55 シオからの使者①
「うーん。勘弁してくれよー」
俺はウンウン唸りながら気絶したモリスフエをベッドに寝かせると、ひとまず服を着る事にした。
「イスティリ、俺の服はどこにあるんだ?」
「ええっと、セイ様の服はもうボロボロの血だらけですよ? なんせ心臓が弾け飛んだんですから」
薄い記憶を辿ってみると確かにそんな記憶がおぼろげにあった。
唐突にセラの声が鮮明にフラッシュバックした。
(これはセイの第一の試練なのです)
そうだ、俺は試練を受けたのだ。
恐らくこれからも試練を受けるのだろうが一つ目でこれだけギリギリだとすると、次の試練は正直受けたくなくなるよな、と思った。
それから、仕方なくズボンだけでもと思い、イスティリに取って貰うと彼女が驚いた声を上げた。
「セイ様っ? 服が元通りになってます!? 血の跡すらありません!」
「そっか。流石はテマリとミュシャに貰った服だな」
「……セイ様? そのテマリって方とミュシャって方はどなたですか……?」
「……どなたですか?」
女の感は鋭い。
俺は二人に弁明する羽目になった。
「テマリは俺に<<完璧言語>>を授けてくれた女神だよ。この祝福のおかげで俺は誰とでも会話が成立する。ミュシャは<<悪食>>を授けてくれた女神さ」
「セイ? その……女神から能力を授けて貰ったというのは本当の事なのですか? その……<<悪食>>という能力を見た今なら信じれますけれども」
「ボクなら<<悪食>>は要らないって言いますけどね! ちょっと制御出来る自信が無いです!」
「わたくしも……」
「そう言うなよ。ミュシャは俺が餓えない様にとくれたんだし……」
「セイ? 正直文明も発展している、生存にも適したこの環境で、『餓えない』という一点だけに絞るんならその能力ははっきり言って不要ですよね? と言う事は、その女神がそれ以外の目的で授けた事は明白です」
「やはりそう思うかー。確かに俺も引っ掛かってるんだけどなあ」
そこにセラがヒューンと眼前に現れて、クルリッと回ってから止まった。
(うふふ。お困りの様ですね! わたくし、何か知ってるかも知れませんよ?)
「セラが質問に答えてくれるのか!」
俺は、以前ならこういう会話時にはここまで明確に意思表示してこなかったセラが、珍しくアピールしてきた事に驚いた。
(ミュシャ様がセイにこの能力を授けたのは……)
セラが話し始めた次の瞬間、俺の真横の空間が裂けて立方体が出現し始めた。
その立方体はセラより二回りほど大きく、セラの様に透明では無く、反射する銀色の膜に覆われていた。
イスティリとメアは固まってしまい、事の成り行きを見守っていた。
(そこまでです! <果物と井戸の小世界管理者>よ!)
(て、天使長さまっ!)
「天使長!?」
(貴方様がセイですね?)
その立方体は俺にそう質問すると、モリスフエに近寄ってその体内に浸透するように入っていった。
「!?」
「……ふう。丁度意識の無い乙女の体があった事を幸運に思います。このほうが皆に説明をしやすいと思いますので、少しの間お借りしましょう」
「セイ様!? 今のは何? 今のは何? この人セラのお友達?」
イスティリは驚いて混乱していたが、意外にメアは冷静に受け止めているように見えた。
立ち上がったモリスフエはそのままベッドを降りて俺に向き合った。
「わたくしはシォミルウレー様の使者にして四大天使長が一人、<南の白銀>と申します。以後、お見知りおきを」
「シォミルウレー? シオの事か?」
「ええ。貴方がシオと呼ぶ我らの主より、わたくしはここに遣わされました使者です」
「その使者が何の様だ?」
俺はセラの言葉を明確に制止したこの天使長の意図を読み取ろうとしていた。
「うふふ。そこまで警戒せずとも構いませんよ? もし罰則があるとするならばそこの天使ただ一人。貴方にはただ伝言を預かっているだけですから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 何故セラに罰則があるんだ?」
「セラ? ああ、そこの<果物と井戸の小世界管理者>の事ですか?」
(……)
セラは小刻みに震えながら沈黙していた。
「<果物と井戸の小世界管理者>よ? この方の試練にあなたは明確な手助けをし、今まさに具体的な助言をしようとしましたね?」
(……はい)
「正直でよろしい。では罰則を与えます」
(……待ってください! わたくしにどれだけ罰が下ろうとも構いません! ですが、この旅の間だけセイのお傍に居る事をお許し下さい!)
「駄目です。あなたはこの任務から外します。その上で厳罰が下るでしょう」
セラはカコン・カコン……と涙を流しながら宙でフラフラとし始めた。
(うっ……ううぅ……て、天使長さまっ! わた……わたくし……お願いです……)
そのセラの姿を見て、イスティリとメアが飛び出してきてセラを庇うように天使長との間に割って入った。
「ちょっと待ってよ! セラは一生懸命セイ様を助けたんでしょ? 褒められこそすれ、なんで罰則なのさっ!?」
「<果物と井戸の小世界管理者>、君たちがセラと呼ぶ天使は取り決めを守る事が出来なかった。ゆえに罰則が与えられるのです」
「<南の白銀>とおっしゃいましたか。どうか話を聞いてくださいませんか?」
「聞く事は簡単ですが、それによって<果物と井戸の小世界管理者>が有利になる事も、不利になる事もありませんよ?」
取つく島もないとはこの事だ。
「なあ、<南の白銀>さん? 実際にセラにはどんな罰則が与えられるんだ?」
「一つはこの任務から外すと言う事。もう一つは彼女の転生までの時間が大幅に伸びます」
「転生までの時間?」
「はい。後400年で6周期を終え、転生して人として新たな生を得る機会に恵まれる所でしたが、追加で後4,000年が加算されます」
その宣言を聞いたセラが悲鳴を上げ、遂には力なく床に落ちてしまった。
慌ててメアが拾い上げ、イスティリが優しくセラを撫でた。
「では、シォミルウレー様からの伝言を伝えます」
「待て待て待て待て! <南の白銀>さんよ! 俺たちはセラがいなきゃ困るんだよ! 大切な仲間なんだ! 俺たちからセラを取り上げないでくれ!」
「……」
<南の白銀>は少しムッとした表情をした後でこう語った。
「……これは決定事項です。取り消せません」
「頼むっ! 俺がセラの手助けがあって初めて生き返る事が出来たってんなら、今ここで死んでみせよう。だからっ! セラのその4,000年の罰則だけでも取り消してやってくれないか? 頼むっ! この通りだ」
俺は膝を付いて<南の白銀>に頭を下げた。
その時の<南の白銀>の表情は俺には分からなかった。
しかし思いの外、困惑しているのか長い間その天使長は沈黙した。
そこにフラフラとセラが現れて天使長の掌に収まるようにしてポトリ、と落ちた。
(セイ、良いのです。わたくし、こうなる可能性を知っていながらセイの手助けをしました。分かっていたのです。今までありがとう……わたくしに『セラ』という可愛らしい名前を付けて下さった日はわたくしにとって最良の日でした)
「おい……待てよ! セラ、行くな! 行くなよ! 俺たちはウィタスに来た時から一緒だっただろう? それがなんでこんな所でお別れなんだよっ! 最後まで俺と……俺たちと居てくれよっ!」
(うふふ……セイ。わたくし、あなたを……)
イスティリが天使長からセラをもぎ取るように引きはがした。
天使長は特に抵抗もせずに淡々と俺たちを見ていた。
そしてメアは、モリスフエに天使長が入った様に、セラを自身の体内に招き入れた。
「うふふ。三人で守りましたか?」
「?」
「わたくし、シォミルウレー様より命を受けておりました。『もし<果物と井戸の小世界管理者>を三人の者が守るのならば、この一件はお前の裁量に任せる。それ以外の場合は規定通りとなる』と」
「どういう事だ?」
「……わたくし<南の白銀>はここに宣言します。本日より<果物と井戸の小世界管理者>がセラと名乗る事を承認します。そして<果物と井戸の小世界管理者>に与えられた任務と、セラに与えられた任務とは別物ですので、当然セラには何の罰則も存在しません」
「「「!」」」
「今からわたくしはセラに新たな任務を与えます。さあセラよ、ここに来なさい?」
<南の白銀>は先程までとは打って変わって優しい声でセラを呼んだ。
セラは恐る恐るメアの体から出て来ると、<南の白銀>の前で止まった。
「新たな任務は以下の通りです」
一つ、セイに質問されなくとも秘密を教えて良い。
一つ、セイに具体的な助言をしても構わない。また明確な手助けをしても良い。
一つ、テマリの試練に値する苦難がセイに訪れた時、それを世界に告知する。
「さあ、守れますか? セラよ?」
(……はい……はい……)
「よろしい! セラは今『一つ目の試練』を突破しました! 自我こそ持つが個我を持たない天使の殻を破ったこの者に祝福あれ!」
その言葉に、この場に居た全ての者が驚いた。
なんと、セラ自身も……試練を受けていたのだ。
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