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49 セイの死

 ボクはセイ様に食べられてしまう。

 でも、それはそれで良いと思った。


 セイ様の未来の為に、ボクは文字通り糧となれるのだ。

 これほど幸せなことがあるだろうか?


 ボクは恐怖と歓喜が入交り、震えながらその瞬間を待った。


 思い返せばセイ様との思い出は良い思い出ばかりだった。


 初めて出会った日、セイ様は沢山の食事を好きなだけ食べさせてくれた。

 ボクが毛布を使ってベッドで寝たあの日、セイ様は床で震えながら寝ていた。


 セラの木の実を食べさせてくれて、服を買ってくれ、宝石まで買ってくれた!


 セイ様は一度もボクを奴隷として扱わなかった!

 それ所か、あっさり呪紋を取り払うと仲間として扱ってくれたのだ!


 いつも好きなだけ食べさせてくれた!


 いつも自由にさせてくれた!


 優しい、優しいセイ様。


 一度見たボクの未来は、セイ様と一緒だった。

 けれども、本当のボクの未来は今日ここで終わるのだ。


「セイ様。ボクは貴方の子を産む未来を見た。そんな未来もあったんです。あったんですよ……ねえ? セイ様?」 


 セイ様の耳元で囁いた。


 抑えきれず涙が頬を伝う。


「さようなら、大好きなセイ様」


 最期は声には出さず、呟いた。


◇◆◇


「セイ殿! 本当にこれで良いのか!」


 オグマフ様はわたくし達の代わりに代弁してくれる。

 その中でわたくしは床に手を付いて泣いている事しか出来なかった。


「我が名ハ≪悪食≫。全てを喰ラい、全てを飲み込ム者。主の命を守らンが為、ここに乙女を贄として喰らウ」


 イスティリは目を瞑り、震えながら彼に食べられるその時を迎えようとしていた。


 微かに微笑んでから、彼女はセイであった者の耳元で何かを囁いた。


 イスティリは優しく、優しく語り掛ける。

  

 しかし、かつてセイであった者はイスティリの最期の言葉にすら耳を傾けず、さも当たり前かのようにイスティリに、ただ冷然と噛り付いた。


 イスティリは食べられてしまった!


 そう誰もが思った次の瞬間、イスティリの肩を抱いていた彼の両手が動き、彼女をドンッと突き飛ばした。


 ガチリッと歯が噛み合う音がこだまする中で、イスティリは尻もちをつく形で呆然としていた。

 恨めしそうにガチガチと歯を鳴らし、≪悪食≫と名乗った者は両手を見た。


「何故ダ? 我ガ主よ? モう時間は残さレて居なイ……」

 

 ≪悪食≫が初めて動揺した。

 慌ててイスティリに飛び掛かろうとするが、その意に反して今度は両足が動かず前のめりにたたらを踏んでから膝を付いた。


 呆然と≪悪食≫が両足を見つめる中、「間に合わナい……」と呟いた。


 バシンッ!


 次の瞬間、セイの心臓が破裂し、飛び散る血をイスティリが浴びて真っ赤に染まる。

 前のめりに彼はゆっくりと倒れ、ゴトンと頭を床に付けた。


「セイ様!」

「セイ!」


 わたくし達が駆けよると、彼はまだ微かに生きていた。

 ヒューヒューと息をしながら、虚ろな目でわたくしを見、それからイスティリを見た。


◆◇◆


 俺は暗黒の中を駆けていた……ただひたすらに駆けていたのだ。


 そこに微かな光点が見えた。

 俺はその光点に向かって走り続ける。


 光点が二つに増えた。

 徐々に距離は縮まり、その光点が二人の女性だと気付くのには余り時間は掛からなかった。


 誰だろう? 知っているような気もしたが、思い出せない。

 小柄な少女と優雅な女性。


 確か名前は……いや、知らないはずだ……いや、知らないはずはない……。

 俺の思考は迷走し、纏まりも無いままにその女性達を『喰おう』と思った。


 もうすぐ俺の肉体は終焉を迎える。

 その事だけは理解できた。

 そうならない為にもこの焼け付く痛みを取り払う『滋養』が要ル! 


(ソうダ。我が主ヨ。喰エ・食べロ・吞ミ込め・食メ・嚥下セよ……生きる為に。生き残ル為に……)


 暗黒が囁いてくる。

 暗黒は囁きながら、俺の体に浸透するように入り込んで行く。


 ……そうダ、俺は生きなければならなイ。

 コの世界に神ヲ生み出し、ウィタスを救済シ、そしてミュシャを助けニ戻ラなければナらない!


 生きル為に喰ウ……。


 何ヲ喰ウのダ?


 誰ヲ喰うノダ?


 誰を喰うのダ!?

 

 誰を食うというのダ!

 

 俺の目の前にいるのだ誰だ!


 この涙を流し、俺に食われるのを待っているこの少女は誰だ!!


(……『滋養』ダ)


 そんなは筈は無い。

 この子は俺を慕ってくれる……名前は……。


(名ナド無い……『滋養』にしカ過ぎぬ……)


「邪魔をするな!」


 俺は思考を分断してくるこの暗黒を振り払った。

 

(オオッ! 我が主ヨ! もうすぐそこまデ終焉が迫っておル! 早く! 早く喰ってしまエッ!)


『五月蠅いっ! 俺がイスティリを喰う訳が無いだろうがっ!』


 俺は彼女の名前を思い出した。

 俺の仲間、俺を慕う少女、俺の……俺のイスティリ。


 俺の視界は急激に開け、現実世界に引き戻された。


 涙を流し、俺に語り掛けてくるイスティリが見える。 


「セイ様。ボクは貴方の子を産む未来を見た。そんな未来もあったんです。あったんですよ……ねえ? セイ様?」


 ああ……イズスに願ったのはその未来だったのか。

 

 その未来は叶えてやれそうに無いけどさ、俺はお前を食ってまで生きたいとは思わない。


 俺は愛するものを喰らう悪鬼に成り下がってまで生きたいとは考えない……。


 だからさ、≪悪食≫よ。

 俺はこのままここで死ぬことにするよ。


 悪く思うなよ。


「何故ダ? 我ガ主よ? モう時間は残さレて居なイ……」


 さよなら、イスティリ


 さよなら、メア


 さよなら……ミュシャ。


 俺は志し半ばで倒れ、ウィタスの崩壊を救済する所か、結局誰一人救えなかったのだ。


「間に合わナい……」




 俺は自分の心臓が破裂する音を聞いた。

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