77 パエルル再び 上
それからイスティリとメアが交互に木の実を食べに行き、イスティリは戻ってくる際に桃を持って来てウシュフゴールに手渡した。
ウシュフゴールはペコリと頭を下げると、その桃を旨そうに食べ、街道から離れ草地で丸くなって寝始めた。
俺がウシュフゴールに毛布を掛けに行くと、彼女はびっくりしていたが、毛布に頬ずりすると包まって寝始めた。
俺の毛布は無くなったが、たき火まで戻るとイスティリとメアが手招きしてくれて、結局三人で二枚の毛布を使ってその日は寝た。
「セイ様は誰にでも優しいんですね! あの魔族がセイ様に惚れちゃったらどうするんですか!」
「本当に! 何故わたくし達が居ながらセイには女の子ばっかり寄ってくるんでしょうか!」
何故か小突かれた。
それから彼女らは、俺を少しの間取り合いして遊んでいた。
翌朝起きると皆で食事をし蜘蛛に飛び乗った。
ウシュフゴールは自分の食事も出てきた事に感激している様子だったが、流石に俺の蜘蛛に乗るよう勧めた時は丁寧に断って来た。
「なら、わ、私の象に乗りますか? 後一人くらいなら余裕ですよ」
ロダリエが救いの手を差し伸べてくれた。
彼は少し怖がっては居たが、それでも勇気を出して伝えて来てくれたことに感謝した。
「今日の夜には街に着きますね。そうしたら賓客として皆様には宿を手配しますので、そこで美味しいロオス名物のポロ煮込みを召し上がって頂きたいと思います」
ロダリエがそう言うとイスティリが歓声を上げて喜んだ。
「ポロってどんな食材?」
「大きな鳥ですよ。少し肉は硬いんですが、丁寧に煮込むと大変甘く美味しいですよ」
「うっわー。セイ様! ボクすっごく楽しみ!」
それから昼過ぎまでは何事も無く進むことが出来たが、問題が発生した。
街道が分岐する場所に近づくにつれて、何やら前方に多数の人影が見え始めたのだ。
「セイ様! 街道を塞ぐ様に重武装の戦士が十名ほど。それに左右に幌馬車が一台ずつ止まって居ます」
俺には人が居る程度にしか判別できなかったが、イスティリは目が良いのか詳細に教えてくれた。
とは言え、俺たちに用があるとも限らないし、とりあえずは進むしかなかった。
「よう、そこの旅人方」
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
戦士たちのリーダーらしき人物が俺たちに挨拶をしてきたので立ち止まって返事をした。
四十がらみのヒューマンで、金属の鎧に両手持ちの剣を携えており、その後ろに控える戦士たちも槍や剣を持ち様子を伺っていた。
リーダーが申し訳なさそうに俺に伝えて来る。
「アンタがセイだね。ここで俺たちはアンタが来るのを待っていた」
「ああ、確かに俺はセイだが、何の用だ?」
「俺はレガリオスの辺境警備隊隊長コモンだ。貴方をパエルル様に行った暴力罪で捕縛せねばならん。大人しく縛についてくれるかい?」
軟弱エルフはここで横槍を入れて来るのか。
「待ってください! 私はロオスの領主カルガの配下ロダリエ=エコド。この方々は我が主の命によりお連れしている最中でございます。この件は内政干渉となりえる可能性があります!」
なるほど、内政に干渉してくるな、見逃せといった所なのだろうか。
「知ってる知ってる。だからこの分岐路まで待ってたんだよ。ここは言わば不干渉地帯であるし、レガリオスの領地とも言える。よってお前が今言っている事もレガリオスの内政への干渉となりえるんだぜ?」
さて、どうしたものか。
このまま大人しく捕縛されて俺たちが無事である保証も無し、かと言って無理に突破するのも骨が折れそうだ。
「こ、ここはロオスの領地とも言えます!」
「ごちゃごちゃ五月蠅えよ。獣が」
その言葉に彼の配下達はドッと笑い、ロダリエは気色ばんだ。
とその時、幌馬車から例のパエルルと腰巾着が降りて来て、こちらに向かってきた。
「何があった、コモン?」
「はっ。例の男が現れましたので捕縛する所でございます」
「そうかそうか! 必要なのはあの男だけだ。残りはお前たちの好きにするが良い」
その言葉に配下達がどよめいて、一気に場の空気が荒々しいものになった。
「セイ様。ボクがあいつらを蹴散らしますよ」
「出来るのか?」
「あんな雑兵にこのボクが手こずる訳ありませんよ!」
その言葉にコモンが歯をむき出しにして威嚇し「パエルル様、お下がりください」と言った。
どうやら戦うしかなさそうだった。
メアは剣を抜くとイスティリに付与魔法を立て続けに掛けた。
「ありがとう、メア」
ウシュフゴールはイスティリに「何かお手伝いを」と言ったが、イスティリは彼女に笑いかけるとそのままコモンに突撃していった。
コモンはすぐさま後方に下がると、九名の男たちがイスティリに殺到した。
彼らは剣や槍、メイスでそれぞれ武装し、板金の鎧で武装していた。
辺境警備隊というよりも、明らかに専門職だ。
戦闘の火ぶたが切って落とされると、彼女はすぐさま先頭の剣使いの足に斧を叩きこむ。
その男は呻きながら崩れ落ちた。
前方が塞がってしまい、倒れた戦士に躓いてたたらを踏んだ槍使いに、イスティリは容赦なく斧を見舞う。
その斧は利き腕を破壊し、彼が悲鳴を上げた所に追撃で前蹴りを見舞い、その男は兜からゲロをぶちまけて昏倒した。
最初に崩れ落ちた剣使いがイスティリの足にしがみ付こうとしたが、それは叶わず、次に襲い掛かって来た斧使いの進路を邪魔する形となってしまった。
そこに容赦なくイスティリの斧が光り、斧使いの肩口に叩きつける。
鎧に阻まれはしたものの、斧を取り落として肩を抑えて彼は呻いた。
その斧使いの影から、今度はメイス使いがイスティリに襲い掛かるが、彼女は斧使いに体当たりしてそのままメイス使いごと叩きのめした。
斧使いの下敷きになってもがくメイス使いの利き腕を踏み潰すと、イスティリは横薙ぎに斧を薙ぎ払った。
轟音と共にその斧を受け止めたのはコモンだ。
「ははっ! やるねえ、お嬢ちゃん!」
コモンは後ろに下がったと思ったが、それも僅かな時間でしかなかったようだ。
単にイスティリの実力を見たかっただけなのかも知れない。
とは言え、ほんの一瞬で四人もの戦士を無力化したイスティリに驚愕している様子だった。
コモンが兜のバイザーを上げると指笛を吹いた。
幌馬車からローブを着た二名の男女が飛び出してくると、左右に分かれて詠唱をし始めた。
「だんなぁ。ここからは別料金ですぜぇ!」
「分かってる。それよりも早く付与しろ!」
さしずめ魔術師の傭兵といった所だろうか。
彼らはコモンを中心に次々と付与魔法を掛け始めた。
その時、ウシュフゴールが動いた。
彼女が左右の魔術師に目くばせすると、彼らはパタリ、と倒れたのだ。
「殺したのか?」
「いえ、<睡眠>を唱えました。私は眠りに関する呪文なら全て完璧に使いこなせるのです」
「そうか。ありがとう、助かったよ」
「私の実力、見て頂けましたか?」
「ああ」
俺はそう答えながら、イスティリに視線を戻すと、彼女はコモンに斧を立て続けに叩き込んでいる所だった。
コモンは斧の斬撃を必死に剣で受けながら防戦に徹しており、左右からくるフルスイングにバランスを崩し、上段から振り下ろされる渾身の一撃を辛うじて受け止めていた。
捌き切れないと悟った彼は一旦後ろに下がろうとするが、重たい剣が足を引っ張った。
その隙を付いてイスティリに剣を叩き落とされたコモンは、すかさず配下の影に隠れて腰の短剣を引き抜いた。
コモンに盾にされた配下は慌ててイスティリに向かうが、そんな心理状況でまともに戦えるはずもない。
あっさり武器を弾かれると、そのまま後ずさりし始めた。
「待てっ! 戦線を維持しろ!」
コモンの言葉が響き渡るが、一度伝播した恐怖は配下全員に浸透してしまった。
動ける者は明らかに被害が出ない場所まで下がり始めた。
「何をしている!? コモン! 早くこいつらを叩きのめせっ!」
その言葉にコモンはため息をついて短剣をしまった。
「パエルル様。俺達の負けです。この状況じゃどう足掻いてもこいつらを捕縛なんて無理だ」
「何だと! 傭兵から辺境警備隊へ雇い入れしてやったのにこのザマとは何だ! 私を愚弄しているのか!」
「俺達を正規兵にしてくれた事は感謝してますよ。けれど、この戦力差で挑んで無理なんです。諦めて下さい」
パエルルは地団駄を踏んで癇癪を起した。
それからようやく落ち着き、息を整えてから剣を抜いた。
「し、仕方が無い。この魔剣を使うしかないか」
俺はその出鼻を挫くことにした。
「出てこい、ル=ゴ。あの剣を喰え」
ル=ゴはすぐさま反応するとパエルルの剣に噛り付いた。
「うわっ!? わわわっ!」
パエルルは蛇達に自分も喰われると勘違いして剣を取り落としてしまった。
ル=ゴの蛇達は剣を食べ尽くすと、パエルルに噛み付く真似をしてから消えていった。
何時も読んで下さる皆様に感謝を!




