45 万全の避難場所
「ただいまっ! セイ様! ここから逃げよう!」
「イスティリ!」
イスティリは別の路地裏から飛び出してきてくると矢継ぎ早に大声を張り上げた。
彼女が逃げようなんて言うのは初めて聞いた。
俺たちが馬車に駆け込むと「早く出してっ!」とイスティリは御者を急かした。
「止めろと言ったり、出せと言ったり、本当にもう……外れ引いたなぁ」
御者は馬に鞭を入れながらブツブツ言っていた。
「イスティリ。何があったんだ?」
「セイ様、あれは罠でした。ボクが路地裏で追い掛けたのはゼルウィの幻か何かです」
「罠?」
「はい。その代わりボクが路地裏で出会ったのは魔王種でした。ボクを勧誘、というか隷属させる目的で呼び込んだのです」
「魔王種!?」
魔王種という言葉にメアが驚いて悲鳴に近い声を上げた。
「このドゥアに魔王種が潜んでいるというのですか!?」
「うん。しかもネスト持ちで、多分成人済み。ここからは本当に推測でしかないんだけど、恐らくゼルウィはその魔王種に使役されてるんだと思う」
「ネスト持ち! しかも成人済み!? その魔王種に仮にも魔道騎士であるゼルウィが仕えていると言うのですか!」
「張られた罠は、セイ様が来れば殺し、ボクが行けば奴隷化、メアが行けばゼルウィが出てくる算段だったんじゃないかな。だから最初メアにだけ姿を見せ、次はボクに姿を見せた」
「用意周到だな。しかしイスティリが勝てない相手なんて居るのか?」
「セイ様。ボクはネストを失って配下も居ないはぐれ者です。そして成人前で魔力も安定してない未熟な魔族なんです」
裏を返せばイスティリにアプローチを掛けてきた魔王種は「配下がいて」「魔力の安定した成人魔族」と言った所なのか。
それでイスティリもメアも本気で危機感を覚えている訳か……。
(完璧言語の補助。この件について何かヒントをくれないか)
【解。……この場合、その娘の実力を1とするなら、その成人魔王種はさしずめ5といった所だろうか。娘の欠損が治り本領を発揮できるようになり、更に成人し魔力を増大させ、その上で相手が配下を使えない状態に持ち込んでようやく勝率半分。この時点ではどうあがいても勝てる要素は皆無だ】
(そこまで実力差があるのか……)
「ああっ! セイ。この事を早くオグマフ様に伝えなければ! ドゥアに魔王種が居て暗躍している事を早く報告せねば! 杖! 杖があれば<遠声>で……」
「宿まで戻ればイズスが杖を持っている!」
御者は漏れ聞こえる会話から震えだし、鞭を何度も入れて馬車を走らせた。
俺たちは宿に付けると駆け上がるようにしてイズスの所へ向かう。
「なんじゃ? ただいまも無しに血相を変えて?」
(おみやげはなしか?)
「イズス! メアに杖を貸してやってくれ! 緊急事態なんだ」
イズスが慌てて杖を持ってきてくれる。
杖を借り受けたメアが「オグマフ様! オグマフ様!」と杖を通じてオグマフと話し始めた。
杖からはオグマフの声が聞こえる。
「真か!?」
「はい。彼女が嘘をつくとは思いません!」
「うむ! 会議は明日の朝一に変更じゃ! メア卿も出席してくれ! それまでは夜警を出し、巡回を増やして対応する。メア卿、お主も魔道騎士であるならば、この一夜セイ殿とイスティリ殿を守って見せよ」
「はい! この命に代えましても必ずや!」
興奮したオグマフの声にメアが返答する。
横で聞いていたイズスも神妙な顔で聞いていた。
「セイ様! 御者が怖がって帰っちゃいました!」
イスティリが教えてくれるが後の祭りだ。
俺は御者の事にまで気を配れなかった自分自身を恥じた。
「……これでひとまず対応はしましたが……ここから相手がどう動くかですね」
メアが酷く疲れた様子で俺たちに語りかけてきた。
確かに魔王種とゼルウィがどう動くかが重要だ。
単純に俺とメアを殺し、イスティリを奪う為に今夜来るかもしれないし、今日でなくとも機会を伺って襲撃してくる可能性だってあり得る。
その中で神経をすり減らしながら待ち構えなければならないのか……。
「こうなると、どこもかしこも危険な気がしてくるな……」
「ボクは命を懸けてセイ様を守る!」
「わたくしも最後まで戦います!」
かなり緊迫したムードになってきたが、それでもイスティリと魔王種の実力差を聞いて俺は敗戦一色な気がしてきた。
(最悪、その魔王種≪<悪食≫で食えるか試してみるか……だがその前に殺される気もするけどな)
と悲観的に考えていると、カコッと控えめにセラが音を出した。
(うふふ。セイ。誰か一人お忘れじゃありませんか? わたくしの管理する世界は言ってしまえば別の次元ですよ?)
「セラ!」
俺は普段控えめな彼女の自己主張に感謝した。
明日になればオグマフが手を打ってくれるだろうから、朝までセラの中に居れば安全の度合いは段違いだろう。
「でもセラは大丈夫なのか? もし君が攻撃されて壊れてしまったら俺は死んでも悔やみきれない」
(うふふ。私の体は見た目より頑丈ですよ。世界中の武器で殴られても傷一つつきません!)
俺は四人部屋の毛布をセラの中に放り込み、イズスとトウワもセラの中に押し込んだ。
そうしてからイスティリとメアの手を取った。
「セイ? 今のは何ですか?」
「秘密の隠れ家さ」
イスティリは「なるほど! セイ様、あったま良いー」と言ってから一旦俺の手を放し、斧を取ってきてからセラに飛び込んだ。
「セラ、悪いけど頼むよ」
(ええ。皆さんが中に入ったら屋根裏に隠れますね。出て来る時は声を掛けてください。蜘蛛の巣まみれになっちゃいますからね?)
こうして俺とメアはセラの中に飛び込んだ。
「きゃっ」
メアは驚いて下草で転んでしまった。
遠くを見てみると不思議そうな面持ちでイズスとトウワが散策しているのが見えた。
イスティリは井戸の近くまで毛布を運んでくれている様子だった。
「セイ……ここはどこですか?」
「セラの中にある小世界さ。セラは元々シオという神様の天使でね。ここは、そのシオからセラが管理を任されてる世界なんだ」
「小……世界? まさかこんな秘密がセラさんにあるだなんて!」
おいで、と俺はメアの手を引いて中央の井戸近くに行く。
木の実はもう少しで熟れそうだな、と見ているとイスティリが不思議そうに俺をチョイチョイと手招きした。
俺とメアが彼女のほうに行くと、そこには以前無かった植物が生えており、白い花を咲かせていた。
「こんな植物あったっけ?」
「セイ様。これ、多分ブドウの花です」
カココッ?
動揺した音が小世界にこだまする所を見ると、セラも想定外らしい。
「セラが食べたブドウがこの世界で生えたのかな?」
「だとすると楽しいですね」
そこにイズスが飛んできて俺たちの周りを飛び回った。
「懐かしい! ここは神代の時代の香りがする。原初の息吹がまだ残る至福の香りじゃ」
「そう言えば俺はこの世界の由来は知らないな」
(ここはある若い神様が最初に作った世界ですよ。ここであの実を食べながら大きな世界を作る計画を練っていらしたんです)
トウワは井戸水を触手で掬って飲んでいた。
(要は危険だから避難したんだろ? 俺は結構気に入ったよ、ここ)
それから木の実を取ろうとしてイスティリに「だめーっ。トウワさん! それはボクのなんだからっ」と阻止されていた。
(まぁ。俺は果物なんて食わんよ。セイ、明日はカニが食べたい)
カニとは贅沢な奴だ、と思ったが迷惑をかけてる点もあるから明日は奮発するか。
イズスは木の実を見て「じゅるり」と涎を拭いていたが、イスティリはドキドキしながらイズスの目線を回避している様子だった。
「セイ。あの木の実は?」
興味を持ったメアが聞いてくるが、イスティリが泣きそうになりながら両膝を付いて木を守るように手を広げた。
「分かったわ。ごめんなさいね。貴女が大切にしている木なのね。もう何も聞かないわ」
メアはイスティリに微笑みかけた。
イスティリはホッとしたようで「メア、ありがとう」と少しはにかんだ後、持ってきた毛布に包まって寝る準備をし始めた。
「さて、俺たちも寝るか。朝になったらセラに起こしてもらおう」
「ええ、少しでも体力を回復しておかなければなりませんし」
イズスとトウワは気の向くままに散策している様子だったが、俺たち三人はドッと疲れが出てきて寝ることにした。
俺が毛布に包まって寝場所を確保すると、メアがそっと寄り添うように横に来た。
いつの間にかイスティリも俺の横に来て、結局三人で「川の字」になって仲良く寝てしまった。
少しずつ増えてくるブックマークに筆者は喜んでいます。
1人でも読んでくださる方がいる限り、完結まで頑張りたいと思います。




