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38 晩餐会という名の戦場③

 ゼルが立ち去ると、俺たちに近づいてくる者も居ないままに粛々と晩餐会は続く。

 

 俺は酒を片手にこの晩餐会の面子を眺めてみる。


 約七割近くがオーク、そして残りの内二割がヒューマン、後の一割はエルフ・ゴブリンといった種族で構成されていた。

 それに加えて寸胴のイカそっくりな種族が隅っこで数人静かに固まって飲んでいる様子だった。


【解。スクワイ。陸生のイカである。外見に反して理知的で、特異なインテリ層を形成している。主要十二部族】


 あのイカ達も主要十二部族なのか。

 所でウィタスの種族は主要十二部族とそれ以外に区分されるようだが、何故だろうか?


【解。主要十二部族は持ち回りで『王』を選出する権利を有する種族である。対して主要でないとされる種族は王を選出する権利が無い。現在『王』を選出できる種族はエルフであり、王が病死などで死亡した場合も次の王はエルフである。この『任期』は魔王撃退まで続き、その後投票によってその『王朝』が存続するか、次の種族に受け渡されるかが決定される】


 なるほど、王様は主要十二部族でローテーションしているのか。

 そして魔王撃退時に投票と言う事は、ヘタを撃つとその種族の任期が終わってしまうが、上手く魔王を捌ききればそのまま継続するのだろうか。


 それにしてもオーク達は赤ら顔で楽しそうだ。


「流石に晩餐会に来るオーク達の中にはガルベインの様な莫迦は居ないんだな」

「この晩餐会自体がオーク達にとって鍛錬の様なものですからね」


 俺は一人事を呟いたつもりでいたが、その俺の言葉に返答があったので驚いた。

 俺が声の主を見てみると、ガルベインとの決闘時に援護してくれたオーク兵士、プラウダだった。


「こんばんは。プラウダさんでしたか」

「こんばんは。俺、晩餐会に呼ばれたのは初めてですよ。いつもは精々外壁警護任務なんです。こっちは妻のスウです」


 彼の横には小柄なオーク女性も居り、俺にペコリと頭を下げた。

 イスティリにも挨拶して貰おうと辺りを見回したが、遠くの方で目を輝かせながらタルトのような食べ物を選んでいた。


 鍛錬の様なものと言うのが気になったので彼に聞いてみる。


「簡単な話です。オークは酒に呑まれる。その点は赤子でも知っている事柄ですから、平時から酒を飲んで粗暴さや短慮が出ない様に鍛錬するのです」

「それで鍛錬と表現したんですね」

「ええ。昔、オークは酒で大失態を犯しました。その当時最大勢力であったオークに魔王が使った手は『ありとあらゆる場所に酒を置く』です。簡単な手ですがそれにご先祖様はあっさり引っかかったんです」


 本当に簡単で単純な手だが効果は覿面だったのだろう。

 しかしその失敗からオーク達は酒を回避する方向では無く、飲む方に邁進した所が凄いと思うが。


「オグマフ様が週一で晩餐会を開いてくださるのも、一つに高価な嗜好品である酒類を遠慮なく飲める環境作りである訳です」


 俺はオグマフをガルベインの母親、というだけで少し警戒しすぎていたのかも知れない。

 勿論俺たちが晩餐会に呼ばれている事に何かしらの意図が見え隠れしてこそいるが。


「さあ、俺もオグマフ様に挨拶してきますよ。一介の兵士隊長が晩餐会の名誉に与るのもこれが最後かもしれませんし」

「俺も挨拶しとくか」


 ゼルはああ言ってはいたが、先手必勝と行こう。


 俺とプラウダ夫妻がオグマフに近づいて行くと、彼女の後方で酒を飲んでいたゼルは一瞬鬱陶しそうな顔をした。

 メアはゼルとは真逆の反応で、俺が近づいてくるのが分かると満面の笑みを浮かべた。


 まずはプラウダ夫妻が挨拶する。


「本日はお招き頂きまして誠にありがとうございます。私はドゥア警備隊第六支部分隊長を任されておりますプラウダ=スガガと申します」

「うむ。お前の英断は私の耳にも届いておる。ゆえに晩餐会に呼んだ。息子のガルベインに対してお前とその部下が行った全ての事柄は不問とする」


 プラウダはやはり決闘での一件は気にしていたのだろう。

 彼はホッとした顔をして、奥方と顔を見合わせて胸を撫で下ろしていた。


「さてプラウダよ」

「はっ、はい」

「私は勇敢で高潔な戦士を欲している。お前の様な人物をドゥアの警備隊に置くのは忍びない。お前さえ良ければ私の近衛師団に来ぬか? 俸給は弾むぞ」


 突然の申し出にプラウダは面食らって硬直してしまった。


「わ……わたしのような者でよろしいのですか?」

「自分を卑下するでない。どうじゃ? このオグマフの手足として働いては下さらんか」

「そこまで言って下さるとは!」


 どうやらプラウダはガルベインの一件で株を爆上げしたのだろう、なんと領主の近衛師団へ引き抜かれた。


「あ……あなた!」

「あ、ああ……今まで苦労をかけたな、スウ。これもひとえにお前が支えてくれたからだ」


 彼は奥方と手を取りながら涙声で語り合っていた。

  

「後ほど支度金を持たせるゆえ、今日は最後まで楽しんで行くのじゃぞ」


 オグマフは優しく語り掛けると、プラウダ達に小さく手を振る。

 意図を読み取って彼らは立ち去っていった。


 そうしてからオグマフは俺に向き直った。


「さて、お主の名前はセイ。……私の息子に『豚』と名付けた男」


 先程とは打って変わって凍てついた声のトーン。

 冷めた瞳に射抜かれて俺は冷や汗をかいた。


「莫迦な息子とは言え腹を痛めて産んだ子じゃ……。それをよりにもよって『豚』とは! お主のお陰で息子は筆談でしか物事を伝えんようになったんじゃ! この始末、どう付けようと言うんじゃ、お主は!」


 突然の怒りの爆発。

 そう表現するしかないようなまでに彼女は一瞬で激昂した。


 先程のプラウダの流れから、俺は『晩餐会に呼ばれてる訳だし良い方向に話が進むのかも』と考えて居たりした。

 なんとも楽観的に考えていた自分自身をブン殴りたくなって来た……。


「お、お待ち下さい。オグマフ様!」

「メア卿は黙っていて下さらんか! 同じ釜の飯を食った同輩にまで怒りの刃を向けたくは無い!」


 メアが割って入ろうとするが失敗に終わる。

 それを見ていたゼルが誰からも見えないようにコソっと笑ったのを俺は見逃さなかった。


 それを見て俺も怒りのスイッチが入ってしまった。


 そもそもがガルベインこと『豚』が俺たちの団欒に割り込んできた挙句に決闘を申し込むから悪いんであって、俺は、俺たちは悪くない。

 それを息子に泣きつかれた母親がわざわざ自分のテリトリーに呼んでまで糾弾するとは言語道断だ。


「悪いがアンタの息子は俺たちの夕食の一時をぶち壊した挙句に、独りよがりな論法で決闘を申し込んできたんだ。俺はその理不尽極まりない勝負に勝ち、あいつに『豚』と名付けた。それのどこが悪いというんだ? 俺は決闘に勝って要求を飲ませたに過ぎない」

「貴様……命を賭してその発言をしておるんじゃろうな?」

「何とでも言え、何が『オーク式決闘』だよ。俺たちが負ければアンタの息子は俺と、仲間のイスティリ、それにそこに居るメアを奴隷にすると言ったんだぜ? 俺はどんな事をしてでもそれを阻止しなきゃならなかったんだ。いい加減分かれよ」

「……メア卿を奴隷に? し、神聖なオーク式決闘でメア卿を奴隷に?」

「ああ。どこまで正確に聞いてるのかは知らんが、恐らくその様子だとアンタの息子は自分の都合の良い部分しか伝えてないんじゃないのか? そして息子はそれを利用しているんだと思うぜ?」

「……息子は『喧嘩を売られたから買った』『不利な条件だった』と……」

「何が喧嘩を売られただよ! 何が不利な条件だよ! プラウダの情報は正確に伝わってるのに何でそこだけ息子の発言鵜呑みなんだよ! 人を馬鹿にするのも大概にしろよ」


(遭遇戦はセイ様の勝ち、と)


 いつの間にか来ていたイスティリが何かを小声で言ったが、怒りに我を忘れた俺には聞き取れなかった。

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