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56 シオからの使者②

 私の名前はイズス=イズン。

 丸裸になったイスティリ嬢とメア卿に部屋を追い出された可哀想なフェアリーである。

 

 私はこの屋敷の主オグマフ殿とコー卿、それにダレン卿という騎士と一緒に食事を取った後、屋敷の庭にある東屋で葡萄酒を水で割った物を舐めつつ内緒の話をしていた。

 とは言ってもおおよそはセイについての事柄であったのだが。


「私が知っているのはここまでじゃ。簡単に言うと、セイはウィタスの崩壊までに『神』を創り出す為に外部より派遣された『使者』になるか」

「あの≪悪食≫を見ていなければ信じませんでいたが……それにあの≪声≫」

「声?」

「はい。『これはセイの第一の試練なのです』と全ての者が聞いた様だったのですが……イズス様はお聞きになっていらっしゃらない?」

「恐らく……その時、私は別の世界に居た……」

「別の世界!?」


 恐らくセイには何かしらの『試練』が与えられ、それを世界に向けて告知した者が居たのだろう。


 ……何か嫌な予感がする。

 世界に居る『全ての者』が聞くべき告知を、私とトウワは聞いていない……。

 これがセイ殿が受けた試練に対して瑕疵となれなければ良いが。


 その嫌な感覚を振り払うと、今度はオグマフ殿達の質問し、この一件についての理解を深めていった。


「なるほど、セイ殿はかなり危ない橋を渡っておった訳じゃな?」

「はい。正直全てが紙一重だった様に思います」


 そこに急激な霊圧の変化が感じられる。

 ダレン卿が即座に立ち上がり駆けだしていった。

 

 私達もその後に続く。

 しかしこの霊圧は清らかであり優しい。


「天使の気配に似ておるの」

「そうなのですか? とりあえずセイ殿の居る部屋に向かいますか」

「ははは。何か異変があればセイ殿絡み、そう思うのも間違いでは無い気がするな」


 ダレン卿に追いつくと、彼女はセイ殿の部屋の扉で聞き耳を立てていた。

 私達に気が付いた彼女は人差し指を口に当てる仕草をして、静かに来るよう指示してきた。


 どうやらセイ殿達が何者かと言い争っている様子であった。


「待て待て待て待て! <南の白銀>さんよ! 俺たちはセラがいなきゃ困るんだよ! 大切な仲間なんだ! 俺たちからセラを取り上げないでくれ!」

「……これは決定事項です。取り消せません」

「頼むっ! 俺がセラの手助けがあって初めて生き返る事が出来たってんなら、今ここで死んでみせよう。だからっ! セラのその4,000年の罰則だけでも取り消してやってくれないか? 頼むっ! この通りだ」

  

 どうやらセイ殿は元気を取り戻した様子であった。

 その彼が何者かと激しく言い争っているが、『今ここで死んでみせよう』とはまた物騒な。


 私達は扉越しに聞き耳を立てながら、中の様子をずっと伺っていたのだった。


 通路には気配を察知したのか魔道騎士らしき人物が幾人も様子を見に来たが、オグマフ殿が合図して散らしてくれた。





「さて、セラは試練を突破した。わたくしはそれを嬉しく思います。どうもマルテル系の魂は几帳面で融通が利かない。その点が足枷となって進歩が止まって居た様に思っていましたので」

「マルテル系?」

「ええ。セラは今は滅んだ世界:マルテルからシォミルウレー様が救済した魂の一つです」


 俺はマルテルという単語に聞き覚えがあったが、どこで聞いたものか思い出せないでいた。

 

「セイ様、ハイレアさんから聞いた神話で二神はマルテルの生き残り、と言っていましたよね?」

「それだ! と、言う事はセラは二神と同じ世界の出身なのか!?」

(ええっと。わたくし前世の記憶は流石に持っていないのですが……)

「その答えはいずれ出るでしょう。それよりも……」


 <南の白銀>はドアに向って行くと素早く開いた。


「わっ!?」


 聞き耳を立てていたらしい数人の男女がバランスを崩してバタタッと室内に流れ込んできた。


「ダレン! それにコー! オグマフ様まで!」


 その後にイズスがバツが悪そうに姿を現した。


「すまん。好奇心が勝ってしまった……」

「イズスまで」


 <南の白銀>は呆れた、という顔をした後で彼らに挨拶をした。


「もうご存知かもしれませんが。わたくしは四次元神シォミルウレー様の眷属。天使<南の白銀>と申します。以後お見知りおきを」

「天使殿? そ、その……肉体はスクワイの女性の様に思えるが?」

「わたくしが声を出してもセイ様にしか聞こえませんので、一時的に借り受けました」

「な……なるほど」


 なるほど、と言いつつその四人の内誰一人納得した顔をしている者は居なかったが、挨拶を済ませた<南の白銀>は改めてセラに向き直るとニッコリと笑ってからこう告げた。


「さて、試練を突破した可愛い部下には何かご褒美をあげましょう? セラは何か欲しい物がありますか?」

(<南の白銀>様。わたくし人の声が出せるようになりたいです)

「それは無理です。わたくしですら人に乗り移って発音しなければならない位なんですから、構造上無理だと理解して下さい」


 <南の白銀>にバッサリと切られて、セラはがっくり落ち込んだ後、ユラユラと揺れながら思案している様子だった。


(セイ。今セラさんは何て言ったの?)

(人の声が出せるようになりたいってさ)


 メアが聞いて来たので答えたが、イスティリにも聞こえていたのか、二人はこそこそと話し始めた。


(では……あの木の実をもっと増やして欲しいです。ここの人達は凄く美味しいって毎回生るのを待ちわびて居ます)

「木の実? あれはもう何処を探しても二個しか残っていません。増やしてやりたいのは山々ですが……そうですね、増やす事は無理でも成長が早まるようしておきましょうか」 

(ありがとうございます!)


 <南の白銀>は素早くセラの中に飛び込むと、少ししてから出てきた。


「土を最も良質な神域の土に変容させておきました。これで……そうですね。今までの半分以下の周期で生るはずですよ」

(うふふ。<南の白銀>様、ありがとうございます)

「いいえ、礼には及びません。わたくしの管轄する天使の中から『羽化する者』が現れたのは大変光栄な事です。後二つ、試練を突破してその殻を破って飛び立つのですよ、セラ?」

(はい! と言いましてもわたくし、おっしゃる事の半分も意味を理解できておりませんが……)

「今はそれで良いのですよ。自然に分かってきますから」


 それで会話は終了になったのか、<南の白銀>は俺に向き直ると改めてシオからの伝言を伝え始めた。


「では、セイ様に我が主よりの伝言をお伝えします」


 彼女は一つ咳払いをしてから語り出した。


『セイ、試練突破おめでとう。君には与えられた祝福の数だけ試練が与えられる。そのうちの一つを突破した訳だから後二つの試練が君には待っている事になる。苦難の道ではあるが、その道の先には救済があり、光がある。心して掛かるように』


 そして彼女は四角いメダルのような物を俺に押し付けた。


『試練を突破したセイにはプレゼントを用意した。そのメダルは削って使う。小指の爪ほど粉にして飲めばどんな病気でも完治するし、大怪我だって治癒する。これは君だけではなく、君の仲間たちにとっても役に立つだろう』


 俺には後二つの試練が待っている。

 そしてウィタスを救う為に俺はここに居るのだと考えれば、この贈り物は絶対に役に立つだろう。


「シオ……」


 俺はシオの優しさが嬉しかった。

 

 ……そして、このメダルが幾度と無く俺達の窮地を救うのだった。

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