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60 当主代行ハイコラス

 俺とイスティリ、それにメアは服を買いに出かけた。

 今日はいつもと違いハイ家から馬車が借りれたので、トウワも蜘蛛もお休みだ。


 俺はマグさんに頼んでトウワには生きたカニとエビ、イズスには果物を詰め合わせた籠を頼んでおいた。


(全然内緒じゃねえじゃん! でもまあこれだけ好きなモン食べれれば良いか)


 トウワは一日かけて食べるぞ、と言いつつセラの中の魚もいつか食べたいと呟いていた。

 あの魚は食べれれるのか? 食べて良い物なのか? 今度セラに聞いてみよう。


 というかセラに色々聞きたいが、なかなか機会が無いとも思った次第だ。


 イズスはというと珍しく拗ねていた。


「私は……果物より、セイ殿と居たい……。一万年生きてるおばあちゃんなんか魅力は無いか……?」 

「いやいや、イズスは小さくて可愛いよ! どうしたんだ、急に?」

「な、何でもない!」


 彼女は宿を飛び出して出て行ってしまった。 

 俺はイズスを気にしつつも馬車に乗って三人で出かける事になった。


 道中イズスの話題はタブーなのか、イスティリとメアはあえて避けている様子だったが、俺には何の意味があるのかさっぱり分からなかった。


「セイ様! ボク嬉しいっ! こんなスースーする女の子の服なんて着た事なかったもの!」


 イスティリは生まれて初めてスカートを履き、大はしゃぎだ。

 メアはもっと大人向けのシックな服を買い、それに合わせてロングスカートを選んでいた。


「セイ? こっちの薄い緑と、こっちの薄い青、どっちが似合う?」


 彼女はスカートの色で迷っているらしく、俺に意見を求めてきた。

 俺は「緑が好きかな」と答える。


「それは答えになっていないぞ! セイ。どっちが似合うかを聞いているのに……」


 そうは言いつつもメアは緑のほうをココに持って行った。

 

 そう、俺たちはイスティリの要望でココの店に来ていたのだ。

 当のイスティリはココのお弟子さんに髪の毛をアップにされ 象眼された銀のヘアピンを幾つか勧められていた。


「お嬢さん? 今日の赤いお召し物には銀の輝きがお似合いですよ? きれいな黒髪に映えるこの装飾で殿方はメロメロ間違いなしです!」

「ぜぜぜぜんぶ買う!」


 これこれ。

 お弟子さんのセールストークにイスティリは即座に陥落し、ヘアピンを鷲掴みにしていた。

 ココは苦笑しながらヘアピンを取り上げ、二つまで絞ってくれていた。


「ほ~ら、お嬢ちゃん? 今日の赤に似合うのはこっち。柔らかい螺旋の象眼が花に見えるわ。可愛く作られてるの。そっちは今日入店してきた時に着ていた服に合うのよ? 菱形を組み合わせてあって良く光を反射するわ。活発に動く時に使えばキラキラして綺麗よ」


 ココは優しくそう言うと、イスティリは当然として、お弟子さんまでが納得していた。

 結局イスティリ両方欲しがり、螺旋のヘアピンをココに刺して貰ってニカッっと笑った。


 メアはネックレスを見ながらウンウン唸っていた。

 どうやら淡水真珠が一粒付いた金鎖の物にするか、銀に緑の宝石が付いた物にするか迷っている様子だった。


 そこにお弟子さんがススっと寄って行ってメアに耳打ちする。


「りょ、両方買います!」


 君もあっさり陥落するのか。

 そしてさっきあれだけココの言葉に納得していたお弟子さんは、やはりセールストークしてしまうのか。

 

 確かにココの性格だと「売りたい」より「どれが似合うか?」が優先されがちだから商売っ気は無い気がする。

 ああやってしっかり売れる時に売ろうとする弟子は貴重なのかも知れないな、と思っていると当のお弟子さん本人が俺に耳打ちしてきた。


「しめてゴニョゴニョ金貨にゴニョゴニョ銀貨となります」

「あ、はい。あ、はい……」


 明日ゴモス達と約束しているダンジョン攻略で稼がないとな、と頭を搔きながらも支払いを済ませた所で、ポケットに入っていたセラがブーブー言い始めた。


(わたくし、まだ何も買って貰っておりません! あそこに置いてある黄玉のブローチを買って貰うまでここをテコでも動きません。プンプン!)

「分かった! 分かったから!」


 俺がセラのブローチを買っていると、目ざとくイスティリが寄って来た。


「セーイーさーまー? まさかとは思いますがどなたかへの贈り物ですか?」

「いやいやいや、セラが欲しがったんだよ! セラが!」

「良かったー。もしモリスフエにだったらボクはセイ様の首筋に噛み付かなければならない所でした!」

 

 俺は冷や汗をかきながらセラにブローチを渡してやった。

 セラはポケットの中で器用にブローチを飲み込んでいる様子だった。


 それから俺たちはハイコラスの講義を冷やかしに行った。

 

 彼の本職は歴史学者であるらしかった。

 特に魔王と魔族にかかわる歴史を専攻しているそうで、一月の半分は見習い騎士や貴族の子弟たちにその知識を教えに行っているのだとか。

 そう言えば、彼と飲んだ時に呂律の回らない口で魔王との歴史について教えてくれたっけな。


 ただこの世界の学者は余り高い地位に無いらしい。

 魔王到来時に即時戦力になる戦士や騎士、魔術師や僧侶に比べると給料も安く安定しないとメアが教えてくれた。


「それでハイコラスは冒険者ギルドで寝泊まりして、魔法を売りながら糊口を凌いでいるのか」

「コラスはそんな事をしていたのか! 普段家に居ないと思ったら!」


 とは言え、その貧乏暮らしも今日で終わりであるらしかった。

 メアは俺と一緒に居る為にハイコラスを当主代行にして、荘園や所領の管理を一手に任せるつもりでいたのだ。


「……であるからして、魔王到来までにどれだけのネストが潰せるかが問題となってくるのです。ネストの数が増えれば増えるだけ応用に繋がります。ここで言う応用とはつまりは『どれだけ人間を殺せるか』と言う事に他なりません」


 ハイコラスが講義している講堂の奥から俺たち三人はシレっと入室すると、空いている席に着席した。

 彼は目を凝らして「姉上……?」と呟いてから慌てて講義を再開した。


 俺たちは講義が終わるとハイコラスを馬車に詰め込んでハイ一族の屋敷に向かった。


「えっ!? 俺っちが当主代行!? やだよ! 姉上! あんな辛気臭い執務室で判子付くだけの作業なんて……」

「玉に息抜きで荘園を見回ると良いぞ、コラス。それに私の代わりをしている間はあの学者の給金の十倍は出そう」

「うむむ……む、む、よ、よし、乗った! で、姉上はどれ位で帰るんだ。ええっと、さっきの話だとセイだっけ? の護衛をするんだよな」

「このまま永久就職するかもしれんから、その時は頼んだぞ、コラス」


 ハイコラスは最後の言葉が引っ掛かるのか腕組をしながら思案していた。


「が、考えても始まらんか……よし、姉上の為に一肌脱ぐか!」


 彼は切り替えたらしく最期は納得してくれた。

 そうしてから彼は俺に向かって「姉上を頼む」と頭を下げた。


「魔族の嬢ちゃんも随分とツヤツヤになって。毎日美味しいモン食わせて貰ってるのかぁ?」

「うん。セイ様は何時もボクに好きなだけ食べて良いって言ってくれるんだ!」

「そかそか」


 彼はイスティリの頬をチョンと突くと、俺のほうを向い少し真顔になった。


「魔術師ギルドはお前さんの話題で持ちきりさ。≪祝福≫持ちの天使使い。ギルド長まで自ら走り回って情報収集に追われてたぜ」

「何だ、随分とバレてる感じなのか?」

「まあなー。ただギルドとしては、オグマフが出した書簡が王都から戻ってくるまでは様子見らしい」

「やだなー。王様案件とか、俺そんなに大人物じゃないのに……」

「世界に向けて告知した奴が何でそんなに弱腰なんだ」


 ハイコラスはカカカっと笑ってから俺に「なあ、その≪悪食≫とやらを俺に見せてくれよ」と言ってきた。


 俺は折角なのでこの機会にル=ゴを使ってみる事にした。


「そうだな。なあ、メア。少し≪悪食≫が制御できるようになったんだ。飲み込んだ椅子とか箪笥は元通りに吐き出せる。一旦飲み込んでセラの中で元に戻そうかと思うんだ」

「ほ、本当か? な、なら倉庫に行って使っていない家具を出そうか」


 俺は家具を並べて貰うと「出てこい。ル=ゴ」と呟いた。

 即座にル=ゴは反応すると、半透明の蛇が俺の手からザワザワと無数に表れて、そのまま家具に噛り付いて行った。

 齧り取られた家具はどんどん消滅していき、目標が無くなると、蛇達は即座に搔き消えた。


「セイ様? 今のは?」

「ある程度制御可能な≪悪食≫だな。多用すれば前回の二の舞さ。気を付けなくちゃね」

   

 イスティリは半信半疑だったが、俺が落ち着いて≪悪食≫を使った事に少しだけ安心した様子だった。

ふいに脱字を見つけたので修正。

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