37 晩餐会という名の戦場②
俺たち二人はココに送り出されてから半時間ほどでオグマフの屋敷に到着した。
屋敷は頑丈そうな外壁で取り囲んであり、出入り口である大きな門には長槍を持った衛兵達が左右に八名ほど詰めていた。
俺たちはオグマフ所有の馬車で来ているので、衛兵達は槍を垂直に持って微動だにせず石像の様に構えていただけだったが、事が起きればあの長槍が役に立つに違いない。
門から屋敷まで石畳の道が続いており、その間には広々とした中庭があった。
中庭には丁寧に刈り込まれた青々とした芝生が生えており、右手側を見ると精巧な彫刻が施された噴水があり、左手には木製の東屋があるらしかった。
屋敷自体は宮殿と表現しても差し支え無いほど豪奢な石作りで、外から見る限り三階建てのように思えた。
屋敷に到着すると、待ち構えていた男性の使用人が俺たちの手を取り、馬車から降りるのを補助した後に優雅に一礼した。
青い瞳に金髪、折れてしまいそうな位細い男は笑みを絶やさず俺たちに柔らかく語りかけて来た。
「いらっしゃいませ。旦那様。奥方様。御名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「俺はセイ。こちらはイスティリだ」
「セイ様。イスティリ様。お待ち致しておりました。どうぞこちらへ」
【解。エルフ。半数近くが森に住み狩人として生活しているが、残り半数が都市部に住む。主要十二部族】
人間にしてはえらく柳腰だと思ったらエルフという種族らしい。
イスティリは何故か緊張し始めてカチコチになっていたが「奥方様・奥方様・奥方様……」と呪文の様に唱えていた。
「本日はお二人様だけでございましょうか?」
使用人が屋敷内に俺たちを誘導しながら聞いてくる。
「残念ながら今日は二人だ」
「左様でございますか。失礼致しました」
どこまでも優雅さを崩さぬままエルフは俺たちの前を歩く。
一つ目の扉を抜け、二つ目の扉を抜けると大きなフロアに出た。
フロアには丸テーブルが沢山あり、どうやら立食パーティに近い形式で晩餐会は開かれるらしかった。
フロアには百人以上の人々が居り飲み物を片手に、俺たちに遠慮の無い好奇の目を向けてくる。
(あれは誰だろう? 見たことの無い御仁だが)
(見て。あの女の子、魔族よ! でも凄く穏やかな顔をしてるわね)
俺が明確に聞こえたのはその二人の言葉だけだったが、他も俺たちを遠巻きに見ながらヒソヒソと会話している様子だった。
……確かにイズスが嫌がるのも分かる気がした。
「セイ様! イスティリ様! ご到着でございます!」
エルフが声高に宣言すると明らかにフロア内がざわつき始める。
そりゃそうか、と一人納得する。どこまで話が漏れ聞こえているのかは分からないが、オグマフの実子ガルベインを決闘で『豚』に改名させたんだからな。
所でメアはどこかな、と見渡してみたがまだ到着していないのか目には入らなかった。
「セイ様。まだお料理は出てないんですね。もう少ししたら始まって出てくるのかな?」
「かも知れないね」
そう話していると案内のエルフは立ち去り、代わりに給仕のオークが近寄って来て「お飲み物は何になさいますか?」と聞いてくる。
「アルコールなら何でも良いよ」
「アル……?」
「ああ、すまん。酒を貰えるか?」
「ボクも!」
この世界には「お酒は二十歳になってから」と言うのが無いのかも知れないが、イスティリが成人前と知ってしまったので甘いジュースの様な物に代えさせた。
案の定イスティリはブーブー言っていたが。
俺たちにはその給仕以外誰も近寄って来ず、居心地が悪い時間を二十分ほど過ごしたがやっと晩餐会は始まるらしい。
「魔道騎士団『ダイエアラン・ロー』団長。ドゥア領主。マズ辺境伯。カラルス氏族の長オグマフ=カラルス=デ=コズ様、御成り!」
先触れの後、ドレスを着た大柄なオーク女性が、奥まったドアから一名ずつの男女を引き連れてフロアに出てくる。
その男女の中にメアは居り、今日は青紫のドレスを着て頭にはティアラを付けていた。
彼女は俺とイスティリに気付いて小さく手を振ってから、オグマフの左後方に控えた。
もう一人は精悍な顔つきの男で、ちょび髭をたくわえた三十路くらいのヒューマンの様に思えた。彼はオグマフの右後方に控えた。
フロアが大きな拍手に包まれるので俺たちも仕方なく合わせて拍手してみる。
「よい」
そうオグマフが手を振ると、瞬時に拍手は止み場はシーンと静まり返った。
「さて皆様方。お急がしい中お越し下さいまして誠にありがとうございます。このオグマフ、皆様方に歓談の場を提供出来る名誉にあずかりまして、大変光栄でございます。本日は心行くまで飲み、食べて、満足してお帰りくださいますよう。そして英気を養い、魔王到来時には身を粉にして戦ってくださいますよう」
彼女がそう言い終わると同時に料理が運び込まれ始める。
乾杯の様な音頭があるのかと思ったが、主催者の一声であっさり晩餐会が始まったのだった。
オグマフはと言う、一番上座に当たる位置で足高の椅子を用意させて座るとチビリチビリと杯を空け始めた。
そこにフロアの人間が三々五々挨拶に行き、彼女は時には笑顔で、時には渋い顔でその挨拶に応じ、時折メアに意見を求めるように振り向いたりしていた。
「やあ、こんばんは」
ポンと肩を叩かれて振り向くと、オグマフが引き連れてきたちょび髭がいつの間にか近くまで来ていた。
「俺はゼルウィ=ジョコだ。ゼルと呼んでくれ。メア卿と同じ魔道騎士さ」
「俺は工藤誠一郎だ。覚えにくいだろうからセイと呼んでくれ」
ゼルはイスティリの手を取って挨拶をするが、イスティリは今運ばれてきたローストされた鳥のほうが気になるのか適当に相槌を打っていた。
「ちょっと落ち込むなぁ。俺は宮廷じゃ結構モテるほうなんだけど」
彼は苦笑しながら杯をあおり、それから給仕をつかまえて次の杯を確保していた。
「所で、お伺いしたいのですが魔道騎士というのは? なにぶん田舎育ちでして」
「簡単に言うと防波堤だな」
「防波堤」
「そう。魔王が降臨した時に真っ先に動くのが魔道騎士さ。魔術と剣術を駆使して最前線で戦い、人々を逃がして情報と軍備が整うまで少しでも時間を稼ぐのさ」
「かなり危険な職業ですね」
「まあな。ただ名誉でもある。魔王の軍に少数で立ち向かう精鋭という立ち位置だからな」
彼はそう言うと杯を空け、それから俺に耳打ちしてくる。
「オグマフ様が後ほどお前を呼ぶ。それまでは自由にしていろ」
人当たりの良い顔は掻き消えて、冷徹な顔がそこにはあった。
それから彼は元の優男の仮面を被ると、イスティリの腰をサラっと撫でた。
「やん。セイ様、こんな所で」
それから彼女はゼルが撫でたと知ると荒れ狂った。
「セ、セ、セイ様にもまだ撫でて貰ったことが無いのに! このヒゲ野郎!」
俺は必殺の前蹴りが出そうになるのを慌てて止める破目になった。
どうもゼルと言う男は信用出来ないな、とその時思ったが、その勘はあながち間違いではなかったと後々知る事になる。




