40 晩餐会という名の戦場⑤
ゼルウィ=ジョコはセイという男が嫌いだった。
ほんの数日前までハイ=ディ=メアが口にすることの無かった、この男の名が心底嫌いだったのだ。
年が近く、同じ魔道騎士という事もあって、メアはゼルウィに少し気を許すようになってきていた。
後一押しで難攻不落といわれた『鉄の女』ハイ=ディ=メアを攻略出来る、そう思っていた。
(メアを陥落出来たとなれば俺の株も上がるだろう。そのままあの行かず後家を取り込めば領地だって夢じゃない)
彼はメアに惚れている、という訳では無かった。
あくまで打算と保身で動き、宮廷内での地位や今後の未来予想に基づいて『攻略』しているに過ぎなかった。
(俺は魔道騎士になりたかった訳じゃない。立身出世の近道だから選択したに過ぎない)
王宮に出入りする預言者の話では、魔王の降臨はずっとずっと先の話だった。
それまでに地盤を固め領土を得る、出来れば爵位も欲しい。
それから老いを理由に後進に魔道騎士の位を譲り、安穏とした生活を送るのだ。
彼の人生設計はその様にして組まれていたのだ。
その為にもあの世間ずれした堅物を落とさなければならない。
そう思っていた矢先に突然セイが現れて、魔術でも使ったかのように、メアの心を掠め取ったのだと彼は憤った。
「今日の晩餐会にはセイが来るのよ」
「ああ……」
頬を桃色に染め、うっとりとした表情を見せる『冷血な乙女』ハイ=ディ=メアなど見たくも無かった。
ましてやその恋心は自身に向けられたものでは無いのだから。
「セイはこのドレスを褒めてくださるかしら?」
「ああ……綺麗だよ」
最後の一言は彼女の耳に届いていなかった。
そしてセイという男が屋敷に到着する。
しかし彼にはある思惑があった。
事前に自分に被害が出ないギリギリの範囲でオグマフを煽っておき、彼女の怒りに火を付けて置く。
そうしておいてガルベインが逃げるよう唆しておく。
勿論『逃げろ』と言えば万が一にもそれを追及され自分が不利になる可能性を考えた上で、ガルベインに『逃げたほうが特だ』と思わせて置いただけなのだが。
仕上げにセイに警戒心を抱かせるよう囁いておいた。
猜疑心は鎌首をもたげ、疑心暗鬼からセイとオグマフはお互いをつぶし合う。
当然勝つのはオグマフだろう。
それを酒のアテにして一杯やるのだ。
セイは恐らくドゥアでは生きていけない。
彼は一人ほくそ笑んだ。
そしてセイが立ち去った後、傷心のメアを慰めれば……。
しかし蓋を開けてみればオグマフはセイとあっさり和解し、一緒に踊る始末である。
メアはオグマフに媚もせずさも当たり前だ、と言わんばかりにセイ側に付いたのも誤算だった。
(俺なら保身を考えてオグマフ側に付く。しかし……このままでは危険だ)
彼は自身の裏の顔をある程度セイに見られてしまっている。
セイは最低でも退去命令、あるいは追放刑や実刑が科せられてドゥアから姿を消すだろう、そう思って目測を誤ってしまった。
彼は焦る。油断した自分自身に焦っていた。
◇◆◇
俺がイスティリと踊り終えると、待ってましたと言わんばかりにメアが駆け寄って来る。
「セイ! つ、次こそわたくしの番ですよね!」
「ああ」
俺は彼女の手を取って中央に行こうとする。
イスティリは「仕方ないなー。ま、ボクが最初だったけどね」と呟き、メアと火花を散らしていた。
曲が切り替わりメアと踊り始めると、彼女は体を密着させて腰に手を回し、俺の手をチラチラと見る。
俺もメアの腰に手を回して支えると、彼女は満足そうな頷いた後で更に体を密着させてきた。
ばいん・ばいん、という感触が時々当たる。
それを見ていたイスティリは「あーっ! あーっ! 武器を持ち込むなんて卑怯だーぁぁぁ!」と叫んでいた。
その声を聞いてメアはフフン、と勝ち誇った顔をした後でイスティリにペロっと舌を出した。
メアの腰に手を回そうとしてその手を叩き落とされたゼルの視線は、最早ナイフの様に俺に突き刺さった。
踊り終えるとイスティリがすっ飛んで来て俺を引っつかんで、もう一度踊るよう言われ中央まで引きずられた。
それが終わると今度はメアに中央に連れて行かれ、結局俺は楽隊が引き上げるまで二人から離しては貰えなかった。
「さて皆様方。最後となりましたが、今宵プラウダ=スガガ殿が我が近衛師団に加わって下さる運びと相成りました。尽きましては余興と致しまして『言葉決闘』を開催したいと考えます。どうぞ賛同して下さる方は盛大な拍手をお願い致します」
オグマフがそう告げると、フロア内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
彼女は満足そうに頷くと、フロアは瞬時に静まり返って「プラウダ=スガガとその奥方はこちらへ!」と大きく声を張り上げた。
プラウダと奥さんが恐る恐るオグマフの元へ来ると、オグマフがにっこり笑って二人の手を取った。
改めて割れんばかりの拍手と歓声が起こり、それからオグマフが『言葉決闘』のルールに付いて説明し始める。
「ルールは簡単じゃ。お主はフロアに居る人物を一人選ぶ。お主自身でも良い。その人物に対して我等が出来る限り難しい言語で語りかけ、お主が選んだ人物が見事内容を言い当てればお主の勝ちじゃ。これを三回繰り返し、言い当てた回数一回に付き金貨百枚がお主に与えられる」
ガルベインがトウワの名前当てを決闘に盛り込んだのはこの『言葉決闘』から着想を得たんじゃないかと思う。
俺はプラウダの為に全部当てたい! そう思った。
「プラウダさん! 俺を指名してくれ! 俺なら全部当てれる自信がある」
「……セイ殿。確かにクラゲ語を習得しているセイ殿なら当ててくれる気がします! ではお願い致します」
「おお。セイ殿が出るのか。これもまた一つの縁かも知れぬな。ではプラウダの指名はセイ殿と相成った! さあ一番手は誰じゃ!」
その言葉に「俺が行く!」と大柄なオークが手を上げて人を掻き分けて出てくる。
彼は俺と握手し、コホンと咳払いしてから朗々と詩を吟じ始めた。
戦いの果てに何が見える 戦乱の果てに何が見える 騒乱の果てに何が見える
愛する妻の笑顔が見える 愛する幼子の未来が見える 愛する友と語り合った希望が見える
戦え! 戦え! 戦え! 忍耐を抱き 誇りを胸に 鋼の意思を持って 最後まで 戦え!
何とも男らしい詩である。
「これは古オーク語だ。なかなか難しいだろう!」
「男らしい良い詩だな」
「そうだろう! そうだろう! 一族に伝わる由緒正しき詩なのだ! ……む?」
俺はそのオークほどでは無いが、出来る限り朗々とその詩を共通語で吟じた。
「素晴らしい! 既存の共通語訳を焚き火にブン投げて燃やしたい位、完璧だ!」
オークは感激して俺の手を取ってブンブン振り回した。
「俺の負けだ!」
オークが宣言すると、おおっ、という歓声の後、大きな拍手が続いた。
「セイ殿、なかなかやるな。さて二番手は誰だ! このまま三本とも取られるような事があれば、次回の酒は二級品にするぞ!」
オグマフの冗談に皆大笑いしつつ、二番手は例のイカが出てきた。
「いつもサケを いただいてる 感謝。よってひごろの恩を かえす」
イカはたどたどしい共通語でそう告げると彼等の言語で話し始めた。
放浪の果てに 男神と女神に導かれ 我等はここに辿り着いた
赤龍が飢えた子に粥を与え 泥と汚物で塗れた体を優しく拭う
この感謝は一族の者が全て滅びるまで 決して忘れぬであろう
この恩義は世界が潰えるその日まで 我等の魂に刻み込まれる
彼等の思想が垣間見れて面白い。
俺はイカに一礼してから、フロアに響き渡る大声でその言葉を共通語にして伝えた。
「正解。魔力はかんちできなかった。よってズルではない」
またもや割れんばかりの拍手と歓声。
「ワタシは名前はモリスフエ。お前きに入った。こんど あそびに来い。フエとよべ」
イカは触腕で俺の肩をギュッ・ギュッと揉むような仕草をすると、またフロアの端に寄って他のイカ達と酒を飲み始めた。
「むむむ! 三番手は誰だ! このままあっさりやられてしまうのか!?」
そう言いながらもオグマフは楽しそうだ。
「セイ様ー。三本目もパパッといっちゃいましょう! プラウダさんにたっくさんの金貨!」
「おうよ! まかせとけ!」
「セイ。完勝でお願いしますよ!」
「当たり前だ! プラウダさんの為なら俺は本気になるぜっ」
俺たちは大はしゃぎで三戦目の対戦者を待ち構えた。
「最後は俺だ」
その言葉は陽気な酒宴には不釣合いなどんよりした空気を醸し出していた。
「おお! 最後はゼル殿か! 魔道騎士の博識をトコトン見せてやってくれ!」
オグマフはゼルの違和感に気付いたのか、一瞬小首を傾げたが努めて笑顔を作って場を盛り上げようとしていた。
猫がPCの上に乗ってしまいハングアップ。
焦りました。
教訓:保存は小まめに。
明日の分も予約してあります。
いつも通り六時です。




