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41 晩餐会という名の戦場⑥

「セイ、二戦とも当てている場合は誰も当てれない難易度が来ます!」


 メアが教えてくれる。 


 逆に言うと二戦とも外していた場合は易しい難易度になるのだろうか?

 当然ご祝儀無しと言うのもおかしな話だから、あり得るかも知れない、等と考えているとゼルは詩らしきものを吟じ始める。



 *** ******* *****


 ***** ******* ***


 ** ******* ******



 何を言っているのか全く持って分からない……。


 テマリの祝福が聞き取れない言語、俺にとってそれは衝撃の体験だった。


 しかし考えてみれば≪完璧言語≫が読み取れない、という事は実は言語では無いのでは?

 ゼルは言葉と見せかけてその実、出鱈目に発音しているだけなのではないか、という疑問が湧き出してきた。


 確信は無いが、俺はその疑問に賭けてみる事にした。 


「これは、言葉に見せかけた出鱈目な音の羅列だ! 意味を持たない音にしか過ぎない!」


 俺はゼルを見据え、彼の回答を待った。

 フロアがシーンと静まり返る中、ゼルは苦悶の表情を浮かべて「流石だな」と一言呟く。


 次の瞬間今まで以上の歓声が沸き起こり、俺に握手を求める者達が殺到した。

 俺はその一人一人と握手し、もみくちゃにされながら喜びを爆発させた。


「セイ殿の三連勝! これによりプラウダ=スガガには金貨三百枚が支度金として進呈される!」


 オグマフが締め括るとようやく人だかりから解放された。


「あったりまえじゃん! ボクのセイ様が負ける訳ないんだ!」

「当たり前です! わたくしのセイが負けるはずがありません」


 イスティリとメアはほぼ同時に大声を張り上げた。


「「むっ!?」」


 二人は顔を見合わせた後、どちらとも無くプッと噴き出し共に笑い始めた。

 

「プラウダさん、やりましたよ!」

「流石としか言いようがありません! セイ殿のお力でこの栄誉に与かることが出来ました。感謝致します!」

「夫の為に一肌脱いでくださって感謝致します。是非一度我が家にいらしてください!」


 プラウダの奥さんも顔を上気させて俺に挨拶してくれた。


 その中でゼルは、近くに居た女性エルフに酒盃二つを盆で持ってこさせると、そのエルフと共に笑顔で俺に近づいてきた。


「おめでとう! 最後のヤツ、結構自信があったんだけどなぁ。今日は色々すまなかった……その、なんだメアを取られるかと焦っていたんだ」

 

 なんだ。俺は彼を警戒しすぎて居ただけなのか?

 単なる嫉妬心からああいう態度を取ったのか……?


「お詫びの印に」


 彼はそういうとエルフに持たせた酒盃を取ろうとして……一瞬酒盃を選ぶしぐさをした。

 慌ててエルフが盆を回転させると、彼は安心して手元にきたほうの杯を手にした。


(セイ様。残ったほうの酒盃からは霊薬の匂いがします)


 すかさず近づいてきたイスティリが俺の耳元で囁いた後、抱きついた。


「やったー。セイ様は負けないんだっ!」


 ゼルは一瞬ギョっとした後、安堵の表情を見せ、その間にエルフ女性はそそくさと人混みに紛れて消えていった。

 

(イスティリ。霊薬が何かわからんが『もう一つの胃』で食うから全部分解出来ると思う)

(あの稲妻みたいに!? 本当に大丈夫なんですか?)

(ああ。ただ飲んだ後のゼルの動きには注意してくれ)

(……無茶しないでくださいね)


 俺は酒盃を手に取って掲げると「オグマフ殿にっ!」と言ってから飲み干した。


 ゼルはというとも最早作り笑いを忘れ、俺が飲み干すのを凝視している様子だった。


 飲む瞬間から、イスティリに『もう一つの胃』と説明した≪悪食≫側での消化を意識すると、ミュシャの力はそれに呼応するように全身を走り、口元に集まってくるのが分かった。


 前回の稲妻を食べた時の様にほぼ無自覚にでは無く、意図的に≪悪食≫を使用した初めての瞬間でもあった。

 

 恐ろしく高純度のエネルギーが嚥下されるのが分かった。

 霊薬がどんなものかは知らないが、ガルベインの稲妻など足元にも及ばない滋養が俺の体内で駆け巡る。


【エネルギー総量が一定値を超えました。超過分はスタックされ自由に引き出すことが可能となります】


 脳内に流れる突然の声に俺は驚くが、その声はミュシャともミュシャ人形とも似ていたので少し安心した。


 それよりも今はゼルの動きのほうが重要だ。


(飲んだか? 飲んだならばお前は俺の<操り人形>だ!)


 これもまた脳内に流れ込んでくるが、その声は雑音が混じり聞き取り辛い。

 ゼルが俺に飲ませたのは<操り人形>という霊薬なのか? 読んで字の如くの物だとしたら、何とも嫌らしい物を飲ませるものだな!


(さあ! オグマフを侮辱しろ。その上でガルベインを陥れたのは自分だ、と暴露するのだ。その上でメアを行き遅れと罵倒しろ!)


 な ん だ こ の ク ズ は ?


 何だかもう嫌気が差してきた……早く帰ってイズスとトウワに夕食を食べて貰おう、と現実逃避した位だ。

 

 俺は少し芝居を打つ事にした。

 ゼルに無表情で頷くとオグマフに近づいていく。

 彼は模造刀を握り締め、俺が暴言を吐くのを今か今かと待ち構えて居た。


「セイ様……?」


 心配そうにイスティリが呼び止めるが、俺が彼女の髪をサラリと撫でると、ホッと息を吐いて安心した様子だった。

 俺は飲み干した酒杯を彼女にこっそり渡しておく。


「オグマフ殿!」

「おお、セイ殿。お主には多大な迷惑を掛けてしもうたが、結果的に今日と言う日は良き日であったと思う」

「そうですね。俺も今日ここに来れて良かったと思います」

「お主の様に器の大きい男はなかなか居らん。メア卿が惚れるのも分かる気がする」

「オグマフ様っ!」

 

 メアが真っ赤になって駆け寄ってくる。


「ははは、すまんすまん。酒に酔った婆の言うことじゃ。許してくれ」


 この会話を聞いてゼルは首を傾げていた。


「所でオグマフ殿。俺がここの方々に最後の挨拶をしても良いですか?」

「おお。そろそろ潮時か? よし、ではセイ殿に締めて貰おうか」


 ここでゼルは頷く。


(よしよし、全員集めて静まり返った所でドカン! だな。)


 俺が頷くとゼルは気持ち悪いくらい喜んでいた。


「では、最後にセイ殿から挨拶がある。今日と言う日を締めるに相応しい男の言葉、皆聞き逃すで無いぞ!」


 俺が一礼すると皆静かに聞く姿勢を取ってくれた。


「今日俺がここに来たのはオグマフ殿のご子息の一件での事だったが、この『誤解』は解け、オグマフ殿は寛大にも俺をお許し下さった」


 ゼルがあれ? という顔をする。


「俺が思うにオグマフ殿はかなり良い領主の様に思う。例えばこの晩餐会だ。酒の様な嗜好品は毎日はおろか毎週飲むことも躊躇う者も居るだろう。まずは妻子のパンであり、父母のスープが先だろうからな」


 多くの者が頷き、同調する。


「だがオークの皆にとって酒への耐性は死活問題とも言える。魔王降臨時にその穴を突かれればいかに百戦錬磨のオーク戦士と言えども万全で挑めるだろうか?」


 確かに! と言う賛同が挙がる。

 『オグマフ様に!』と唐突にオークの男達が天に杯を掲げる。

 彼らはさしずめ戦士階級なのだろう。 


「私財を投げ打って自身の領民、配下、戦士たち、そしてその伴侶に酒を飲ませ、旨い物をたらふく食べさせ、その上で<言葉決闘>の様な遊びで盛り上げてくれる。そんな領主が他にいるのか?」 

 

 『居ない!』と大きく合唱するのをオグマフは目を細めて聞いていた。

 

「ただ戦いに備えるだけでは心が荒む。オグマフ殿はそれを知っているのだろう。だからこうやって息抜きを与え、英気を養わせる」


 ゼルは脂汗をかき目が泳ぎだしたので、俺は彼の近くまで歩きながらまた声を張り上げて続ける。


「そしてプラウダ殿はその度量を見込まれ近衛隊士となった。これは彼の実力もさることながらオグマフ殿の人を見る力がある事も重要だろう。……少しばかり我が子にはその慧眼も曇るようだが」


 爆笑が起きて、あっと言う間に静かになる。

 俺がオグマフにウィンクすると彼女はバツが悪そうに顔を真っ赤にした。


「冗談はさておき、俺にとってそのオグマフ殿の晩餐会で美味い酒が飲めた今日と言う日は、最良の一日だったと言う事を皆に伝えたい」


 大きな拍手が起き、皆がオグマフの名を連呼する。


 俺はオークの男達を真似て酒盃を天に掲げた。


「オグマフ様に!」

『オグマフ様に!』


 全ての者が酒盃を、あるいは拳を天に掲げ合唱した。 


 ゼルは呆然とした顔で俺を見ながら酒盃を掲げ、そして力なく杯を取り落とした。

 旅をする予定が全然旅をしない主人公です。

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