74 旅立ち 下
オグマフ邸は少し遠いので一旦昼食を取ってから、俺は蜘蛛を出しイスティリはトウワに飛び乗った。
蜘蛛にメアを乗せて、この蜘蛛を購入した蜘蛛屋に行くと、メアの為にもう一匹蜘蛛を手に入れた。
「旦那さん! また来てくださったんですね! どうです? この子は?」
「ああ、元気だし、気のいい奴だな。で、だ、この店の蜘蛛ならもう一匹欲しいと思ってね」
「それでしたら、この前足に釘が刺さってた子! あの子が回復してるんでいかがですか」
その蜘蛛は俺も覚えがあったし、今の蜘蛛と同室の子なら仲たがいもしないだろう、と言う事でその蜘蛛にした。
メアはその蜘蛛に早速『スス』と名前を付けて撫でてから飛び乗った。
「ススって変な名前ー」
「あら? じゃあイスティリがセイの蜘蛛の名前を決めて下さい! もし変な名前だったら笑いますからね!」
「よし! ……うーんっと、ええーっと……じゃあこの蜘蛛さんは『アモアモ』で!」
俺とメアは大爆笑してしまい、イスティリはオグマフ邸に着くまでむくれていた。
オグマフ邸に到着すると応接間の様な部屋に通された。
そこで待っているとオグマフと数人の魔道騎士が入って来た。
「よく来た。早速じゃがセイ殿に謝らなければならぬ事がある。昨日のメア卿との<遠声>で漏れ聞いたとは思うが、私が王都に送った書簡の内容が漏れた結果、お主の能力を欲する輩が出てき始めた。誠に申し訳ない!」
「いえ、遅かれ早かれそうなっていたと思いますし」
オグマフは座りもせずしきりに頭を下げたが、俺は特に気にしていない事を伝えた。
そもそもオグマフ自身が漏らした訳ではなく、魔道騎士の職務として危険人物を報告した中での出来事だったので、彼女に非が無いとは思った。
俺がそう言った事を再度伝えると、彼女は安心したのかようやく席に着いた。
ダイエアラン・ローの魔道騎士達の会議でこの件も議題に上がったらしいが、その内容については殆ど教えては貰えなかった。
ただ王自身から俺の存在が無い物として扱われた事で、俺自身が自由に動ける土壌が出来た事が重要視されていたらしい。
魔道騎士はオグマフ以外に三名居り、ゴドレイ・ギリヒム、それにカラームと名乗った。
【ドワーフ。冶金・鍛冶産業で活躍する種族。頑健で豪胆。主要十二部族】
ゴドレイはドワーフであるらしかった。
前回のオグマフ邸で魔道騎士に質問攻めに会った時には居なかったと思うが、あの時は色々ありすぎて正直細かいところまでは覚えていない、というのが本音だ。
彼らは俺たちに挨拶すると、この旅が成功に終わるよう祈ってくれた。
それからオグマフが俺たちに挨拶し、最後にメアと色々話し込んでいた。
メアは時々大きく頷き、そして少し涙を流した後、俺の元に戻って来た。
「さて、セイ殿。私はお主が気に入った。もしお主が全てを終えてまたドゥアに戻ってくるなら、私は喜んで迎えようと思う」
「ありがとうございます。俺もここが、そしてドゥアの皆さんが気に入りました。全てを終えて帰ってくるならドゥアにします。ドゥアでこの二人と住みたいと思います」
俺がイスティリとメアを見つめてからそう言うと、オグマフは少し涙ぐんでから、俺たち三人に贈り物を持ってきた。
「これはドゥアの市民権を刻んだプレートじゃ。私の署名が入っておるから、関所やそれ以外での身分提示できっと役に立つ。メア卿の分は魔道騎士団『ダイエアラン・ロー』の銘も刻んであるので、それこそ全土で通用するじゃろう」
「ありがとうございます」
俺もイスティリも冒険者ギルドの身分証というかギルド・カードしか持っていなかったのでこれは助かった。
実際、領主の署名入り身分証というのは後々絶大な効果を発揮し、俺たちはオグマフにその都度感謝することになる。
「オグマフ様……わたくし……」
「これ、泣くな、メア卿。私まで……」
メアはオグマフと再度手を取り合って別れを惜しんでいた。
オグマフは涙を堪えながらも俺たちを送り出してくれた。
「また、ドゥアに戻って来ましょうね」
「ああ」
「そうだよ! この旅が終わったらみんなで仲良くセイ様を取り合うんだ!」
俺たちは手を振りながらオグマフ邸を後にした。
トウワと蜘蛛に飛び乗って次に向かう先はハイ一族の屋敷だ。
ハイコラスを筆頭に、ハイレアと、コーとダレンの双子騎士が勢ぞろいしていて、彼らと一緒に夕食を共にした。
「しっかしよぉ、俺っちがちょっと前にコイツに会った時はさ、こんなに器のデカイ奴だと思わなかったぜ! なんせ世界を救いに来た異邦人!? か~っ! すげえな!」
「私は分かってました。そんな雰囲気がしたのです。所でセイさん? 姉の代わりにこの騎士ダレンを連れて行く約束はどうなりましたか?」
サラリと嘘を付くダレンに、メアは顔を赤くしたり青くしたりした後で俺を「キッ」と睨んだ。
「あっははっ。姉上の旦那様を取ったりしないですよ! ちょっとからかってみたかっただけです」
「えっ!? 姉さん結婚したの!?」
今度はコーが騙されて目を白黒させていた。
「兄上は真面目だなぁ! 俺っちと足して二で割ったら丁度じゃないの?」
「何でお前と半分こにしなきゃならないんだ!」
「だから、そこが真面目だって言ってんだよ、兄上」
そのやり取りを聞きながらハイレアはニコニコしていたが、食事を終える頃には泣きそうな顔をして自室に引き籠ってしまった。
メアはハイレアの様子を見に行った後で小一時間帰ってこなかった。
「俺っちと違ってレアは姉さんっ子だからなぁ。母上が死んでからメア姉さんが母親代わりだったし」
「でもこれが良い機会だとも思うの。レアはもう雛じゃないと思うから」
「ダレンねえの言う通りだ。もう羽ばたける羽根は持ってる」
「そうだな」
ハイ姉弟の会話を聞きながら、俺とイスティリはメアとハイレアが帰ってくるのをゆっくりと待った。
二人が帰ってくると、二人とも泣き腫らした顔こそしていたが、どこか朗らかな笑顔を見せていて皆を安心させた。
「じゃあ、行ってきますね」
「お気をつけて」
コーがそう言いながら荷物をメアに渡した。
前もって旅の荷物を梱包して置いてもらったそうだ。
最後に少しハイレアは泣きそうになったが、グっと堪えて俺たちを笑顔で送り出してくれた。
メアは屋敷を出て、辻を曲がると大声で泣き始め、俺の袖で涙を拭った。
イスティリとトウワは彼女を優しく撫で、俺はメアを肩で支えていた。
そして、最期に俺はゴスゴとマグさんに挨拶しに岩石採掘亭に戻った。
ゴスゴは客引きに出ていたので、マグさんに俺とイスティリからの感謝を伝え、明日出立する事を話した。
「ボクは、あの日マグさんがタライを持ってきてくれた日を忘れません! 汚物まみれのボクを綺麗にしてくれた恩は忘れません!」
「あらあら……あなたは本当に純真な子ね。よそに行ってもちゃんと体は清潔にして、風邪を引かないようにね」
「はい! またドゥアに戻ってきたらマグさんに会いに来ます!」
「待ってるわね」
イスティリは泣きそうになるのを堪えながら「旅立つ前にマグさんの料理が食べたい!」と大声で言った。
マグさんは本来給仕なのだが、厨房に行って即席でスープを作ってくれた。
イスティリはそれを美味しそうに飲み干していた。
ゴスゴが帰ってくると、俺は彼の為に買ってきた短剣を渡した。
なんでもゴブリンは友情の証に短剣を贈るのだそうだ。
「ゴスゴ、今まで世話になった。明日出る事にしたんだ」
「そうでやすか! 長いようで短い半月でした! セイさんをお泊め出来た事をあっしは誇りに思いやす!」
「これ、色々世話になったから……」
「ははっ! ここに来た時は右も左も分からない様なお人でやしたが、出る時にはゴブリンのあっしに短剣を贈って下さるまでに!」
「本当に世話になったよ。どうか受け取ってもらえないかな?」
「勿論でやす! またドゥアに来てくださいね!」
ゴスゴは誇らしげに短剣を腰に下げると、二人分のエールを持ってきた。
俺たちはエールを掲げ、ゴッとぶつけ合う。
ゴスゴのジョッキが欠けた。
だがそんな事はお構いなしに、二人で思いっきり笑って一気に飲み干した。




