70 それぞれの道
俺たちはスルクル神殿の近くにある大衆食堂に来ていた。
俺にイスティリ、それにメアは勿論の事だが、加えてイズスにゴモスとハイレアが来ていた。
「しかしハリファーは薄情者だな。普通あそこで抜けるか?」
ゴモスが酒を飲みながら管を巻き始めた。
それをハイレアが慰めていると、ベルモアが真っ白な豹娘を抱えて合流して来た。
「ハッ! ここだったか。随分探したぜっ。おい、パネお前重くなったなぁ!」
「ねっ、姉さん!?」
パネと呼ばれた豹娘は素早くベルモアから飛び降りると抗議の声を上げ始める。
「姉さんっ! 女性に体重の話は禁句なのですっ!」
どうやら彼女がベルモアの妹であるらしかった。
彼女は俺たちの目線に気付いて慌てて頭を下げると、自己紹介をしてくれた。
「ゴモスさん、お久しぶりです。姉が迷惑を掛けていませんか?」
その言葉にゴモスは軽く手を挙げて応え、それから「ベルモアは良い戦士だ」とだけ呟いて酒杯を空けた。
ベルモアはどうだッ! と言わんばかりに誇らしげに腕を組んで胸を反らした。
「そちらの皆様方、お初にお目に掛かります。私はパネ=キセ。姉のベルモア=キセが何時もお世話になっております」
誰だっけ? ピアサーキンは『乱暴で凶暴』って教えてくれたのは?
【解。もっと酒を吞んで忘れろ。何事にも例外は存在する】
えらくフランクな言い方をするなぁ。
【解。我にとっての唯一の楽しみは、宿主がアルコールを摂取する事である。フィードバックされた感覚が我を酩酊状態へと導く】
つまりはこいつは今酔ってる訳か。
【解。お代わりを早く頼め】
俺は給仕をつかまえるとエールを頼みながら、ベルモア姉妹の場所を開けてやった。
「こんにちはっ! ボクはイスティリ! イスティリ=ミスリルストームだよ!」
イスティリが元気よく挨拶しながらパネの為に椅子を引いてやっていた。
どうやらパネは少し足が悪い様だった。
頼んだエールが来る間に、イズスがこのパネを弟子に取った事を教えてくれる。
「という訳で、私はこの子が独り立ちするまではドゥアに居る事にする」
「ええっ!? イズスさん、ボク達の旅に付いて来てくれるものだとばかり思ってた!」
「私も行きたいのは山々じゃがのー。しかし今生の別れという訳でも無い。またドゥアに来れば何時でも会える」
イスティリは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そこに空気を読まない給仕が来て、ドカッとエールを置いてから「注文は?」と無愛想に聞いてきた。
イスティリは何を思ったかそのエールを俺の手から引っ手繰るとググーっと一気に飲み干してしまった。
給仕は他の客に呼ばれると礼もせずに足早に立ち去って行った。
「こらっ、イスティリ!」
「ふーん、だ」
顔を真っ赤にしながらイスティリは立ち上がるともう一ド「ふーん、だ……」と呟いてからポタポタと涙を零し、遂にはワンワン泣き始めた。
「イスティリ嬢……」
「ボクはっ! ボクはっ! うっくっ……イズスさんに未来を見せて貰って……ズズっ……生まれて初めて、希望をっ。希望を持ったんだ。破壊の為に生きるのではなくっ……うう……愛する人と共にある未来を見てボクは変わったんだ!」
イズスがイスティリの肩に飛び乗ると、優しく彼女の髪を撫でた。
少し落ち着いたイスティリはイズスの目を見て告げる。
「……ボクはイズスさんと一緒に居たい。けれど、イズスさんの意見を尊重したい」
イズスは優しく微笑みながら彼女の言葉を聞いてくれていた。
「ありがとう。イスティリ嬢」
イスティリは照れ笑いを浮かべると、俺の為にエールを頼んでくれた。
「セイ様の分、飲んじゃった! ごめんなさいっ」
次のエールは先程の給仕ではなく、オークが運んで来た。
「持って来たぜっ」
ん? こいつ何処かで見た事あるな?
「おっ、お前は! 俺の輝かしい未来をぶち壊した男!」
「ガルベイン!?」
動揺したガルベインは俺のジョッキを倒してしまい、厨房から飛んで来た店主らしき中年男性にしこたま怒鳴り散らされた。
「すみませんすみません。俺はここの店主ガッソです。こいつは先日知人から預かった奴なんですが、偉そうな上に物覚えも悪くって。後二杯エール持って来ますんで勘弁して下さい」
「何で俺が頭をさげなくっちゃ……うわっ」
ガルベインは拳骨を喰らってから無理やり頭を下げさせられたが、それでも俺に怒りの眼差しを向けて来る。
そして遂にはその店主の手を振り払った。
「もう我慢ならねぇ! このガルベイン様を虚仮にしやがって! もうすぐピアサーキンから金貨三百枚が支払われる! そうなったらこんなチンケな店で皿洗いの真似事などしなくても良いんだ!」
「何がチンケな店だ! もうお前はクビだぁ! さっさと荷物をまとめて出ていけぇ!」
ガルベインはエプロンを乱暴に脱ぎ捨てて、店主の胸倉を掴んだ。
「あのさぁ、はしゃいでる所悪いんだけどさ、あの話、無かった事にしてくんねぇかな?」
ベルモアがダルそうにガルベインに向けてそう言った。
「お、お前は……確か俺の金ヅル……」
「ハッ! 素直でいいねぇ。けどさ、もう妹の師匠は決まっちまったんだ。悪いね」
ニヤニヤしながらベルモアがそう言うと、ガルベインは顔を真っ赤にしたり青くしたりと大変な変わりようだった。
そしてどうして良いのか分からなくなったのか、困った顔をしたまま固まっていた。
店主はフーッとため息を付くと、床に叩きつけられたガルベインのエプロンを手に取り彼に手渡した。
「……ほら。洗い物が溜まっているぞ。行ってこい」
「は、はい!」
ガルベインは大慌てでエプロンを付け直すと、厨房へ戻って行った。
彼はもっと社会に出て学ばなければ、いつまでたってもあの調子だろう。
ここで少し揉まれて苦労をした方が彼の為だ。
先程の店主が約束通りエールを二杯持ってきた。
俺はその内の一杯を店主に渡し、一緒に飲もうと伝える。
「ガルベインの未来に」
俺がジョッキを掲げると、意図を理解した店主がジョッキをぶつけてくる。
二人して一気に飲み干すと、ガルベインを祝福した。
ガルベインは変われるのだろうか?
それは今は分からなかった。
しかし、次に彼と会う時が、少しだけ楽しみになった事だけは事実だ。
◇◆◇
それからは皆で好きな様に飲み食いして楽しんだ。
ゴモスはハイレアを屋敷まで送ってくれるとかで、彼女を連れて雑踏へと消えていった。
俺たちも帰るか、とイスティリとメアに声を掛けているとイズスが俺を呼び止めた。
「セイ殿! これ……いつぞやの杖の分じゃ。遅くなってすまんかった」
「いや、それはまだ『貸しとく』よ。また返して貰うためにドゥアに来るよ」
「と、言う事は、そろそろ旅立つのか?」
「ああ。エルシデネオンを本格的に探し始めようと思う」
「そうか。達者でな」
結局俺はイズスからの金貨を受け取らなかった。
イズスは少し困った顔をした後で「分かった」と笑顔を見せ、それからベルモア姉妹と一緒に帰ると伝えてきた。
イスティリはイズスの手にキスをすると「また、ね」と笑った。
イズスはイスティリの頬にキスをすると「また、な」と笑い、それからイスティリに秘術の<夜のとばり>を掛けてくれた。
また鱗粉を失ったイズスは、器用にパネによじ登ると、手を振ってから消えていった。
イスティリはほんの少し泣いた。
いつも読んで下さってる皆様に感謝致します。




