ無理さ」 

「貴様ぁ! それでも領主の命を受けた警備隊か! 貴様ら全員、敵前逃亡で罰則を与えて奴隷に落としてやるっ!」


 その言葉にコモンは気色ばんだ。


「……お前はその領主に集る虻にしか過ぎんだろうが」


 彼は腰巾着の所まで行くと、彼の顎にヒタヒタと短剣を押し付けた。


「……なあ、もうお前しゃべるなよ? 喉を掻っ切られて生きていた人間は聞いた事が無いぜ?」

「……」


 その時になってようやくパエルルが意識を取り戻した。

 彼は自身の手を見て、それからゆっくりと辺りを見渡してから独り言のように呟いた。


「ま、魔剣は?」

「食べたよ」


 俺の言葉にパエルルは白目を剥いて倒れてしまった。


「パエルル様っ!?」


 腰巾着が慌てて受け止めるが、コモンはそれを白けた目で見ていた。


「もう行って良いかな?」

「どーぞー。しかし俺たちよりパエルルの心配をしてやった方がいいかもな。あいつが持ってた魔剣は、確かレガリオス七宝剣の内の一本だぜ?」


 コモンはそう言うと、眠ってしまったらしい魔術師二人を両肩に担いで馬車まで運んで行った。


「旦那様っ! 私の実力、見て頂けましたかっ」


 早速ウシュフゴールが自分を売り込み始めた。


「旦那様はやめてくれ。しかし一瞬で魔術師二人を無力化か。凄いな。ロオスに着いて『仕事』が終わったらまたこの件はゆっくり話そうな」

「は、はいっ」


 ウシュフゴールは頬を紅潮させながら真剣なまなざしを俺に向け続けた。

 俺はイスティリとメアを呼んで、彼女についてどう思うのか小声で聞いてみた。


「ボクは賛成したいけど反対! これ以上セイ様を分割できないです!」

「わたくしは反対したいけど賛成! あの魔法練度は素晴らしいの一言です! 絶対に味方にすべきです!」

 

 メアの意見は良く分かったが、イスティリの意見はイマイチ理解できなかった。


 まだ話を続けようとすると、唐突にロダリエがメソメソ泣き始めた。


「こ、怖かったぁぁー」


 彼はどうも荒事が苦手な様だった。

 ロダリエを宥めつつ、一先ずは街道を進むことにして、ウシュフゴールの件はロオスについてから改めて、となった。

 

「私はもう十九になるんですけどね……始終こんな調子なので誰も嫁に来てくれず……」


 ロダリエは泣きが入ってしまって俺たちに愚痴りはじめた。

 何でも臆病さを取り払うために使者に志願したのだが、なかなか変われないものらしい。


 その空気に辟易したのかイスティリがウシュフゴールに話題を振った。


「そう言えば、ウシュフゴールさんは幾つなの? ボクは十四! もうすぐ成人だよ!」

「わ、私は生まれてから、と言う事でしたら四歳くらいです。最初から成人素体でしたから……」

「えっ!?」

「ラビリンスはあくまで罠ですので、魔王種のように教育係が居て養育されつつ実力を付けていく訳ではありませんよ。最初から主には成人素体が割り当てられてます」

「そ、そうなんだー??」


 イスティリと違って、ウシュフゴールは生まれた時から成人済みであの姿な訳なのか。


【解。多くの魔族の肉体は培養槽で合成され、必要に応じて魂魄を封入された上で各ネスト/ラビリンスに割り当てられる】


 魂魄? また難解な言葉が出てきたのでリンクを辿ってみようとしたら、リンク先には何もなかった。

 おいおい、手を抜いてるのか?


【解。手を抜いてなど居らぬ。我も全てを知る訳では無い。答えを探すのは主の命題でもある】


 分かったよ。

 俺はそういった謎や秘密を自らで解き明かして、目標に対して進まなきゃならないんだよな?


【解。その通りである】


 それからは何事も無くロオスに到着し、ロダリエは俺たちに宿を手配すると領主の元に戻っていった。


「宿代は全て領主様持ちです。お料理も好きなだけ頼んで下さって結構ですので」

「ありがとう」

「こちらこそ、来て下さってありがとうございます。明朝また来ますので、その後領主さまにお会い下さい」

「分かった」


 俺たちは旅の疲れを癒すべく、宿で盛大に飲み食いした。

 イスティリはポロ煮込みが大変気に入った様子で、あるだけお代わりしてしまって宿のおかみさんを困らせてしまったが、それはご愛敬である。


 ロオスには温泉が湧き出ているらしく、旅の埃を落としてくると良いですよ、とおかみさんが進めてくれた。


「セイ様ー、一緒に入ろうー」

「ちゃんと体に布を巻いてくれるんならな」

「ええーっ!? セイ様とハダカのお付き合いーしたいー」


 イスティリはブーブー言っていたが、俺が折れる様子が無いので仕方なく妥協したらしかった。

 メアはウシュフゴールの為に替えの下着と予備の服をセラの中から持って来て手渡した。


「ありがとうございます! 今まで下着を付けた事が無かったので嬉しいです!」


 結構彼女は苦労してきたんだなぁ、と思っているとイスティリが俺とウシュフゴールの間に素早く立った。


「さあ! 今のうちに! セイ様の鼻の下が伸びきる前にここから逃げてー」

「こらこら!」


 イスティリは笑いながら舌をペロっと出した。


 それからセラを含む五人で温泉に入ってみると、日本の温泉を彷彿とさせる露天風呂で、乳白色に濁った湯は気持ちよかった。

 イスティリは潜ったり泳いだりと、どこの中学生だよ! といった感じで遊んでばかりいた。


 メアはおかみさんに美容に効くと聞いたらしく、一生懸命鼻の上まで浸かってブクブク言っていたが、のぼせたのか先に上がってしまった。

 

 ウシュフゴールは遥か彼方で体を洗い始め、見えない所で湯に浸かり、結局最後まで近づいては来なかった。


 俺はセラを頭に乗せながら冷酒でもクイっとできれば最高なんだけどなぁ、と考えながらのんびり浸かっていた。


「こんな平和な日々ばかり続けば良いのになぁ」


 俺の呟きを聞いていたのはセラだけだった。

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