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58 セラの世界

 俺はメアを監視役にしてくれたオグマフに感謝した。

 そろそろドゥアを離れ、赤龍を探す旅に出ようかと思い始めていた所だったからなおさらだ。


 俺にはイスティリとメアが必要だ。

 この二つの宝石だけは誰にも譲る気が無かった。


 しかしメアはドゥアの魔道騎士であり、ハイ一族の当主であったから、一度は離れなければならないのでは無いか、と正直不安に思っていた矢先の、降って沸いた僥倖だった。


「ではお目付け役はメア卿にお任せしよう。毎日一回は<雷鷹>を飛ばして定時報告をしてくれ。加えて時々<遠声>での細かい応答も頼む」

「はい! 分かりました!」


 メアははち切れんばかりの笑顔で了承し、それから手を差し出してきたイスティリとパァンと手を合わせて二人で喜んでいた。

 当初こそ張り合っていた二人だか、最近特に仲が良くなってきたように思う。


 それからオグマフが呼び鈴で使用人を呼んだ。

 使用人は事前に伝えられていたのか一本の剣を持って現れて、それをオグマフに渡した。


「これは我が一族に伝わる二つの神器の内の一つ、水の剣『ハイネ』じゃ。これをメア卿に貸し与える。効果は<炎熱無効><破壊不能>と魔杖として使えるだけじゃが、そこらの魔道具よりは役に立つじゃろう」

「……オグマフ様! この様な神器をわたくしに……!?」

「私はメア卿の性格を知っておる。じゃから『貸りた』物を返すために必ず生きて帰って来ると思うのじゃ」


 メアはその剣を受け取ると胸に搔き抱いてオグマフに感謝の言葉を伝えていた。


「折角じゃからこのまま皆で夜も食べていけ。そして今日は泊まって行くと良い。魔道騎士達も含めて夕食としよう」


 こうして俺たちはオグマフ邸で泊まって帰る事になったのだが、正直断ればよかったと後で後悔する事になる。

 なんせ俺は夕食時に三十人近い魔道騎士に質問攻めにされたのだ!


「あの宣言は一体どういう事なんだ?」

「≪悪食≫とやらを見せてください! そこのテーブルを食べて見せて!」

「昼にあった神々しい気配は一体?」

「良ければ俺も連れて行って下さい」


 ……とまあ食事所では無いほど矢継ぎ早に質問され、最後にはオグマフが怒って騎士たちを散らすまで俺は水一杯飲む暇が無かった。


「すまぬ。普段はこんなに無作法者達では無いのだが」


 結局、彼女が知っている事柄は改めて全ての魔道騎士達に伝えることになり、それでようやく決着がついた。


 ただ、魔道騎士達が俺に対して敵意であったり恐怖している者が居らず、少なからずホッとした。

 やはり敵意を向けられたりしたら誰だって嫌なものだからな。


 俺たちは夕食後、少し大き目な部屋を借りて皆で寛いで居た。

 その時やっとトウワと合流できたが、彼は使用人から冷たくあしらわれた事を根に持ってプリプリ怒っていたので宥めるのに苦労した。

 次からはそう言った点も考慮しなきゃならないな、と思っていると、イスティリも不満を口にしだした。


「あーあ。今日はセイ様とお出かけの約束だったのに! あの魔王種のせいで一日潰れちゃった!」

「イスティリ? 明日セイとわたくしのお出かけの日ですが、良かったら三人で行きましょう! それでセイに服を買って貰うのです!」

「良いの? 本当は二人きりで行きたいでしょ?」

「もちろんそれはそうですが! それだとわたくしも楽しくお出かけ出来ない気がするのです」


 その言葉で、結局明日は三人で出かける事になった。

 俺に決定権が無いのはいつもの事だ。


 その時、セラが<カココッ>と大きな音を出し、木の実が生った事を知らせた。

 確か南の白銀がもっと早いサイクルで生るようにしてくれたんだっけ?


「え? もしかしてこの音は!?」


 イスティリが大喜びでセラに飛び込んだ。

 

(うふふ。今日は葡萄も生っていますよ)


 セラが高らかに宣言した。


 俺も興味が沸いたのでセラの中に入ろうとすると、イスティリが手ぶらで戻って来て俺たちを手招きした。

 イスティリが消えると同時にメアが飛び込み、俺と俺の肩に乗ったイズスが入る。

 それにトウワが続いた。


「おおっ!?」


 俺は中に入って驚いた。

 明らかに空間が大きくなっているように感じられた。

 

 そうして周りを見渡すと、今までの柔らかい下草が生えていた大地はそのままに、そこから外側に向けて下草がまばらになって行き砂地になり、その先はなんと水に満たされ、まるで海の様になっていたのだ。

 イスティリはその水を掬って飲むと「塩っからい!」と言ったので、まさしく海なのかもしれない。


 『海』を見渡していると、沖のほうでパシャっと魚が飛び跳ねた。

 トウワは大喜びでその魚を追いかけに飛んで行ってしまった。


「セイ様! あの天使さんが変えてくれたのかな?」

「ああ、そうだろうな」


 そう言いながらトウワ以外で木の実を見に行くと、セラの宣言通り近くで葡萄も生っていた。


「<南の白銀>がこの木の実の成長を早めてくれてるから、今後はもっと沢山食べれるようになるよ」

「やっぱり!? あの会話はやっぱりそうだったんだ!」


 女性陣は大喜びしていた。 

 イスティリが木の実をもぎ取るとメアが葡萄を摘み始めた。


「葡萄は葡萄棚をここに設置して手入れをしてやれば、もっと沢山生るかも知れませんね」


 メアがそう言ったので、今度試しにやってみるかと俺も合いの手を入れてから、ふと思った。


「なあ、今度ここに家を建てないか? 大がかりな物は無理かもしれないけど、ほら、オグマフ邸の東屋みたいなのをさ」

「楽しそう! その家にさ、ボク達の家具を置いてセイ様に買って貰った服を収納するんだ! ベッドも入れてテーブルを持ち込むの!」

「良いですね。じゃあ明日はわたくしの屋敷に寄りましょう! 使っていない家具や寝具があるはずです」


 セラはその会話が面白いのか笑い転げていた。


(まっまさか神々の瞑想の場、エリーシャの神域が別荘になるなんてっ!? あっははっははっ! おっかしーい!)


 いつもの上品な笑い方ではなく、目に涙をためて爆笑している、といった感じでセラは大笑いしていたのだ。


「セラ、なんか上機嫌だね」


 イスティリはそう言いながら木の実をひと齧りし、それからイズスの口に木の実を持って行き齧らせ、次はメアの口元に持って行った。

 メアも「あーん」と木の実を頬張ると、次は俺の所に木の実が来た。


 そうやって仲良く四人で木の実を食べると、次は葡萄を頬張った。

 大粒の葡萄をめいめいが好きに摘まんでは食べ、を無くなるまで繰り返してから草地に寝っ転がって星空を見上げる。


「葡萄も美味しかったですね」


 メアが俺の横に座り語り掛けてきた。

 イスティリとイズスも近くに来て「次はセラに何を食べて貰おう」「私は苺が好きじゃ」と内緒話をしていた。

 イズスはセラが食べたい物じゃ無くて自分が食べたい物だったのが少し面白かったが。


 そうして昨日とは打って変わって、俺たちはなんとも平和な夜を過ごしたのだった。

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