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71 メアの思惑と、南の白銀のその後

「あら? 起きたのね。ダンジョン探索で疲れたのかしら。それともリッチの残した瘴気にあてられたのかしら?」


 わたくしはレアに優しく声を掛けた。 

 それから妹と少し話し込んでから、セイの膝を枕にして転寝した。


 セイはうとうとしながらも、わたくしの髪をサラサラと撫でてくれる。

 それをチラっと見たイスティリは、フゥとため息をついてからまた目を瞑った。


 わたくしは変わった。

 今までであれば妹が意識を失ったとなれば、全てを投げ捨てて彼女の看病に付きっ切りだっただろう。


 けれども、わたくしの中心はレアでは無くなってしまった。

 わたくしにとっての中心は、異世界から来たセイという男になりつつあったのだ。


 異邦人、セイ。

 過剰な能力に翻弄されつつも、誠実に生きようとする優しい男。


 初めて会った時、体に衝撃が走り、顔が熱くなってくるのを感じた。

 乱雑な黒髪に茶色い瞳、中肉中背と一見パッとしない容姿でこそあったが、その躰に宿るオーラは深い深い真紅であり、力強さと、そして……優しさに溢れていた。


 真紅のオーラを持つものは本来、狂気であり、凶暴であり、狂乱であるにも拘らず、彼のそれは神秘的なまでにすべてを包み込む優しさで彩られていた。


 不思議な男、セイ。

 真紅のオーラを持ちながら、蒼いオーラを持つ魔族を従えた男に、わたくしは一目で陥落した。


 わたくしは初めて男の人に言い寄る為、本気で動いた。

 殆ど袖を通した事の無い赤いドレスを身に纏い、イズス様の服を持って来たという口実でその夜にはもう一度彼に会いに行ったのだ。


 その時には随分とゼルウィ=ジョコに言い寄られていたのだけれど、彼はわたくしを見てはいなかった。

 彼、ゼルウィはわたくしの後ろに垣間見れるハイ一族を見、そしてそこから得られる人脈を見てはいたが、わたくしを見てはいなかった。


 けれど、セイは違った。

 イスティリと服を買いに出れば、さも当たり前だとばかりにわたくしの分も出し、ドゥアでも有数の豪族の当主である事を忘れてしまった。

 もちろん、セイが異世界から来た異邦人だからだ、この世界の事は何も知らぬからだ、と言われてしまえばそれまでなのだけれど、それでも何の色眼鏡も掛けずにわたくしに接してくれる自然な男は、家族を覗けばセイだけであった。


 自然体な男、セイ。

 しかしその体の中には、≪悪食≫と呼ばれる異常なまでの力を持った『何か』が潜んでいた。

 彼はその≪悪食≫に翻弄され一度は死を選んだが、わたくしを含む全ての仲間の力を出し尽くしてこの世に帰還した。


 その頃には、わたくしはセイ無しでの人生はもはや考えられなくなっていた。

 イスティリには悪いけど、彼だけはわたくしの物だ! と考えていたのも束の間、いつしか彼女とも分かり合うようになって来て、結局は二人ともでセイに『貰ってもらう』つもりでいた。


 そこでわたくしは彼に今後どうするかを、その日の夜、コラスとレアを交えて食事にした後で聞いてみた。


「そうだな。まずは赤龍エルシデネオンに会ってから考えるつもりでいる。彼が神へと至れるなら俺の旅はそこで終わりとも言える。そうなったら家でも建てて四人でのんびりするか?」

「四人!? セイはわたくし達以外に想っている人がいるのか! あのミュシャと言う神様か! それともあのイカの娘か!」


 わたくしはプリプリ怒ってセイに詰め寄った。

 彼は頭をガリガリ搔いていたが、横に居たイスティリが「みんな最初はセラを忘れるんだよね」と言い、わたくしは「あっ」と動揺して赤面してしまった。


 セラはその時、クルルルッとセイのポケットから出て来ると、わたくしの頭の上にチョコンっと乗ってからイスティリのポケットに隠れた。


「あっははははっ。セラは怒ってないんだって。良かったね、メア」


 イスティリがそう言うと、セイは「大丈夫。イスティリも最初セラ忘れて赤面してたから」と言ってイスティリに噛り付かれていた。

 それから、何故セイがこの世界に来たのか、そして何故エルシデネオンを探すのかを彼の口から話してもらった。


 もちろん、漏れ聞こえる会話から知りえた事も多かったけれど、直接彼の口から全てを聞いてみたかったのだ。


「……という訳で、俺は猫を救ったら今度はウィタスを救う事になって、今、ここに居るんだ」

「セイ様? 途中で可愛い魔族を救った事を入れ忘れてますよ?」

「そうそう。つややかな黒髪、黄金で作られた瞳、引き締まってるけど女の子らしい体の、元気な美人さんを道中で仲間にした」


 これにはさすがのイスティリも何も言えずに顔を真っ赤にしてしまった。

 そこにセイ必殺の『髪の毛くしゃくしゃ』が飛んでくる。


 イスティリは頭から湯気を出しながら、そのまま轟沈してしまった。

 それなら代わりにわたくしが……とばかりに頭を差し出すと、彼はわたくしの髪の毛を念入りにかき回した。


 火照る頬を冷ます為に庭に出た。

 イスティリはベンチに座り、セイは月を眺め始めた。

 

 夜風に当たりながら、わたくしはこの先の未来を思い描く。


 彼の言う通り、落ち着いたらドゥアに戻って皆で暮らそう。

 宮廷付きの予言者の話では魔王降臨はずっとずっと先の話であるらしく、このドゥア近辺のネストにさえ気を付けて置けば当面の心配事は無いだろう。


 そうなったら。

 そうなったら、セイは……子供は何人欲しいかな?


 わたくしはセイに微笑みかけ、その頬に口づけをする。

 イスティリも歩み寄り、彼の頬に口づけをした。


 セイは何も言わずにわたくし達の髪をサラリと撫でてから「皆に挨拶したら、赤龍を探しに行こう」と言った。


 それから、照れた様に笑い、また月を見上げながらわたくし達に呟いた。


「俺のウィタスでの最終目標は、愛する者達と幸せに暮らすことにしようと思うんだ」


 そう言ってから、彼はもう一度わたくし達の髪をサラサラと撫でた。 


◇◆◇


 私は次元の狭間を縫う様にして進み、主であるシォミルゥレー様の元へと帰還していた。

 主への謁見が始まるまでの間、天使長の一人が来て私に挨拶して来た。


「やあ、<南の白銀>。今回はえらく無茶な解釈で<果物と井戸の小世界管理者>を救ったな!」

「うふふ。彼女の名前は現在は<セラ>ですよ。間違えてはいけません、<北の青銅>」


 わたしは四人の天使長の一人、<北の青銅>にだけ聞こえる声で耳打ちした。

 と言っても私達には耳に相当する器官は無いのですが。


「それは失礼した! 共有リンクを見る限り、俺は今回の裁定はすこぶる気持ちが良かったので支持する!」

「感謝します」


 そこに我らが主、シォミルゥレー様が光臨し、我らは控えた。


「おかえり、<南の白銀>。今回の裁定は綺麗だった」

「ありがとうございます」

「所で、<セラ>の告知を聞けていなかった人が居た件だけど、セイが試練を全て突破した際に、その世界に居る全ての種に振舞われるだろう恩恵にその人たちは与れない、という点に集約されますね」

「そういう事ですか。では今一度ウィタスに行って伝えて来ましょう」

「いや、それは今でなくとも構わないだろう。それよりも……」


 その後、わが主より告げられた命令により、私はカカフと呼ばれる神々に付き従って<分岐地球>へと赴く事になった。

 ミュシャ様救済の為に、私の力も必要だと言うのだ。


 私は少し休息した後、また次元の狭間を縫い、テマリ様の神域に歩みを進めた。

ギリギリ間に合いませんでした!


明日から定期更新に戻ります。


誤字脱字修正しました。

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