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39 晩餐会という名の戦場④

 俺は歯止めが利かなくなり、更に捲くし立てる。


「そこに居るメアも決闘の当事者の一人だ。彼女に聞いてみなよ。勿論プラウダを呼び戻して聞いて貰っても構わない。只一つ言える事は、俺かガルベイン、どちらかが自分に有利なように嘘を付いて居るという事だ」

「う、うむ。メア卿、私の息子は正々堂々と戦ったか? まずはそこを聞かせて貰いたい」

「いいえ」

「……」


 メアが悲しそうに首を横に振ると、オグマフは頭を垂れて沈黙してしまった。

 

「……息子は売られた喧嘩を買った?」

「いいえ。ガルベイン様は酒に酔い、わたくしに酌するよう要求しました。その際に制止する宿の従業員をアジャラに殴らせて昏倒させました」

「真か……」

「はい。その行いに激怒したセイが割って入り、それに反発したガルベイン様がセイに決闘を申し込みました」

 

 ここで改めて俺を見たオグマフは先ほどの紅潮した顔から一変して青ざめた顔をしていた。


「『ほら! あの赤い服着た女! 後姿だけでもわかるぜぇ! 別嬪にきまってらぁ。俺はあいつに酌して貰うまで帰らねぇぞ!』」


 イスティリがガルベインのダミ声を真似て大声を張り上げた。

 よくあそこまで正確に覚えているものだと感心したが、余りにもそっくり過ぎてメアがビクッとして硬直してしまう程だった。


「その……私が聞いている内容とお主等の言っている内容にかなり乖離があるようなのじゃが……」

「今この段階で、どいつが嘘を付いていると思う?」


 我ながら残酷な質問をしたと思う。


「メア卿がこの場で嘘を付くとは思わん。その人柄もさることながら、魔道騎士であり、そしてドゥアの名門の出であるメア卿が嘘を付いてまで流れの男を守る意味が無い」

「以外に冷静だな。いっそ本人を呼んで申し開きさせてみたらどうだ? 俺は一向に構わんぜ?」

「……息子を呼んで参れ!」


 オグマフが従僕の一人に指示を飛ばし、大急ぎでその従僕はフロアから姿を消す。

 フロアはシーンと静まり返り、殆どの者が壁に寄って居心地が悪そうに俺たちを見ていた。


 従僕はすぐ帰ってきたが、連れてきたのはガルベインでは無くアジャラと呼ばれたリザードマンだけであった。


「申し訳ございません。ガルベイン様は自室に居られず。替わりにこの方だけがいらっしゃいました」

「よりにもよって自分の不利を悟って逃げたか! あの臆病者め!」


 オグマフの怒りは凄まじい。

 怒髪天と表現しても遜色が無いほどに荒れ狂い、彼女は目の前のテーブルを渾身の力で叩き割ると体中から細かな雷が放電され始める。

 

「アジャラよ。返答次第によっては私はお前に怒りをぶつけるかも知れぬ。しかし安心せよ、その時には墓標代は私が支払っておこう」

「……」


 オグマフは静かにアジャラに問う。

 その静かさは逆に恐怖でしかなかったが。

 彼は何度もゴクリ、と生唾を飲み込んだがなかなか言葉が出ないらしく硬直していた。


「聞きたいのは一つだけじゃ。ガルベインが昨日筆談で語ったことは嘘だったのか?」

「……はい。お、お館様の同情を買い、セイ様を破滅させ、そうして決闘を『無かった』事にする為の方便でございます……」

「……分かった。正直に話してくれたお前の罪は、今ここで全て不問とする事を誓おう」


 オグマフは憔悴しきった顔でメアを見、それから俺を見てから深々と頭を下げた。


「セイ殿。わたしの思慮が足らぬばかりに迷惑をかけたようじゃ。この償いをさせてはもらえぬだろうか?」

「いや、貴女の誤解が解けたんならそれで構いませんよ。俺もここに喧嘩をしにきた訳じゃありません。酒を飲みに来たんですから」

「なんと……この私の行いをそんな簡単に手打ちにしてくれるというのか? 嘘に騙されたとは言え、権力でセイ殿をねじ伏せようとしたのじゃぞ?」

「悪いのは最初に嘘を付いた奴ですよ」


 俺はガルベインを許す気にはなれなかったが、オグマフは被害者の一人に思えて同情した。

 もちろんオグマフは息子だというだけで情にほだされて感情のままに動いた感はあったが、それは身内を、自身が腹を痛めた子を信じたいという願望だったのかもしれない。


 この展開をフロアの人間達は固唾を呑んで見守っていたが、和解の兆しが見え始めると一様に安心したのか酒のおかわりを頼み始めた。

 彼等も緊張して喉が渇いたのだろう。


 しかし一人だけこの展開に付いて行けず渋そうな顔をしている人物が居た。

 そうゼルだ。彼だけはこの展開を期待していなかったのがありありと分かった。

 つまらなさそうに腰に手を当てて舌打ちし、給仕の運んでくる酒を盆からひったくる様にしてもぎ取り、あおる様に杯を空ける。


「ゼルウィ殿が何か言いたそうですよ」

「あっ。いえいえ、特に何もございません。和解できたようで何よりです」


 俺が半ば嫌がらせの様にゼルに振ると、彼はオグマフに愛想笑いを繰り返した後、オグマフとメアの死角から俺に模造刀を抜く真似をした。

 そのアクションにイスティリは素早く反応し、俺の壁になるように飛び出してくる。


「チッ。調子に乗りやがって。メアは俺の物だ」


 ゼルは俺の脇を通り抜けるように立ち去る際に耳打ちしてくる。

 ようやく一戦切り抜けたと思ったら、もう一波乱ありそうな気配が立ち込めてきた。

 

「所で、俺も流石に『豚』はやり過ぎたと後悔していたんですよ」

「!」

「そこでもう一度彼を『ガルベイン』に改名しようと思うのですが、これは大丈夫でしょうか?」

「メア卿、これは可能なのか? 私は正直混乱して頭が付いていかん」

「改名は無理ですね。ただ決闘自体をセイ自身が取り消しを要求し、ガルベイン様もそれに同意すれば全て無かったことに出来る筈です」

「つ、つまりは両者が同意すれば無効にできるのじゃな。そうなるとあの馬鹿は逃げたことが悔やまれる」

「なるほど。俺は別に無効にして貰っても構わない。ただそうなると一つだけ条件を付けたい」


 決闘自体の無効という魅力的な提案に、一つ位条件が付いた所で構わないだろう。


「なんじゃ? 何でも良いぞ! 領地か? 金貨か? 酒が好きならば酒造の所有権を好きなだけ渡すぞ!」

「そんな大きな事じゃなくって良いんですよ。あのクラゲは俺の仲間になる条件で引き抜いたので、このまま俺の元に置いて欲しい」

「そんな事で良いのか? クラゲなどそれこそ手持ちのクラゲ全てをくれてやっても良いんじゃぞ?」

「あいつが良いんですよ」


 オグマフは泣きそうになりながら俺の手をしっかりと握り締め、感謝の言葉を口にし続けた。

 

 それを見ていた従僕達が機転を利かせて素早く楽隊を投入する。

 中央寄りのテーブルが高速で片付けられ、人々が音楽に合わせて踊りだす。


「さて、和解の印に私と踊ってはくれんか? そのほうが周りの者も安心するじゃろうし」

「ええ」


 俺はウィタスの踊りはおろか地球ですら踊ったことが無かったのだが、オグマフが上手くリードしてくれたお陰で恥をかかずには済んだ。


 オグマフと一曲踊ると、イスティリとメアが俺の元に駆け寄って来た。


「セイ様! 次は、わ、わ、わたしと踊ってください!」

「あら! 次はわたくしの番ですわよ! ねぇ、セイ?」


 そこにゼルが舞い戻ってきて、メアに一礼すると「姫様。私と踊ってくださいませんか?」と彼女の手を取った。

 メアは心底落胆した様子ではあったが、同じ魔道騎士の手前断る訳には行かないのかしぶしぶと応じていた。


「ふぅ。敵は去った! 今日は不戦勝だった! さ、セイ様行きましょ」


 俺はイスティリと踊ったが、時折メアから突き刺さる視線を感じてドギマギした。


「ほら、セイ様。もっと腰に手を回して。そうそう」


 イスティリはそう言うとメアの方を向いてペロっと舌を出した。

 

 メアの機嫌は悪くなる一方で、怒りの矛先はゼルに向いた様子だった。

 ゼルはメアの腰に手を回そうとしてピシャリと叩き落された上に、途中で踊りを切り上げられて落胆していた。


 突き刺さる視線が二つに増えた。

 メア、それにゼルの視線が刺さる中で俺はイスティリと踊り続けた。

 少しずつでも良いので文章力を向上させて行きたいものです。

 

 いつも読んで下さる皆様に感謝を。

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