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76 はぐれ者

 俺たちはドゥアの北門から出て街道をそのまま北上した。


 俺とメアは蜘蛛に乗り、イスティリはトウワに乗っての移動だ。

 案内のロダリエは、トルドルと呼ばれる小型の象に騎乗していた。


「このまま二日ほど北上すればレガリオスに着きますが、途中の分帰路で北北西に進めばダイエアラン、北北東に進めば目的地のロオスです」


 ロダリエが教えてくれる。

 レガリオスと言えばあの軟弱エルフとその腰巾着の事を思い出すが、彼らは結局ドゥアを出るまで現れなかったので、怖気づいて逃げ出したのだろうか。


 道中は心地よい日差しで、陽気に誘われてセラもポケットから出て来て、メアの肩に鳥のようにとまった。

 ロダリエは一瞬目を見張ったが、何も言わずに象を撫でた。

 

 俺とイスティリは今までと変わらない装いだったが、メアは自分の屋敷から持ってきたズボンにしっかりとした縫製のシャツを着こんで居て、腰にはオグマフから貸与された魔法の剣を佩いていた。

 三人とも簡単なザックを持ってはいたが、残りの衣服や備品はセラの世界に家具を出して収納していた。


 ル=ゴの能力で出した家具は、物置に置かれていた物とは思えないような新品さで、彼女の能力の『再構築』の凄さを垣間見た気がした。

 確かにル=ゴがモーダスを『応用が利かない』と評したのも頷ける。


 あのカエルは指定した範囲を纏めて飲み込むだけだからな。

 どこかでゲコッ! と聞こえた気がしたが気のせいだ。


「セイ様。早くセラの中にお家立てて下さいよ! ボクのお洋服が痛んじゃう」

「大丈夫ですよ、イスティリ。わたくし達のドレスが湿気たらセイに新しい物をおねだりしましょう」

「それもそうだね! でもセイ様に買って貰った物ぜんぶがボクの宝物だから……」


 俺は出来るだけ早く実現する事を約束し、その上でロオスでも二人の服を買おう、と約束した。

 <ココッ>とセラが自己主張し、俺は慌ててセラの宝石も買う事を約束した。


 セラは俺たちの周りをクルルッと回ると俺の頬にぶち当たった。


 昼過ぎまで歩みを進めてから、昼食にした。

 俺たちはマグさんが最後に包んでくれたパンとゆで卵、それにハムとピクルスを用意した。

 トウワは乾燥魚を仕方なしにガリゴリ食べていた。


 蜘蛛たちは肉汁をゼラチンで固めて干したような固形物を、少し水に浸してから与えるのだそうで、厩番のゴブリンが三日分持たせてくれていた。


 ロダリエは象に干し草とドゥアで買ったらしい果物を与え、それから彼自身は干し肉とパンを鞄から取り出して食べ始めた。


 こっそりセラの葡萄を取りに行って、ロダリエと象に分けると彼らは旨そうにそれを食べた。

 

 それを見てから、自分のパンに噛り付こうとするとハムが無くなっていた。

 代わりにピクルスが倍に増えていた。

 

 イスティリは慌てて俺のハムを飲み込むと、そ知らぬふりをしていた。


「イスティリは漬物が嫌いかー」

「うん! すっぱいんだもの!」


 イスティリは舌を出すと「美味しくなぁい!」を体全体で大げさに表現した。 

 俺はその様子が面白くて堪らず笑ってしまった。

 

「ほら。卵も食べるか?」

「良いの? セイ様」

「俺は≪悪食≫で食べた分が山のように残っててな。正直何も食わなくても一年は持つんだ」


 イスティリは大喜びで卵を受け取ると、メアに半分分けてからもう半分を口に放り込んだ。


 それからまた旅を再開し、夜になったので野宿する事になったが、この時に思わぬ来訪があった。

 俺たちがたき火を囲んで夕食を取ってから毛布を準備していると、イスティリが素早く立ち上がり辺りを警戒し始めた。


「セイ様! 何者かが身を潜めてこちらを伺っています」


 その言葉に俺たちは周囲を見渡したが、薄暗がりで、なおかつたき火を背にしていては何も分からなかった。

 しかしながら、隠れていた相手はイスティリの声で観念したのか俺たちの前に姿を現した。


 その者は青い肌にオレンジ色の髪をした女性で、耳の上に渦を巻いた一対の角を持っていた。


【解。ラビリンスの主。偽ネストであるラビリンスにも主は存在するが、稀に外界に出てくる者も居る】


「お初にお目に掛かります。私はウシュフゴールと申します。是非とも貴方様の配下に加えて頂きたく、機会を伺っておりました」

「ラビリンスの主が何故俺の配下を希望するんだ?」

「まだ私が何も語らぬ内から、私をラビリンスの主と見破った慧眼、恐れ入ります」


 それから彼女は語り出した。


「私は見ての通りはぐれ者です。山野に潜み、餓えを凌いでこそ居りますが、このまま無味乾燥な生を過ごす事に意味を見いだせないでおります。そんな折、町に薪を売りに行った際に貴方様の存在を耳にし、魔族と天使を従え、人と共に歩む貴方様なら私を見出してくれるのではないかと思った次第です」


 そうしてから膝を折り、俺に頭を下げた。

 よく見ると、ウシュフゴールは体は痩せ細り、擦り切れた衣服は泥まみれ、髪は蓬髪といってもおかしくないほどに乱れていた。


「ウシュフゴールと言ったか」

「は、はい!」


 イスティリとメアは俺がどういった対応をするのか静かに見ていたが、ロダリエは怖いのか象の裏に隠れて顔だけ覗かせていた。


「着いてくるのは自由だ。けれど仲間にするかどうかはまた別の話だ」

「私はっ! 貴方様のお役に立てます! どうかっ、どうか私をお加え下さいっ!」


 額に泥が付くのも構わずウシュフゴールは地面に頭を擦りつけて哀願した。

 そこにイスティリが唐突に近づいてくると、彼女の手を取り、たき火の近くまで連れて行った。


 ウシュフゴールはどうして良いか分からず、されるがままにしていた。

 メアが鍋を出して簡単なスープを作り始め、イスティリはウシュフゴールにパンを手渡した。


「あ、あの……」

「セイ様は決定を下した。付いてくるならまずはご飯食べて体力付けないとね」

「わたくしはハイ=ディ=メア。よろしくね、ウシュフゴールさん」

「ボクはイスティリ。イスティリ=ミスリルストームだよ」

「私は、ウシュフゴール=ナイトメアソングです……あの、皆さん、私を疑ったりしないんですか?」

「セイ様が疑ったらボク達も疑うかな? それは冗談として、セイ様に害をなそうとした時点でボクとメアが本気で挑むから、その時は覚悟しててね」


 俺はたき火まで戻ると、イスティリとメアの髪をくしゃくしゃにしてから頬にキスをした。


「「キャー!?」」


 二人は目を見開いていた。

 俺はこの二人が付いて来てくれて本当に良かったと思った。


「ウシュフゴール。仲間にする、しないは別にして、その痩せ細った体を元に戻すまで付いてきなよ」

「……分かりました。では私の体が元通りに回復するまでに、私の実力をお見せして、配下に加えて貰います」


 こうしてラビリンスを抜け出したはぐれ者、ウシュフゴールがこの旅に付いてくることになった。


「一つだけ言っとくけどね、セイ様にコナ掛けようとしたら容赦しないからね! スン刻みにして蜘蛛の朝ごはんにしちゃうんだからっ!」


 ウシュフゴールはその迫力に硬直してしまい、無言でコクコクと首を振っていた。 

 

 俺は何も聞かなかった事にした。

 何故かメアにこっそり尻を抓られた。  

 

 解せぬ。

 巻き角魔族ウシュフゴール登場です。

 仲間になるかどうかはお楽しみに。


 いつも読んで下さる皆様に感謝を! 

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