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44 魔手

「セイ様の周りにこれ以上女性を増やしてなるものか!」

「そうよそうよ!」


 イスティリとメアは何故か意気投合して大はしゃぎしていた。

 とは言え、俺も流石にイカの娘は嫁に出来ないので、俺を気に入ってくれたモリスフエには悪いが断りたいとは思った。


「嫁にするなら……流石にイカは無いよな……」


 その俺の呟きに、女性陣は目の色を変えて食いついてきた。


「セ、セイ様! お嫁さんにするならどんな人がいいんですか? やっぱり小柄で黒髪で強くて若い子ですよね!」

「ちょ、ちょっとお! セイは年上好みなんですよね! 姉さん女房が良いって言ってましたし!」


 俺は今地雷を踏み抜いた。

 しかも左右同時に踏み抜いた。


 冷や汗が流れる中、どちらの地雷も爆発させずに逃げ切る方法を高速で考える……が、左右を見ると徐々にイスティリとメアの目尻が釣り上がって来るのが分かった。


「そ、そうだなぁ。やっぱ健康であれば一番良いよな」


 俺は狼狽しながらも、とりあえず何か話さなければと考えてどうとでも取れる言い方で回避する。


 正確には回避したつもりで居た。


 バシーン!!!


 左右同時に平手打ちが飛んで来て挟み撃ちにされる。

 俺はクラクラしながらその痛みに耐えた。


「どっちが良いか聞いてるのにそんな回答があるかっ! セイ様のアホーッ!」

「セイ! なんて男らしくない! 今ここでこのわたくしか洗濯板、どっちか選べと言ってるんですよ!」

「……今、何て言いました……? ボクと倍も年が離れてるそこのオ・バ・サ・ン?」

「なっ!? オバサンとは何ですか! オバサンとは!?」


 ああ……やっちまった……。

 

 イスティリはメアを引っ掻こうとし、メアは俺を盾にしながらイスティリの頭を叩こうとし始めた。

 狭い馬車の中で俺を挟んでの格闘戦はやめてくれ! と俺は言葉にならない位小さな声で抵抗した。


 その声が聞こえたのか、イスティリは俺の顔面を引っ掻き、メアは容赦無く俺の頭を叩いた。


「痛ってー! 何で俺がこんな目に……」 

「セイ様が悪い!」

「セイが悪い!」


 隙を突いてイスティリが俺の首筋に噛み付く。

 今日二回目の強襲に俺は堪らず悲鳴を上げた。


「ギャー!? 待て! 待ってくれ! 痛い痛い痛い」

「ふふふっ。いい気味ですわっ! もっと噛んでやりなさいっ」


 メアは大喜びで止める所か更に煽る始末で、遂には御者がイライラした様子で馬車を止めて俺たちに振り向いた。


「……いい加減してもらえませんか? 馬も嫌がるし。そもそも二人乗りの所を三人で負荷かけてんですから、お静かに」

「「……はい」」


 二人はシュンとして黙り、俺は心の中で「ありがとう! ありがとう!」と御者に喝采を送り続けた。


(メアのせいで怒られたじゃん!)

(何を言ってるんですか!? 貴女のせいでしょう?)


 ヒソヒソ・コソコソと二人で擦り付け合う中で、時々俺の太ももが二人にギリッと抓られる……あの? 凄く痛いんですけど?

 俺のこの苦行はココの店に着くまで続いた。


 ココの店に着くともう弟子たちは帰宅したとかで、ココだけが出迎えてくれた。


「あら~。お帰りなさい。どう? 晩餐会は楽しかった?」

「うん! ボクはセイ様と四回も踊ったんだよ! すっごくすっごく楽しかった!」

「良かったわね。またドレスを着たいときは私のお店にいらっしゃい? 新品のドレスも沢山揃えてあるからね」

「うん! ボク、服を買う時はココさんのお店で買う!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 ココがイスティリの着替えを手伝ってくれている間に、俺も素早く着替える。

 

(今日初めて「わたし」って使ったよ。恥ずかしかった)

(頑張ったわね~。でも使い分けは必要よ。覚えておきなさい♪)

(うん! ありがとう、ココさん)


 俺はイスティリとココが話し込んで居るのを横目に見ながら、外で待ってくれているメアの様子を窓越しに見ていた。


 時刻はもう夜半を回った頃なので外は暗く、往来の人もごくわずかな中で彼女は一人寂しそうに待っていた。

 大通りは木製のポールにカンテラが付けられた街灯が等間隔で配置されており、それが無ければメアの姿は見えなかっただろう。


 彼女は俺と目が合うと手を振って合図してくれた。

 と、その時メアが厳しい顔をして路地裏を見て、馬車から飛び降りると素早く駆け出した。


「メア!」


 俺は慌てて外に飛び出すと、メアが馬車に戻ってくる所だった。


「どうしたんだ?」

「そこの路地裏からゼルウィが顔をだしたのです」

「そんな!? 俺たちの跡を付けて来てたのか?」

「かも知れません」


 そこにココに見送られてイスティリが出て来た。


「どうしたの。セイ様?」

「メアがゼルウィを見かけた」


 その言葉で彼女は理解し、ココに悟られないように挨拶しながらも辺りを警戒し始めた。


「またね。ココさん」

「ええ。いつでもいらっしゃい♪」


 馬車を走らせながら三人で対策を練る。


「ゼルウィは火炎魔術の使い手です。現在主流の稲妻魔術と違って手数で押し切るのでは無く、連射できませんが一撃必殺の威力です」

「当たれば危険なのか。ただ目視さえ出来れば『食べれる』かも知れないが」

「それは難しいでしょう。暗闇から高速で打ち込まれれば察知する間も無く馬車ごと大爆発です」


 それを聞いたイスティリは馬車を飛び降りて馬と並走し始める。


「わっ!? 何をするんですかお嬢さん? いい加減にしてくださいよ!」


 御者が怒るが、緊急の事態なので仕方が無いかもしれない。

 イスティリは左右を警戒しながら「武器が欲しいなぁ」と愚痴を零していた。


「あっ! あそこ!」


 イスティリが大声を上げて指差す方向はまたしても路地裏で、彼女は駆け出して行った。


「イスティリ!」

「ゼルウィが居たました!」


 振り返りながら答えた彼女はそのままその路地裏に入っていってしまう。


 慌てて馬車を止めるよう指示を飛ばすが、御者は嫌がって少しの間、馬を走らせてしまった。

 俺とメアがその路地裏に到着すると、ゼルウィの影も形も無く、イスティリの姿も忽然と消えてしまっていた。 


◇◆◇


「待て!」


 ボクはゼルウィを発見し追いかける。

 入り組んだ路地裏でボクを弄ぶ様にゼルウィの姿は消えては現れ、現れては消えた。


(これは罠だ)


 そう察して、ボクは深追いする事を諦めた。


 そうなるとセイ様の身に何かあるかも知れない。

 こちらは陽動なのかも知れないと考えたボクは、踵を返して馬車の元まで帰ろうとした。


(すぐ戻らなければ)


 そこに、ローブを着た老婆が突然現れてボクの行く手を阻んだ。


「そこの魔王種。どこへ行くというのだ?」


 その老婆はボクを一目見るなり魔王種と見抜いた。


 何か違和感を感じる。

 首筋がチリチリし、直感が長居をするなと警告を発する。


「どけ!」

「まあ、そう慌てるな。私はお前に用があって来たのだ」


 ボクは気付いた。

 この老婆も魔族か、あるいはその系譜に連なる者であることに。


「お前は何者だ?」

「何者であっても構わんだろう? それよりも、私はお前を連れ戻しに来たのだ」

「連れ戻しに来た?」

「あのヒューマンに隷属しているのは同じ魔族として見ていて胸が痛い。どうだ? 同族のよしみでお前を解放する手助けをしてやろうじゃないか?」


 この魔族はボクがセイ様に隷従していると思っているようだった。

 

「どうするというのだ?」

「何、そいつをここまで誘導してくるだけさ。私がそいつを殺せばお前は奴隷から解放されるし、余計な苦痛を味わうことも無い」

「それは無理だ」

「……余程高度な精神支配か隷属魔術を使われていると見える。単なる呪紋ではなさそうだな?」

「私は自らの意思であの方に従っている」


 ボクはココに言われた「使い分けは必要」という言葉を思い出して、慎重に言葉を選んだ。


「クックックッ……お前、その冗談はつまらんぞ?」


 どす黒い霧が辺りに立ち込め始める。

 ボクは気づいてしまった。

 こいつは単なる魔族なんかじゃない……『魔王種』だ!


「高々『ネスト落ち』風情に私自らが出向いてやってるのだ。さあ、恭順の意を示して『従え』」


 ボクはその魔王種が阻む方向では無く、逆方向から逃げ出した。

 黒い霧が一瞬足に絡みつくが、何とか脱しその場所から一目散に逃亡した。


(おそらくネスト持ちの成人済み魔王種! ボクなんか逆立ちしたって勝てっこない!)


 悔しいがまずは生き延びることが先決だ。

 ボクは後ろも見ずにただひたすらに走り続けた。


◆◇◆


「申し訳ありません。取り逃がしてしまいました」

「構わん。どうせ『ネスト落ち』の魔族などたかが知れている。駒として欲しくなってから隷属化させても遅くは無いだろう。念の為<探知>の紐付けはしておいたしな」


 老婆の姿をしたボルグ=シャドウファングは、配下にそう伝えると、用意していたエルフの死体に改めて憑依しなおした。


「老婆の体は魔力こそ多いが動き辛い。ゼルウィの肉体は気持ちが悪い。やはり美しく健康なエルフの死体が私には一番似合うな」

「はっ。お美しい限りでございます」


 ボルグは配下の賛辞に笑みを浮かべると、闇へと消えていった。

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