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47 襲撃と堕落

 ボクの名前はイスティリ=ミスリルストーム。

 まだまだ成長途中の十四歳だ! そう! どこもかしこもまだまだ成長途中なんだ!


「どうしたの? イスティリ?」

「むむむむ」


 メアは肌着を脱いで、大きな湯桶に張った湯を使い始めていたけれど……。


(なんだあの破壊兵器は!)


 ボクの何倍、いや何十倍はあろうかと言う爆弾が目の前にあり、愕然……いや戦慄すら覚えた。

 目を瞑ってから片目を薄ーく開けて確認してみるけど、もちろん変わりはしない……クスン。


 あの破壊兵器を見る時のセイ様のいやらしい顔を思い出して、少し……いやかなりイラっとした。


(その上柔らかそう)


 ボクの自信は一瞬で崩壊し、後に残ったのは卑屈な笑いだけだった。


(でも、これから! これからだから! あと、セイ様は大小なんて気にしないと思うんだ!)


 泣きそうになりながら、ボクは自分にそう言い聞かせると服を脱ぎ始めた。


 メアが手桶を渡してくれる。

 彼女は年上だけあって気配りもできて優しいお姉さんだ。

 

 何だかんだ言ってボクはメアが嫌いな訳じゃ無い。

 セイ様の事で張り合うことはあっても、あくまで選ぶのはセイ様だ。


「イスティリのお肌……羨ましいほどツヤツヤね。わたくしのように乳香になんて頼らないで良いんでしょうね」


 メアはため息を付いてボクを見た。 

 

「それに髪の毛。わたくしなんて、最近枝毛が酷くって毎週クィンに切って貰ってるんですよ」


 クィンさんという方は彼女の屋敷の使用人らしい。


「それを言ったらボクはメアの山脈! それがどうやったら手に入るか教えてほしい!」


 彼女はパッっと顔を赤らめて両手で隠してしまったが、その両手からハミ出てしまい、ボクは……ボクは涙が出てきてしまった。


◇◆◇


 俺たちは警戒しすぎていたのだろうか?

 

 昨夜も結局襲撃らしきものも無かったし、今日もオグマフ邸まで必死に駆けてきたにも関わらず、道中不穏な空気すら流れなかった。


 例の魔族はイスティリにとりあえずコナをかけにきて、それからどこかに行ったのかも知れない、等と楽観的に考えて俺は油断した。

 油断して当然だとまでは言わないが、ゼルウィの失態からその魔族の面は割れつつある点を加味しても、手を出しにくいのだろう、と……。


 そして俺たちが今いる場所は魔道騎士の団長の居る屋敷で、その配下が会議の為に集まってくる中では流石の魔王種も侵入は無理だろう。


 自分自身を納得させる意味でも、そう言い聞かせた。


 しかし何か嫌な予感がする。


 そこにノックが響き、俺はドキっとしてしまった。

 今はイスティリもメアも居ない……この部屋には俺一人だ。

 もし俺を狙っていた場合、今が一番危険な時だ。

 

 もちろんポケットにはセラが居るので、最悪セラの中に逃げ込んで凌ぐことも考えつつ、そのノックに返事をした。


 片手にティーセットを載せた盆を持って器用に入室してきたのは、女性の使用人であるらしかった。

 俺は浅くため息を付いてその女性に軽く会釈した。


「お茶をお持ちいたしました」

 

 使用人はニッコリ笑うとテーブルに盆を置いてお茶を注いでいった。


「あれ。お一人でございましたか? 申し訳ありません」


 彼女は腰を屈め、お茶を三つ入れようとしてハタと手を止めると、俺に聞いてきた。


「ああ。とりあえず俺だけだ。もう二人は湯を使いに行った」

「そうでしたか」


 彼女はそう言うとスッっと立ち上がった。


「何と不用心な。お前等に警戒した私が莫迦の様ではないか」


 何を言っているのか一瞬分からなかった。

 しかし……その女性がニヤーッと悪魔の様な笑みを浮かべた時、俺でもこの状況が一番最悪な状況なのだと理解した。


「セラ!」


 俺はセラの中に入ろうとした。

 しかし、残念な事にそれは間に合わず、その女性に心臓近くに手を押し付けられた。


「ぐあっ!?」


 その瞬間激痛が走り、俺の胸元は掌の形の黒い跡が出来、衣服を溶かし皮膚を焼いていく。


「はは。その呪文は<死の手>と言う。爛れが心臓に達するまでせいぜい苦しむと良い!」

「お……お前は!? あの魔王種か……」

「はは。そこまで分かっていながら後手を踏んだ己を呪いながら死んでいけ。このボルグの手に掛かって死ねた事を光栄に思うんだな」

「ま……まて……」


 人が立ち去る気配がする。


 俺は死ぬのか……。

 まだ俺は何も成していない……まだ何も成していないんだ!


 イスティリ……メア…………ミュシャ!


 俺はまだこんな所では死ねない!

 混濁していく意識の中で俺は必死に足掻いた。

 

【余剰としてスタックされていたエネルギーを開放します】

【余剰としてスタックされていたエネルギーを開放します】

【余剰としてスタックされていたエネルギーを開放します】

【余剰としてスタックされていたエネルギーを開放します……】


 ただひたすらに足掻く。


 殆ど意識のない中で、俺はティーセットに噛り付き、テーブルを食らった。

 椅子を貪り、ドアを飲み込む。


 調度品の類を全て攫えてしまうと、次は壁を吸い込むように破砕し、咀嚼するのも億劫だと言わんばかりに流し込んだ。


 壁のモルタルはどんどん消えてゆき、木製の支柱を齧り取ると、隣の部屋を食べ始めた。

 崩れ落ちてくる天井は好都合だとばかりに片手間に口の中に放り込む。


 しかし、焼け付く胸の痛みは消えない……。

 エネルギーは直接細胞の再生能力へと置き換えるが、まだまだ足りない……むしろ不足していた。


 徐々に肉体が削られていくのが分かった。


【必要エネルギーが不足しています】

【必要エネルギーが不足しています】

【必要エネルギーが不足しています……】


 そんな事は分かってるんだよ!

 俺は更なる栄養を欲した。

 貪欲なまでに欲した。


 死に抵抗する為に、俺はどんなモノでも食らってやる!


 俺の意識は混濁の極みに達し、意識を暗黒が支配していった……。


◆◇◆


 イスティリとメアが呑気に湯を浴びに行っている間に、セイはボルグの魔手によって死の淵を彷徨っていた。


 彼は最早、人では無い別の何かに変容したようにオグマフの屋敷を食い荒らしていた。

 意識は無く、ただただ生きる為に食らい、食らう為に生きる。


 幽鬼の様に手をだらんと下げ、爛々と光る眼は獲物を探している悪鬼そのものであった。


 悲鳴を上げ、逃げ惑うオグマフの使用人達を尻目に、彼はより栄養に富んだモノを探して歩き回った。


(セイ! 目を覚ましてください! そのまま≪悪食≫に飲み込まれないで下さい!)


 そのセラの声は最早セイには聞こえていなかった。

 彼は今≪悪食≫そのものであり、タガの外れたその能力が、更なる滋養を求め屋敷を徘徊する。


「セイ殿!? なにがあったと言うのじゃ!」


 オグマフ、それに数人の魔道騎士が騒ぎを聞きつけて集まってくる。


「オグマフ殿! お下がりください! あの者は私にお任せください!」


 魔道騎士コーが躍り出てセイの行く手を阻む。

 素早く剣を抜き、威嚇の意味も含めてセイの目の前に突き出した。


「ど・け」


 コーの剣はバクンッと剣先を食われ、彼が唖然としている間に残りもするするとセイの口の中に手繰り寄せるように飲み込まれた。


 唖然とする魔道騎士達、そこにイスティリとメアが現れる。


「セイ様!」

「セイ! 何があったと言うのですか!?」


 狼狽える二人をセイ、あるいはセイであった者は一瞥する。


「オ前タち……美味そウだ……喰わせロ……喰いたイ……美 味 そ う だ !」


 彼は狂気に陥ったのだろうか。

 

 自らに想いを寄せる乙女二人にそう告げると、涎を垂らしながら近づいて来た。

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