42 晩餐会という名の戦場⑦
そのまま晩餐会はお開きとなった。
皆が三々五々帰り始め、主催者であるオグマフや俺に挨拶をして引き上げ始める。
オークの男達は、笑顔で俺の背中を平手でバシン・バシンと叩いてから出て行く。
加減はしてくれているんだろうが凄まじく痛い。
とは言えその張り手は親愛の証なのだと思うことにして努めて笑顔で我慢し続けた。
モリスフエと名乗ったイカがオグマフに挨拶した後で、俺に近寄って来て四つ折にした紙を差し出してくる。
「ワタシの家はここだ。いつでも来い。まってる」
彼は他のイカを引き連れて帰っていった。
「セイ様。それは?」
「分からん。後で読んでくれないか?」
俺にとってゼルがどの様に動くか、それが一番の関心事であった。
が、彼は一目散に俺が手にしていた酒盃をひったくると、オグマフへの挨拶もそこそこにフロアを後にしてしまった。
(馬鹿め、それは近くのテーブルにあった誰のかも分からない空の酒盃だ)
そうは思ったがもちろんそれを口に出すことは無く、イスティリに渡した霊薬の注がれていた酒盃を後で回収した。
しかしゼルは臆病風に吹かれたのか、逃げの一手を選んだらしい。
しかしあんな危険な物を俺に飲ませておいてタダで済むと思っているのだろうか?
「セイ殿も帰るか? 馬車を手配するので少し待っていると良い」
「折角ですから皆さんをお見送りしてから帰ろうかと思います」
「そうか。なら茶を出そう。良い茶葉が手に入ったのでな」
俺とオグマフが従僕の入れてくれたお茶を飲み始めると、さも当然とばかりにイスティリとメアもお茶を飲み始める。
「セイ様。あのまま取り逃してしまって良かったんですか?」
「ああ。この雰囲気を壊したくは無かったんだ」
「セイ? 何かあったんですか?」
そこにプラウダ夫妻が来たので会話を中断し、彼らと少し話してから出入り口まで付き添った。
フロアには俺たち四人とお茶を入れてくれる従僕、それに片付けに出てきた使用人達だけになった所で、俺はゼルの事を切り出した。
「あいつが最後に俺に飲ませた酒盃の中身は<操り人形>という霊薬だった」
使用人達に聞かれないよう囁くように三人に伝える。
「そんな!? ゼルウィ卿がそんな事をするはずが無い!」
「セイ? それが本当なら証拠を提示してください。流石に魔道騎士が一般人にその様な非合法な霊薬を使う必要性が見当たりません」
同じ魔道騎士であるオグマフとメアは懐疑的だったが、俺は霊薬の入っていた酒盃をテーブルに置く。
「これがその霊薬の入っていた盃だ。水滴程度だが少し残っている」
「誰ぞ! 杖を持ってまいれ!」
オグマフが杖を左右に振った後、その酒盃に語りかけ始めた。
「盃よ? 中身は何が入っておった?」
(中身は酒だ。その上から霊薬が来た。あれはいらない)
「どんな霊薬ぞ?」
(注いだ耳長は『高級品』といっておった。持ってきた顎鬚は『人形』といっておった)
オグマフは深い溜息を付いてから「メア卿。貴公<鑑定>か<解析>を使えたよな?」と聞いてきた。
「はい。どちらも使えます」
彼女はオグマフから杖を借り受けると盃をチョン・チョンと杖の先端で突いた。
「……<解析>の結果は……<操り人形>の霊薬……」
「そんな! まさか……一旦別室に行こう!」
慌てたオグマフの号令のもと、俺たち四人は扉を抜けて廊下を走り、誰も居ない小部屋に駆け込んだ。
「これはどういう事じゃ? セイ殿、説明してくださらんか?」
「俺はどうやら彼にとって目の上のタンコブだったんじゃないかな? これを飲まされた後で『オグマフを侮辱しろ。その上でガルベインを陥れたのは自分だ、と暴露するのだ。その上でメアを行き遅れと罵倒しろ!』と頭の中に指示みたいなものが飛んできた」
「それは何時の話じゃ?」
「俺が言葉決闘の三戦目に勝った直後ですね」
「ふうむ。余程嫌われたとしてもこれは最早犯罪じゃ。<操り人形>は市場に出回らん非合法な霊薬じゃからな」
メアがショックを受けて目に涙を溜め始める。
「わたくしに……行き遅れ!?」
犯罪云々では無く、彼女にとってその言葉が壮絶なまでのダメージになったらしく思考を停止させてしまっていた。
「ゼルが言った事だからな! 俺はメアをそんな風に見たことは無いぞ! むしろ姉さん女房で良いかもと思ってる位だ! 今日のドレスも似合ってるし可愛い!」
俺はうろたえて早口でまくし立てるように口走った。
メアは「本当?」と上目遣いで俺を見ながら鼻をすすった。
「セイ様! ボクと言う人がありながらぁぁぁぁ!!! というかボクにそんな事ひとっことも言った事ないじゃないですか!」
俺が口走った言葉にイスイティリが激怒した。
俺は彼女に後ろから羽交い絞めにされ、怒りの頭突きを何度も延髄あたりに食らう。
「うわっ。イス……イスティリ!? お前も可愛い! 可愛いから!」
「お前『も』!? 何ですかそれは! そんな取って付けた様な言葉で騙されると思ってるんですかぁぁぁぁ!!!!」
俺は首筋を彼女に「ガブリ」と噛まれた上で押し倒された。
「はーっ。セイ殿は女にモテるが女心にはまだまだ理解が浅いらしい……」
オグマフがイスティリを引き剥がしてくれるが、怒りの収まらないイスティリは「フーッ!」と俺を威嚇した。
「イ……イスティリ! 悪かった! 俺が本当に悪かったから!」
「セイ様のアホーッ!」
「明日、ほら、約束していた服を買いに出かけよう! イズスとトウワには留守番して貰って二人きりで……な」
「本当にぃ?」
少しイスティリの機嫌が直った所で今度はメアが俺に詰め寄って来た。
「ちょっと、セイ! 何ですかそれは! わたくしを褒めておいてその舌の根が乾かぬ内にその子とお出かけの約束ですか! わたくしはまだ『約束』頂いておりません!」
俺はオグマフに助けを求めたが、彼女は首を横に振ってから「諦めろ」と言った。
イスティリはメアを「フシャーッ!」と威嚇し始めた。
猫かお前は。
「わたくし、『丁度』明後日一日空いております!」
「メア卿。明後日は会議が……」
「空いています!」
「……」
俺は明日はイスティリと、明後日はメアと出かける事になってしまった。
(もってもてですねー。セイ)
なんかデジャヴが。
(うふふ。わたくし、いつでも空いておりますよ)
セラがポケットの中から囁いた。
「さて、痴話喧嘩が終わった所で話を元に戻そう」
「痴話喧嘩……」
「なんじゃ? セイ殿は何か不満があるようじゃぞ? お嬢様方?」
「わーっ。不満なんてありませんっ! ありませんからっ!」
「では話を戻そう」
オグマフはこの霊薬が実際に俺に使われたのであれば、ゼルは裁判に掛けられる可能性すらあるのだと言う。
何でもこの霊薬は数時間しか効果が持たない代わりに威力は絶大で、飲んだ者はどの様な命令でも聞く様になる為、法で規制されているのだと言う。
「しかし、セイは飲んだのじゃろう? では何故命令を聞かずに済んだ?」
「俺はどんな物でも消化して栄養に替える能力があるんですよ。ですので霊薬も効果を発揮するんでは無く単純な栄養として吸収してしまいました」
「今この場で言う冗談ではないぞ?」
俺は仕方なく近くにあった椅子を持ち上げると齧りついた。
まずは食べやすい足を食べてから、残った部分も煎餅でも食べるように端から飲み込んで行く。
オグマフは口をあんぐり空けて俺を凝視し、硬直してしまった。
メアは「あの時、稲妻を食べたように見えたのは見間違いじゃなかったんですね」と俺の目を見て言った。
「とまあこんな感じです。まだ疑うのであれば魔法の稲妻でも何でも打ち込んで貰えれば食べて見せますよ?」
「うーん。理解はしたが納得できぬ……とは言え、その能力で霊薬もタダの水みたいなものか。それなら人形にならずに済んだ理由も分かる」
「そうですね。さっきゼルが呆然としながら帰ったのは自身の意図通りに事が運ばなかったからだと思います」
「そうなると、何故先ほど騒ぎ立ててゼルウィを拘束しようとせなんだ? 彼奴は逃げることも出来れば罠を張る事もできるぞ?」
「あの雰囲気を壊したくなかったんですよ……」
「なるほど、私の為にゼルウィを逃したか。お主は本当に優しい男だ」
オグマフは最早ゼルウィ卿と呼ばなくなっていた。
いつも読んでくださる皆様に感謝を。




