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53 ニャマママゴ!

 わらわは玉座でかつてミュシャと呼ばれた白い猫を抱いて撫でてやっていた。

 猫は気持ち良さそうにゴロゴログルグルと喉を鳴らして、ひっくり返ってわらわの胸を下からちょいちょいと突いて遊んでいた。


 そこにカカフ達三人がやってきて挨拶をした。

 カカフ達は霧散したミュシャに「肉体」「思考」「希望」を与えて現世に呼び戻した三柱の神々であった。


「よく来た禍禍福たち。お前たちに聞きたいことがあって呼んだ……ミュシャはいつになったら元に戻るのだ? 今日も猫ジャラシで遊んで、猫ミルクをたらふく飲んで寝る、の繰り返しなのじゃが」

「そればかりは俺達にも分かりかねます。あくまで試練に相応しい肉体を与えたのですが、彼女自身がその躰を希望しましたゆえ」

「左様。それがし、彼女に思考もしっかりと与えておりますので」

「あ、あたしは希望を与えたけど、それを使うかどうかはミュシャちゃん次第」


 カカフ達はわらわの「三つの試練」を突破する際、最初の二つを禍神として突破しながら最後に逆転して人々に祝福を与えた神々であり、その点から馬が合うのか常に三人で行動していた。


「所で手毬様。俺達はちょっと地球に行って様子を見てきた訳なんだが」

「左様。分岐地球は今、主が不在であるから、ミュシャ殿が帰還するまでは管理してやらんとな」

「未来はともかく、現在は美味しいものも沢山あって楽しかったー」


 わらわの喉はゴクリと鳴った。


「も……もしかして?」

「左様。おみやげ、という奴です」

「!」

「あたしが見つけたんだよ!」


 そういうと紙袋をガサゴソやって、わらわにたい焼きの絵の描いてある箱を手渡してくれる。

 

「くぅぅ!? お前たちは本当に良い子たちじゃ! これは箱に入っておってひんやり冷たい!」

「新発売! たい焼きアイス、という物らしいですよ」

「たい焼き、かつアイスじゃと!? そんな至高の一品がこの世に存在するのか!?」


 わらわはいそいそと箱を開けると透明な袋を千切って「たい焼き」に噛り付いた。


「ひゃっ!? 冷たくって甘い! 小豆にバニラの2層仕立てか! 美味い!」


 三神は顔を見合わせて朗らかに笑っていた。


 と、その時、ミュシャがわらわの膝からひらりと飛び降りると、ゆっくりと伸びをしてから「ニャー」と鳴いた。


「ニャー……。ニャフンニャフン。ニャマムギニャマゴメニャマママゴ!」


 彼女は発声練習らしきものをすると声高に宣言した。


「セイがだいいちのしれんをとっぱしました」

「!」


 わらわは驚いた。

 セイがこの短期間で試練を発動させ、その上で突破したことに。


「セイはいちどしにましたが、みずからえたじんみゃくがかれのいのちをつなぎました。ふくです」


 そうか、セイはウィタスで得た仲間の支えで試練を突破したか。

 それで福の印を得た、と。


 ミュシャはするすると成長すると、二本足で立ち上がった。

 以前の半分にも満たない大きさではあるが、かつてのミュシャにそっくりである。


 なるほど、ミュシャの試練とセイの試練は連動しているのか。

 カカフ達も納得したのか、めいめいに氷菓を取り出して食べ始めた。


「この調子なら地球神ミュシャの帰還もじきだな」

「美味いなあ。なあ赤、貴殿のシャーベットと少し取り替えんか?」

「良いわよ、青。ねえ折角だから黄も分けっこしてよ? そのゴリラゴリラ君だっけ?」

「ゴリゴリ君だ。三角トレードと行くか」


 相変わらず仲が良い三人じゃ。

 しかしそれを見ているとわらわももう一度食べたくなってくる。

 そして紙袋はまだ重みがある様に見えた。  


「のう? たい焼きアイスはもう無いのか?」


 わらわはワクワクしなら聞いた。


「お察しの通り、後二つありますよ。手毬様の眷属が一個しか買ってこない訳がありません」


 本当に良い子らじゃ!

 そう思いながらわらわは二つ目のたい焼きアイスに齧り付いた。


◇◆◇


 私はダーク・フェアリーのイズス。

 この屋敷の主人であるオグマフという方に昼食に誘われ、トウワと一緒に彼女の後を付いて行った。


 どうやら私がセラさんの中にいる間にセイ殿は魔王種を倒してしまったらしい。

 しかも一度死んで、復活するという荒業を使ったのだという。


 開いた口が塞がらないとはこの事である。

 私だけ一人蚊帳の外であったことはこの際仕方が無いとしよう、しかし世界を救おうと言う奴があっさり死にすぎじゃ、と思った。


 今からイスティリ嬢とメア卿がセイ殿を暖めるらしい……しかも裸身で!


 けしからん! けしからん!


(羨ましい……私も隙間に入り込めば良かったかな?)


 一瞬そう思ったがプルプルと首を振って否定する。


(大きさが一緒の種族なら私だって……)


 再度邪念がよぎるが、猛烈に首を振ってその考えを外に追い出した。


 不思議そうにオグマフと騎士たちは私を見ていた。

 トウワは小世界で少し仲良くなったからか、慰めるように触手で私をチョンと突いた。


 しかしセイ殿はあの邪悪な能力に抗したらしい。

 流石はセイ殿であるが、それもイスティリ嬢とメア卿が居たからであろう。

 愛と献身が勝利を導いたのだ。


 私とオグマフ、魔道騎士二人で食卓を囲み、食事を待っていた。

 そこでトウワは使用人から使用人以下の扱いを受けてプリプリ怒っていたが、セイ殿の従者という扱いで食事だけにはあり付けた様子だった。

 そこらへんも今後の為にしっかりと打ち合わせしておかなければならないな、と考えているとオグマフが口を開いた。


「改めて自己紹介をさせて頂きます。私はドゥア領主、オグマフ=カラルス=デ=コズと申します。こちらは騎士コー、それに騎士ダレンです」


 三人は椅子から立ち上がって頭を下げるとまた座りなおした。


「これは丁寧に。私はイズス=イズンと申す。見ての通りダーク・フェアリーじゃ」

「そのダーク・フェアリー様が何故ここに?」 

「セイ殿の持つ能力があまりにも危険なので様子を見ておったのじゃが、一番肝心な所を見逃してしまったようじゃ」

 

 改めてオグマフに詳細を教えて貰いつつ、私は食事が運ばれてくるのを待った。


◆◇◆


 ボクとメアは素っ裸になってセイ様を暖め続けた。

 今回は二人ともベッドの脇に武器を置き、いつでも戦える準備をした。


 ボクは魔力を放出しすぎて体がギシギシと軋んだが、それでもあの魔王種が付近に隠れ潜んできたこと、僅かな時間でその魔王種を倒せたことで思っていた以上に負荷を掛けずに済んだのが幸いだった。

 

「ふふっ。わたくし達がハダカなのにセイはボロボロの服を着てるのね」

「何かおかしいと思ったらそれだ! メア、セイ様も引ん剝こう!」


 ボクは言うが早いがセイ様の服を剥ぎ取って言った。


「キャー……キャー……」


 上品に悲鳴を上げつつも薄目を開けたメアが靴下を脱がし始める。

 

「さあっ! これで全員平等だ! セイ様って意外に筋肉質……」

「えっ!?」


 メアがセイ様の体をまさぐった。


「メアって意外に大胆ー」


 彼女は真っ赤になって黙ってしまった。


「所でセラは?」

「わたくしの体の中です。なんでもセイの体温を感じたいとかで……」


 こうなると、もうセラも女の子だよね?

 うーむ……この狭い部屋で三人の女の子がセイ様の覚醒を今か今かと待っているのだ。


 早く起きてくれないと、ほっぺたに口づけしちゃいますよー?

 と言いつつチュとした。


「あーっ、あーっ、あーっ!?」


 メアがボクを指さして震えた。

 それから意を決したようにもう片方の頬にチュっとした。


 それからはボクらの自由時間だ。

 セイ様が起きるまでボクらは結構スレスレの事をやっていた。

 

◇◆◇ 


 セイ達の部屋には実はもう一人の人物が居た。

 招かれざる客の名前は、ボルグ=シャドウファング。


 彼は霊体の大半を失い、エオスに切り裂かれた際に僅かに千切れ飛んだ小指ほどの霊体に精神を移した、言わば残滓にしか過ぎなかった。

 イスティリが追い詰めた側も彼自身ではあったが、今ではこの小さな小さな霊体が彼の全てであった。


 彼はネズミを縊り殺し、その肉体に憑依すると天井の梁の隙間から顔を覗かせ彼らを見ていたのだ。


(オノレ。コノウラミ……オノレ……)


 しかし、思考は纏まらず、彼は余計に苛立った。

 大半の力を失いネズミの身へと堕ちた自身に苛立ち、最も有能な配下を失った事に苛立ち、自身の「躰」であった死体達も全て失った事に苛立ったのだ。


 ネズミの肉体に宿った魔王種は天井裏を駆けてオグマフの屋敷を抜け出した。


(ネスト ヘ)


 まずは自身のネストに帰還せねば。

 その思考だけで今の彼には精いっぱいだった。 


 ボルグ=シャドウファングはこの日、最も強い魔王種から最も弱い魔王種へと墜ちた。

 ……しかし、それも一時的な事ではあった。


 彼は復讐の為に、力を取り戻す為に、山野を駆けて自身のネストへと向かったのだった。

いつも読んで下さる皆様に感謝!

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