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43 暗躍

 オグマフが団長を務める魔道騎士団『ダイエアラン・ロー』の騎士達は、彼女の屋敷で一部屋ずつ個室を与えられていた。

 もちろんゼルウィ=ジョコもその一人だ。


 その部屋で彼はエルフの女性を殴打していた。


「何故あの場面で<操り人形>を入れずに酒にしたのだ!」

「ゼルウィ様! 誓って! 誓って私は摩り替えたりしておりませぬ! きっと初めからまがい物だったのです!」

「クルグネから大金を叩いて買った霊薬が効果を発揮しなかった!? アイツ自身は信用ならんが金が絡んだ事で嘘はつかん!」

「ではあのセイとかいう男かその下僕の魔族が何かしたのです!」


 ゼルウィがもう一度腹立ち紛れにエルフを殴打すると、彼女は腫れ上がった頬に手を当てながら崩れ落ちた。


「くそう! 俺の人生設計が台無しだ。どうする? どうすればいいんだ? セイの野郎が霊薬の件をオグマフに伝えて居ないとは考えられん……」


 彼は自室の調度品を手当たり次第に破壊しながらウロウロと狭い室内を歩き回り、思索を巡らせる。

 エルフは床に手を付いたままその様子を不安そうに見つめていた。


「とりあえず逃げなければ……。折角着服の嫌疑を揉み消し、証拠不十分で保釈されたと言うのに……」


 彼は影で横領や着服を繰り返し、最終的にはオグマフの名を使い賄賂を要求して捕縛された経歴があった。

 その時は何とかあの手この手を使い何とか凌いだが、それから半年も経っていないこのタイミングでのこの一件は致命的であった。


 そもそもオグマフが彼を手元に置きたがるようになったのは捕縛された一件からであったから、彼は自身が疑われている事くらいは理解していた。 


(もしかして、俺は泳がされていただけなのか?)


 ゼルウィは答えの出ない自問自答を繰り返す。


「あの時の様に、消しますか? セイを」

「いや……今消すのは不味い。俺を疑え、と言ってるような物だ」


(かといってこのままここに留まっていれば危険だ。しかし……逃げた所でどうなる? 犯人は俺だったと言ってる様な物じゃないか)


 ゼルウィは自身の掘った墓穴に両足を突っ込んでいた。


 その時、エルフが冷めた目でスッっと立ち上がりゼルウィを見つめた。


「何だお前、その目は何だ!」


 激昂した彼はエルフに平手打ちを見舞うが、彼女は今までと違い微動だにせず、その冷ややかな眼差しをゼルウィに向け続ける。


「お前、もう用済みだな」


 エルフが今までとはっきりと違った反応を見せた。


 たじろくゼルウィを見据えて、腫れ上がった頬に手を置くと即座に打撲跡は掻き消える。

 彼女は髪の毛をかき上げると、動揺して言葉が出ないゼルウィに改めて言い放った。


「小物は小物なりに、その野心を買っていたのだが、所詮そこまでの実力であったか。とは言え、情報収集も出来た事であるし、私はここで退散するとしよう」

「き……貴様。一体何者だ!?」

「私を散々今まで嬲り者にしてくれた礼は言うぞ。その礼に、お前の肉体は『予備』として保管しようではないか」


 ようやく危険を察知したゼルウィが脱兎の如くドアに走る。

 しかし足に黒い靄の様なものが絡みつき、彼は転倒した。


「貴様は……」

「私か? 私の名前はボルグ=シャドウファング。スペクターズ・ネストの主さ」

「実態を持たない霊体魔族のネスト……」

「博識だねぇ」


 エルフはクックックッと一頻り笑うと、ゼルウィに口づけをした。


「うわぁぁぁぁ。やめろやめろやめろぉぉぉぉ……」


 ゼルウィは必死に抵抗するが、ボルグと名乗ったエルフは彼の精気を吸い尽くし、ゼルウィ=ジョコという名の男は死んだ。

 

「ふう。大して美味くもない魂で腹を満たすのは好みではないのだが……」

「ボルグ様。この死体は如何なさいますか?」


 先程までゼルウィにまとわり付いていた黒い靄がボルグに問うてくる。


「魔道騎士という身分が使えないのが惜しいが、ヒューマンの肉体としては活用出来るだろう」

「畏まりました。では保管させて頂きます」


 ボルグは現時点で最も年を経た魔王種であり、齢は二十年を迎えようとしていた。

 ゆえに魔王降臨前から早くも都市を渡り歩き、すでに工作活動を開始していたのであった。


「今は播種の時期よ。刈り取りは魔王が降臨してからのお楽しみだ」


 ボルグはそう一人呟くと、部屋から出て使用人達に紛れて姿を消した。


(魔道騎士の使用人、という身分が無くなるのは少し惜しいか。それにあのはぐれ魔族、こちら側に引き込めぬものか……)


 彼、或いは彼女の誤算はセイと言う名の男を見逃したことにあった。  

 この時点でセイを軽んじず、彼の危険性に気付いていれば、と後にボルグは後悔する事になる。


◇◆◇


「この一件は、私に任せては貰えんだろうか?」


 オグマフが俺に伝えてくる。

 確かに俺が出しゃばるよりは直属の上司である彼女が動くほうが事態は進展するだろう。


「では、お任せします」

「かたじけない。何か分かり次第連絡する」

「分かりました。お願いします」


 オグマフは俺に深々と頭を下げると、部屋に据え置いてある呼び鈴を鳴らして使用人を呼んだ。


「セイ殿。イスティリ殿がお帰りになる。至急馬車の手配を」

「はい。直ちに」

「わ、わたくしも帰ります。セイ、宿までお送りします! 万が一を考えて護衛いたしますわ」


 その言葉にイスティリが案の定反発する。


「護衛はボク一人で十分だよ! メアは早く帰らないとお肌荒れちゃうよ!」


 等と言いつつ俺の背中を押していそいそと部屋から出てしまった。


「ちょ、ちょっとお!」


 メアは後を追いかけて来て俺の前に仁王立ちになった。

 イスティリがイライラした様子で俺の背中をぐいぐい押すので、俺はメアのポヨンポヨンとしたものに当たって彼女は倒れてしまった。


「きゃっ」

「もうっ! そうやってセイ様を誘惑してから! ほらセイ様帰るよっ!」


 俺はメアを助け起こしながら「いや、まだオグマフ殿に帰りの挨拶すらしてないし」と気の抜けた返事をした。


「ははは。私なら後ろに居るぞ。しかしセイ殿は両手に花、いやこの場合前後に花なのかな?」

「そんな事言ってないで助けて下さいよ」

「それは無理な相談じゃ」

「それはそうと、今日はありがとうございました」

「こちらこそじゃ。色々迷惑も掛けたが、また来ておくれ」


 メアはドレスのスカートを摘んで恭しく一礼する。


「それでは、オグマフ様。失礼致します」

「ああ、メア卿。またな。明後日の会議は風邪気味の為欠席と伝えておく」

「ふふ。お心遣い感謝致します」


 メアは俺の左手を手にとって歩き始めると、イスティリが慌てて俺の右手を持った。 

  

「オグマフさん、ご馳走様ーっ! 鳥の焼いた奴が一番美味しかったですー!」


 イスティリが片手をブンブン振って挨拶するが、それをオグマフは非礼と受け取らず笑顔で返した。


 結局俺たちは三人で二人乗りの馬車に詰め込まれて帰る事になった。

 イスティリとメアに挟まれて嬉しいやら怖いやら、怖いやら嬉しいやら……。


 帰りは三人とも疲れたのもあってかとりとめも無い話をする。


「メアってメア卿って呼ばれてるよね。何でハイ卿じゃないんだろう?」

「ふふ。ハイ一族出身の魔道騎士は三人居るんですよ。それで区別付きやすいようメア卿、コー卿、ダレン卿と呼ばれてます。後はハイ一族は一人前になると名前だけで呼ばれるのが普通ですから、それでメア『卿』なのですよ」

「なるほどなー。土地によって名前一つでも色々あるんだなあ」


 その後メアはこの地方の名前の付け方や、敬称の付け方、成人した時の改名などの話をしてくれた。

 イスティリも面白そうに聞いていたので結構そういった事に興味があるのかも知れない。


「そう言えば、セイ様。イカさんから手紙貰ってましたね。読みましょうか?」


 イスティリが思い出してくれるまで俺はその事を忘れていた。

 早速彼女に読んでもらう。


『私の名前はモリスフエ。お前が気に入ったので同じ名前の娘が居るがお前に与える。年頃は十七。キメ細やかな白い肌の美少女であるから喜べ。住んでいる所は……』


 キシャー、と奇声を発するとイスティリは紙をビリビリに破いて外に捨ててしまった。

 メアはよくやった! という顔をしてイスティリに手を差し出した。


 掌がぶつかり合って、パァンという小気味の良い音が響くと、彼女達はケラケラと笑い出した。

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