59 邂逅
僅かに窓から光が差し込む薄暗い部屋に俺は居た。
その部屋には楕円形のテーブルがあり、そのテーブルにはほぼ等間隔で十二個の椅子が配置されていた。
その中でも最も上座に当たる席に、俺は何時の間にか座っているらしかった。
俺の座っている席のテーブル部分には【00】と数字が焼き印か何かで押されており、その数字がギリギリ見える程度に蝋燭が一つ置いてあった。
よく見ると少し離れた所に、もう一つ蝋燭が灯っていた。
そこには骸骨の様な男が震えながら座っており、上目遣いで俺をチラチラと見ていた。
俺がその男に何故か見覚えがあったが、一体誰なのか思い出せなかった。
俺が彼に声を掛けようと思った矢先に、ポウと幾つかの蝋燭が灯った。
その数は三つ。
そして蝋燭の灯った席の近くに、いつの間にか異形の人物達が三体現れると、彼等は椅子を引いて席に着き始めた。
ガマガエルそっくりの肥え太った男、髪の毛が無数の蛇で構成された女、そして絡み付いた針金で構成された様な人型の何か……。
特にその針金人間が印象深いが、そいつは席に着くなり自分の席の蝋燭を握り潰した。
彼は針金の内部から炯々と瞬く無数の赤い光点を全て俺の方向に寄せると、ギ・ギ・ギと音を立ててから静かになった。
俺はここが≪悪食≫達の巣であると直感的に悟った。
さしずめあの震える男は第一層神格だろう。
俺はあんな小男に支配されそうになっていたのだと思うと怒りが込み上げてきた。
「お初にお目に掛かります。儂は第二層を預かります神格『等しく飲み込む者モーダス』と申します」
ガマガエルは慇懃無礼な口上とは裏腹に、ニヤニヤとした笑いを浮かべながら席も立たずに俺に挨拶をした。
とは言え挨拶をしたのだから、と考えて俺は軽く頷いた。
モーダスはベロリと長い舌を出して自身の頭頂部を舐めまわすとグフフフフと嫌らしい笑い方をしていた。
「私はル=ゴ。第三層神格のル=ゴ。人の身でありながら我らを従える者よ、必要ならば力を貸そう」
ル=ゴと名乗った女性はしっかりと立ち上がり、一礼してから挨拶をした。
ウネウネと動く蛇で構成された髪の毛達も、一様に俺の方向に鎌首をもたげる様にして黙礼した。
そして針金人間は何も語らず、ただ俺の方向に赤い光点を向け続けるだけだった。
「お……俺ハ……ヒッ!」
骸骨が話そうとすると、モーダスがその長い舌で彼を打ち据えた。
そうしてから、そのまま骸骨の前の蝋燭を舌で消してしまった。
「……」
骸骨が沈黙すると、モーダスは満足そうに頷き、俺の方向を向いた。
「さて……さて……これから先、貴方様はあのような神にも到達出来なかった小物では無く、この儂をお使い下され。儂はあの者と違い、もっと有能でございますゆえ」
モーダスがニヤニヤとした笑いを浮かべながら俺に進言してくる。
しかし≪悪食≫の神格が言う『役に立つ』ほど信用出来ないものが無い様に思った。
「いや、悪いけど止めとくよ。前回の件で色々と懲りた」
「グフ・グフ。それは貴方様があの亜神崩れしか使えなかった事に起因します。ゆえにこの儂をご活用ください。儂の力は必ずやお役に立つかと存じます」
その会話にル=ゴと名乗った蛇女は不快感を露わにした顔をしていた。
それから立ち上がると、モーダスに軽く会釈をしてから俺に語り掛けてきた。
「モーダス殿の力は強い、が、応用が利かぬ。我が主よ、私の力を使え。私の力は『魂無き物の再構築』だ。私の力で飲み込んだ無生物は自由に再構成して吐き出せる」
その売り文句に今度はモーダスが嫌そうな顔をした。
彼はル=ゴの蝋燭を消そうと舌を伸ばしたが、蛇たちに阻まれ未遂に終わった。
なるほど、あの蝋燭はさしずめ発言権という訳か。
そうなるとあの針金人間は俺に対して『お前と話す事など無い』と意思表示したのだろうな。
「悪いけど俺は出来る限りお前たちは使いたくない。折角挨拶してくれたのはありがたいけどさ、嫁候補を喰いそうになったんだよ? まったく」
「嫁の一人や二人、食べてしまえば宜しいではございませんか? 何故抵抗する必要があったのか儂には理解できません」
その言葉に俺は荒れ狂った。
モーダスの所まで椅子を蹴倒して走ると有無を言わさず彼の蝋燭を叩き潰す。
「だからお前たちは使いたくないって言ってんだよ!」
俺の激高した理由をモーダスをおそらく理解していないだろう。
暗がりの中で彼はモゴモゴと舌を出し入れしていたが、蝋燭が無ければ何も出来ないのか只黙っているだけだった。
残るはル=ゴだけとなった。
「しかしながら我らが力が無ければ貴方様の選択肢は大幅に狭まる。只の人の身ではこの世界を救う事はおろか、試練突破もままならぬと思うが?」
「分かってる。が、理屈じゃないんだよ」
「分かった。それなら私と取引しないか?」
「取引?」
ル=ゴはモーダスよりも柔軟性があり、話が分かる気がしたので俺は興味を持った。
「そうだ。私の力を一日一回に限り何の代価も無しに使って良い。その代わり二回以上使う場合は代価を貰おう」
「代価は何だ?」
「貴方様の支配権を少しずつ獲得する事だ。我らはここから出る事を虎視眈々と狙っている。が、受肉して居なければ消滅する定めである。よって貴方様の支配権を得る事を皆が狙っているのだ。私も含めてな」
「そこまで話してしまって良いのか?」
「私は出し惜しみせずカードを切る。使われる側から抜け出せない現状には飽きた」
俺はル=ゴとだけ取引をする事にした。
今居る神格のなかで一番まともそうだったし、何よりも≪悪食≫を日に一回とは言えノーリスクで使える事はかなり大きい様に思われたからだ。
「分かった。ル=ゴの手に乗ろう」
「では≪悪食≫を使う際には必ず私の名前を呼ぶか、想像しろ。私が出た場合、感覚的に分かる」
ル=ゴが自分の蝋燭を吹き消す。
気配はするが、俺は誰も認識出来なくなっていった。
そうして≪悪食≫の神格達との初めての邂逅は終了したのだった。
俺がベッドの上で目が覚めると、セミダブル位しかないベッドで全員寝ていた。
俺の右隣にはイスティリが、左にはメアが寝ており、俺の胸にはイズスとセラが寝ていた。
しかも俺はトウワの頭をマクラにし、トウワは触腕を左右にびろーんと広げてイスティリとメアのマクラもしていた。
全員が寝ているのかと思ったら、トウワだけが起きていた。
「トウワ、トウワ。なんでお前マクラやってんの?」
(魔族の姫様が固まって寝ると暑いってっさ。なら離れて寝ろよ! と思ったけど理解してもらえなかった)
「ははは。災難だったな」
(お前はお前で結構玩具にされてたけど、まったく起きる気配もないしさ! まったくもう!)
彼はプルプル震えながら愚痴っていた。
「悪かったよ。今度内緒でカニ喰いに行こうぜ」
(マジか! ちゃんと生きた奴だぜ?)
「ああ。トウワが納得するまで食べてくれよ」
(しっかしお前モテるね! 俺も嫁が欲しぜ!)
トウワは男性なのか? クラゲに性別ってあったっけ? と不思議に思ったが何も言わず、俺はもう一度寝る事にした。
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