52 会議の行方
私の名前はオグマフ=カラルス=デ=コズ。
人は単純にオグマフと呼ぶ。
元々我が一族は小さな宿場町でしかないドゥア、そしてその近郊を支配する領主にしか過ぎなかった。
言ってしまえば町長に毛が生えた程度の家柄であったのだ。
それでも私は、私の人生の半分を費やし、この一帯のネスト撲滅の為に力を尽くし、防衛線を張り続けた。
そしてその功績を王より評価され、いくつかの領地を賜り、名実共にダイエアラン地方の名士として認められるまでに上り詰めた。
私は騎士団を作り上げた。
それも、魔道騎士だけで作られる生粋の対魔族騎士団を作り上げたのだ。
その私のお膝元とも言うべきドゥアの、それも私の屋敷において、事もあろうが魔王種が侵入していた事は全くもって恥ずべき事だった。
「私は責任を取って騎士団団長を辞任する。皆の者、迷惑を掛けた……」
その部屋には三十四人の魔道騎士が居た。
私が作り上げた魔道騎士団の団員約半数がその部屋に集結していたのだ。
この屋敷に居るメア卿以外の団員、とも言い換えることが出来た。
ザワつく部屋の中で、一人の男が立ち上がると宣言した。
「では多数決を取ります。辞任が妥当であると思われる方は挙手をお願いいたします」
「待て。何故多数決を取る必要がある? 私は致命的な失態を犯したのだ、この案件は最早議題にすらならぬ」
その言葉に、多数決を提案したコー卿が咳ばらいをすると語り始めた。
「貴女は今までダイエアランの治安維持に努めて下さいました。七つのネストを潰し、この一帯の住人の安寧を作り出した英雄です。逆に言えば魔族にとって怨敵とも言えます。そう考えればいずれはこの様な事態が起こり得ることは明白でした。それでも数名の死者を出しただけで、ネスト持ちの成人魔王種を駆逐したのですから、やはりこの騎士団の団長はオグマフ様以外には考えられません」
多くの者が賛同の声を上げるなか、数名が手を上げる。
「俺は辞任すべきだと思う。このままこの一件を不問にする流れは気に食わねぇ」
強面の騎士ギリヒムが力強く挙手する。
「私も辞任が妥当な判断だと思う。ともすればダイエアラン・ローは馴れ合い集団だ、と捉えかねられない。求心力を失う」
この言葉は老騎士の異名をとる最年長の騎士カラームであった。
私は安堵した。
一緒に戦ってきた仲間達から冷静な発言に安堵した。
「まあ待て待て、この一件は改めて王都に使者を送り返答を待ってからでも良いのでは無いか? それよりも今は急ぎの案件を処理したい」
そう締めくくったのは騎士団の副団長であるゴドレイ。
彼は豪胆なドワーフ戦士であったが、その聡明さからも皆に一目置かれていた。
ゴドレイの言葉で一旦は私の進退は保留となり、会議は粛々と進んでいった。
その中で、件の魔王種がゼルウィ=ジョコの手引きにより侵入してきた事を伏せ、魔王種がこの私に恨みを持って強襲してきた事にしてドゥアにそれとなく流布させる事となった。
それとは別に王都に使者を出して、この一件を詳細に報告し沙汰が下されるまで私の進退は保留とされた。
「さて、次が最も難解な案件じゃ。あのセイという男の扱いを今後どうするかじゃ……。皆に先程説明した通り、あの男の≪悪食≫という能力は極めて危険じゃ」
私はセイが≪悪食≫に翻弄されながらもメアもイスティリも喰らわずに死を選んだ事を過大に評価していたが、それでもいつ暴走するか分からない危険な能力者であることに違いは無かった。
「聞けばメア卿と魔族の少女を喰い命を繋ぎ止めようとしたが、踏みとどまって死を選んだと。危険な男だが、高潔な男だ。俺ならその点を評価してやりたい」
ギリヒムがそう言うと賛同の声がいくつか上がる。
「しかし危険すぎる。いっそ牢に繋ぐか。あるいは最低でも見張りをつけたい」
カラームが具体的な条件を提示してくる。
「確かに手練れの魔道騎士の一人でも付ければ何かあっても対策は練りやすいし、居場所も特定しやすい」
「牢に繋ぐ、と言ってもオグマフ殿の屋敷を食べちまう奴に意味は無いかも知れんしな……」
ゴドレイとギリヒムがその後に続く。
「では、誰が付く? 出来れば彼を味方に引き込みたい。成人魔王種を食べてしまう様な男が仲間になれば、魔王に対しての切り札になるやもしれん」
カラームがそう言うと、半数近くの騎士が「自分が付きたい」という意思表示をした。
「でもセイという方を見張るなら、今ここには居ない人が最適。我が姉ながらメア卿を私は押したい。暴走した彼が自我を取り戻したのは姉とイスティリさんという名の魔族が居たから。つまりは暴走の抑止力足りえるのです、姉は」
騎士ダレンが立ち上がってそう伝える。
「確かに。聞けばセイ殿はメア卿を好いている模様じゃ。これほどの適任者はおらんじゃろう」
私はこの好機を逃さなかった。
セイは危険な能力者であったが誠実で心優しい男だった。
そのセイならメアを大切にしてくれるだろう。
メアももう二十八になる……そろそろハイ一族の当主、そして魔道騎士メア卿としてだけではなく、一人の女性として、幸せを見つけて欲しいと私は思ったのだ。
この判断が後に間違いでは無かった事を知った時、私は人目を憚らず泣いたのだが。
「では、セイ殿にはメア卿が付く。これで決定としよう」
ゴドレイが宣言すると、会議は一旦お開きとなった。
それから私とコー、それにダレンはセイを見舞いに行った。
彼は意識を失ったままベッドで寝かされていた。
私たちが入室すると、メア卿にイスティリ殿、それに空飛ぶ立方体にフェアリー、クラゲが居た。
(何か増えてないか?)
そうは思ったがあえて何も言わずに一礼だけしてセイを見舞う。
「ねえ、オグマフさん! セイ様、全然起きないんだ! どうすれば良いの?」
「体は癒されておるからの、後は魂さえ傷付いていなければじきに起きるじゃろう」
心配そうにする乙女達に優しく説明してやる。
それからオークに伝わる民話を話してやった。
ある時、発作で世を去ったオークの戦士が居た。
その夜に妖魔より襲撃があり、村の呪術士は仕方なくそのオーク戦士に<仮初の命>を掛けて村を守らせた。
妖魔を撃退した後、男は死体に戻ったが、妻は心音が聞こえると言って聞かず、その体を温める為に一晩添い寝をした。
朝、妻が起きてみると男が優しく見詰めている事に気付いた。
男は「魂が傷つき黄泉へと渡っていたが、お前が癒してくれたので戻って来れた」と言った。
それからその夫婦は末永く暮らし、カラルス氏族の祖となった。
それを聞くと、乙女達は意を決したように私達に外に出るよう言った。
ドアを閉める頃には生まれたばかりの姿になって、二人して猛然とセイのベッドに潜り込む所だった。
フェアリーとクラゲは私と共に追い出された。
「お前たち、昼飯でも食うか?」
追い出されたもの同士で傷を癒すべく、私はその者達を食事に誘った。
◇◆◇
赤龍エルシデネオンは、久方ぶりに世界に向けて発せられた『告知』を聞き目を覚ました。
(これはセイの第一の試練なのです)
そのセイという者が何者なのかは分からない。
そしてこの世界に『告知』が出来る者がまだ居た事に愕然とし、身震いした。
(神の試練を受ける者がこの世界に居るのか? だとすれば私は何をすべきなのか?)
彼は神々の死より悠久の時を経て、初めて宮殿の外を見ようと翼を広げ飛び立ち、下界を見下ろした。
赤龍エルシデネオンの時は、遂に動き始めた。
◇◆◇
私は不思議な声を聞いた。
(これはセイの第一の試練なのです)
セイという者が試練を受けたらしい。
成功したのだろうか? 失敗したのだろうか? そもそも試練とは何か? そして何故私にもこの宣言が聞こえたのだろうか?
疑問に答える者は居ない。
「今はそれよりも自身の研鑽だ」
私は考える。
今、ウィタスに魔王が降臨している事を知っているのは魔王である私と、その配下だけであった。
その有利さを有効活用しなければならない。
愚直に人類に戦いを繰り広げる時代は前回で最後なのだ。
私は配下がダンジョンの封印を開放するのを今か今かと待ち侘びた。
「我が君。準備が整いましてございます」
「ありがとう。では行ってくる」
「我々は先程の声を調べて参ります」
「そうか、お前たちにも聞こえたか」
「はい。思いますに、あの託宣は世界に住む全ての者に聞こえたかと思います」
「そうか」
配下達ならば、私がダンジョンに潜っている間に情報を把握して置いてくれるだろう。
私は軽く頷くとダンジョンの階段を降り始めた。
オグマフをオークじゃなく妙齢のエルフにする案もあったんです。
そっちのほうが良かったなぁ、と後悔。




