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67 それぞれの思惑①

 その日、私の元に『影法師』が来た。

 ダンジョンの攻略の為に家を出る直前だったと思う。


「ハイレアよ。お前は今日『天使』に会う」


 私が『影法師』と名付けたその者は、必ず明かりの無い部屋の隅や、薄暗い通路でしか現れる事の無い、男とも女とも分からない存在だった。


 幼少の頃より私にそっと寄り添うようにして付き従い、謎めいた言葉を残してスッと立ち去って行く謎の人物。


「魔王に雛が居る様に、勇者にも雛が居る」


 『影法師』が初めて出現した時、私がその勇者の雛の一人だと教えてくれた。


 しかし私にはそれが重荷でしか無かった……。


「雛よ。勇者の雛よ。もしお前が今日天使に会わなければ、候補から脱落する。だがしかし、お前が天使を見てしまえば、別の候補が脱落する」


 『影法師』が紡いだ言葉を聞いて、私は「良かった」と心から安堵した。


 これで『勇者候補』の選から漏れるのだ。

 私に勇者の候補なんて勤まるはずが無かったのだ


 確かに今回同行するセイさんは天使を従えていたが、恐らくその再召喚までの時間は長く、今回の探索には絶対に間に合わないと思った。

 

 シュアラ学派の長グナール様ですら、<天使召喚>は半日も持たない。

 その上で再召喚するには凡そ半年の時間を要するのだ。


 ちなみに私も<天使召喚>を習得してこそいるが、初の召喚に応じた天使の滞在時間はまばたき一瞬で、再召喚まで一年以上掛かった……。


 しかし、セイさんがもし天使を……あのセラと言う名の天使を連れて来ていたら……とも考えてしまい心臓が軋んだ。


「雛よ。お前の心は弱い。その点を乗り越えれば他の候補を全て選から外しても良いのだが」


 私は弱い。

 本当に弱い。

 正直に言えば、今日この部屋から一歩も出ず、誰の面会にも応じなければ勇者候補から外れると知ってしまった今、すぐさま毛布に包まって寝て居たい衝動に駆られた。


 けれども私が行かない訳には行かない。

 <僧侶>が居ないダンジョン探索は死者が出てもおかしくないのだ。


 私は意を決してドアに向かった。


 『影法師』はいつの間にか姿を消していた。

 

 しかし……私はダンジョンの最深部で天使を『見て』しまう。


【候補:ギネメス=タウクーンが脱落しました。候補:オリヴィエ=ソランが脱落しました。残り候補は七名となります】


「天使……まさか天使がこんな所に……」


 私は情けない事に気絶してしまったらしかった。


 気が付くと一族の屋敷でメア姉さまの看病を受けていた。


 近くのソファでセイさんがうつらうつらしながら座っており、イスティリちゃんは椅子で器用に寝ているらしかった。


「あら? 起きたのね。ダンジョン探索で疲れたのかしら。それともリッチの残した瘴気にあてられたのかしら?」


 姉さまは私が気絶した理由を勘違いしていた。

 私の発言は余りにも小声で聞き取れていなかったのかも知れない。


「はい。あの不浄な空気で意識を失ってしまったようです。あの後は何事も無く戻れたのですね?」

「そうですね。スケルトンをまた叩く羽目になりましたが、後は無事に帰還しました」


 それから、と姉さまは教えてくれる。

 ゴモス達が冒険者ギルドに帰り、オグマフお抱えの魔術師と商人立ち合いの元で戦利品を鑑定して居る事。

 報酬分配はその鑑定が済んで、尚且つ商談が成立してからになるという事なので一旦屋敷で休息している事を教えてくれた。


 休息、というよりも私の為に戻ってくれた様なものだったけれど……。


「あの、イズス様は?」

「イズス殿はベルモアさんの妹に会いに行ってくるそうです。屋敷の場所は知っているので帰ってきたらコラスも交えて夕食にしましょうか」

「……はい。あの、姉さま……!」


 私が勇者候補であることは、他の候補以外誰も知らない。

 今までに何度となく姉さまに相談しようとしたが、その度に口が閉じ、何も話せなくなったのだ。


 そうして、今も私が話そうとした瞬間、口が貝のように閉じてしまった。


「もう少し寝て居なさい。わたくしも少し休憩します」

 

 姉さまは私の髪を撫でる。

 それからセイさんの所に行って、彼の膝を枕代わりに使って目を瞑った。


 薄々は感づいてはいたけれど、私は姉にとって一番では無くなってしまったらしい。


 今までなら私がかすり傷一つ付けただけで右往左往していた姉さまが、落ち着いて私に接していた事もそうだけれど、あのセイさんに対する態度。


 私は姉さまを取られた気分になって、少し悲しかった。

 けれども、笑みを浮かべてセイさんの膝で寝る姉さまを見ると、これが自然な形なのだとも思った。


◇◆◇

 

「ちょっと待ってくれよ! 『角笛』はもっと高い筈だろ! それに指輪も!」


 俺はギルド長の夢に向かって進む。

 オグマフお抱えの商人はにこやかな笑顔を崩さずに俺にこう告げた。


「ですから、ハリファー様。この『角笛』は鑑定の結果、グリフィンだったので値が下がるのですよ」

「グリフィンつったら、魔獣の中でも最上位格の奴じゃねえか! 当たりじゃねーのか!」


 商人は一度汗を拭くと、落ち着いた様子で更に言葉を継いだ。


「ええ……問題はそこなんですよ。余りにも強種すぎて、制御できる人物が限られるのです。もし制御できなければ八つ裂きにされますので」

「じゃあ指輪はどうなんだ!? 他の品物の二割にもならないのはおかしくねぇか!」

「指輪はライネス一族のみという限定制御が掛かっておりましたので、これでも高く見積もったつもりなのですが……」


 俺は頭を搔きむしって計算した。

 ギルド長になる為の株券は最低でも五百枚は欲しい。

 その上である程度買収も必要だし、細かい工作にも金は必要だ。

 

 それに借金も消して置きたいし……。

 

 ギルド長になってから金を回収するのは容易い。

 しかし、そこに行きつくまでに資金繰りで頓挫してしまっては元の木阿弥だ。


「そ、そこをなんとかよぉ!」

「……分かりました。そちらの魔導書七冊を更に一割り増しで相談させて頂きましょう」

「そうこなくっちゃな! 所でよ、そっちの護符はもうちょっと……」


 商人はウンザリした顔をし始めたが俺には知ったこっちゃあない!

 って言うか何でゴモスまでウンザリしてんだ!?


◆◇◆


 俺様の名前はベルモア=キセ。

 今日はダンジョン攻略で知り合ったイズスという魔術師に妹を紹介することにした。


 どうせお宝の交渉はハリファーが上手くやる。

 俺様はそんな事よりも何よりも、妹にイズスを会わせたくなって、イズスを引っ掴んでブン回しながら町を駆けた。


「ちょ! ちょ! ちょ!」


 ん? イズスが何か言いたそうだが分からん。

 そう思っているうちに妹の為に借りている借家に到着した。


「目が回る~!? ベルモア殿はもう少し私を大事に扱え! 私は死ぬかと思ったぞ!」

「そうかそうか! 悪かったよ! それよりもさ、妹に会ってやってくれよ」


 イズスは恨みがましい目で俺様を見たが、それも妹が出て来るまでだった。


「お帰りなさい、ベル姉さん」


 杖をつきながら俺様の妹、パネが出て来るとイズスは目を輝かせた。


「なんとまぁ! 真っ白い毛並みに黒い斑点、雪豹のようじゃ! それに金銀妖眼か! 青い目に金色の目。可愛らしいのぅ」

「ハッ! そうだろうそうだろう! ちょいと左足が不自由だが、自分の事は自分で出来るぜ」

「初めまして、フェアリー様。わたしはパネ=キセと申します」

「私はイズス=イズンじゃ。お主の魔術師の師匠を買って出た者じゃ」


 その言葉にパネは笑顔になって俺様に抱き着いた。


「ベル姉さん! 約束を守って下さったんですね! 大好き!」


 俺様は柄にもなく照れた。

 だが、唯一の肉親の為なら俺様は何でもできると思う。

 

「所で、報酬の件を決めて無かったな。イズスはどれくらい欲しいんだ?」

「そうじゃのう、一日二食に果物を一品付けてくれ」

「ハッ! ガルベインと天地の差だな。あいつは金貨三百枚だったぜ」


 イズスは鼻で笑っていた。

 俺様は気分を良くして三人で行きつけの食堂でメシを食う事にした。


 今日は何て良い日なんだ!

 いつも読んで下さる皆様に感謝致します。

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