36 晩餐会という名の戦場①
ハイレアと別れた後はポケットに入っているセラと会話しながら帰る。
「セラも何か欲しい物があったら言いなよ」
(はい。わたくしは葡萄が欲しいです)
以外にも彼女は食べ物を欲しがった。
(泣いた分だけ、体が縮んでしまったようなんです。水分なら何でも良いのですが、折角なので葡萄が食べたいのです)
泣くと体が縮む、というのも不思議だがセラが食事をするのも初めてだな、と思い葡萄が売っている店を探す。
「葡萄……葡萄……」
「セイ様どうしたんですか? 急にブドウだなんて」
「ああ、セラが食べたいんだってさ。どこかに売ってないかな」
俺がそう伝えるとイスティリはトウワから飛び降りて駆け出していった。
少ししてから彼女はカゴに入ったブドウを沢山持って帰ってくる。
ブドウは地球でいう所の巨峰かピオーネのような大粒の紫の品種で、房に付いたまま瑞々しく新鮮そうだった。
(わぁ。まだ天使になる前に母上が買ってくださった葡萄にそっくり)
「セラは天使になる前の記憶があるのかい?」
(え? わたくし今何か言いましたか?)
イスティリはニコニコしながらカゴを差し出し、セラはゆっくり俺のポケットから出てくると葡萄を1粒ずつキューブの中に吸い込むようにして食べ始めた。一粒食べる度に一瞬内部が紫色になるが、それもすぐ元に戻る。
(イスティリ様に、ありがとうございますと伝えてください。セイ)
俺がそのまま伝えると、イスティリはキシシッと笑ってから「水臭いなー。セイ様の取り合いしてる仲間じゃん。イスティリでいいよ!」と言った。
セラは一房と少し食べると(もうお腹一杯です!)と体を明滅させながら満足した様子だった。
「モモやナシもあったからね! あとデオデも売ってたから欲しかったらいつでも言ってね」
(イスティリは優しいですね。まるで天使のようです。次はデオデと言うのを食べてみましょう。どんな味かしら)
天使から天使のようと形容された当の本人は、新しく買った斧をトウワの上で振り回して彼に嫌がられていたが。
残った葡萄を皆で食べながら宿まで帰ると、気が早いことにもう宿の前には馬車が停まっており、オークの御者がゴスゴに邪魔だから退けるよう小言を言われていた。
「やあ、ゴスゴ。この馬車はオグマフの所から来たのか?」
「へい。それにしても早すぎるし邪魔だしで退けるよう言ってたんです」
「旦那様。お帰りをお待ちしていました! もうこの方が何度もチクチク言ってきて大変だったんですから」
「大変なのはあっしの方ですよ! 宿の前に停めてもう何時間ですか!?」
ゴスゴは神経質そうにそう言うと、仕方ないと言った体で宿の中に入っていった。
「蜘蛛を預けて来るよ。先に宿に入ってて」
俺はそう伝えると、宿の裏手に回り蜘蛛を預けに行く。
蜘蛛を預った馬屋番のゴブリンは、申し訳なさそうに俺を呼び止めた。
「旦那。言いにくいんだけどよ、騎乗用の蜘蛛は一晩2スロン頂くことになってる。多分知らなかっただけだろうから良いけどさ」
「そ、そうなんだ。全く知らなかった、悪い事したな」
「良いって事よ。ゴスゴの客だし、宿での評判も悪かねぇ。その内貰えればって程度さ」
俺は大慌てで代金を多めに支払ってから、更にそのゴブリンに銀貨を手渡す。
「これで旨い物でも食べてくれれば……」
「ありがとよ。カミさんに食材でも買って帰って家で食うよ。やっぱゴスゴの客を見る目は流石だな」
そのゴブリンはニカッと笑うと「さぁ。次はお前さんのメシだな。腕より大きいコオロギを用意してあるからな」と蜘蛛を連れて行った。
しかし蜘蛛の食事は「腕より大きいコオロギ」か。見たいような見たくないような……。
部屋に到着するとゴスゴも居た。
「セイさん。今朝四人部屋の方が空いたんでやすよ。なんでもセイさんは床で寝てるってこの嬢ちゃんが言ってますし、良かったらどうでやす?」
「そうです! セイ様はいつの間にか床で寝て、ボクは何故かベッドなんです!」
「女の子を床で寝かせるなんて出来ないよ」
「セイさんらしいでやすね。四人部屋ならベッドも四つありやすし床で寝なくていいですぜ? もちろん勉強させて頂きやす!」
俺はゴスゴに言われるがままに四人部屋に変更して、荷物をトウワと一緒に運んだ。
(ああ、初めて俺が役に立った)
トウワは嬉しそうに荷物を運搬してくれた。
「さて、じゃあ晩餐会に行こうか」
「はい! ってセイ様、衣装まだ買って無いですよ」
「貸してくれるんだってさ」
「ええーっ!? 折角セイ様に買って貰おうと思ってたのに!」
イスティリはブーブー文句を言っていたが「その服も一張羅みたいなもんだし、また服を買いに出るか」と言うとアッサリ機嫌を直した。
「私は今回は遠慮しておく」
(俺も流石に行き辛い)
トウワは確かに分かるが、イズスも行かないと言った事に面食らった。
「晩餐会ともなれば何の面識も無い不特定多数じゃ。その中にダーク・フェアリーである私が行けば好奇の目で見る者も出てくる。白い目で見る者も居るじゃろう。私はそれに耐えられん」
確かに俺がイズスの立場であったなら晩餐会は出たくないな、と思ったので彼女はトウワと一緒に留守番をする事になった。
二頭立ての馬車に俺とイスティリが乗り込むと、御者はホッとした様子で馬を走らせた。
幌が付いていない馬車は風が気持ち良かった。馬はオグマフの趣味なのか葦毛で統一されており色艶も良く元気そうだ。
イスティリは鼻歌交じりで「ボク、晩餐会って初めて!」だとか「どんな料理が出るのかな!?」と想像を膨らませている様子だった。
そうこうしている内に馬車はとある店前で一旦停まり、御者が降りるよう促してくる。
どうやらその店は衣装をレンタルさせてくれる店である様子で「代金はオグマフ様持ちなのでご自由に」と言うとキセルタバコをくゆらせ始めた。
店に入ると派手な衣服に身を包んだ店主がクネクネと出てきた。
男なのに口紅に付けまつげを付けているのが衝撃的だ。
「あらぁ。イナセな男に可愛い嬢ちゃん。いらっしゃ~い。今日は晩餐会に出るんですよね?」
「ええ。ここで衣装を借りれるんですよね」
「そうよ~。アタシはここの店主ココよ。弟子を呼ぶからまずは色々合わせてみましょうね~」
ココが手を叩くとやはり派手な弟子が三名現れて、俺とイスティリを姿見の前まで連れて行くと服をとっかえひっかえしてはああでもない、こうでもない、と熱を入れて話し始めた。
俺たちは完全に彼らの人形と化して言われるがままにしていた。
「ほら。嬢ちゃんは青のドレス! すっごく似合うわぁ~。その額の宝石と絶妙に合うわね。これで決まりっ。さあプルはこの子のおぐしを梳いて痛んだ所に鋏を入れて! フィリは爪を磨いてあげなさい!」
ココは弟子にイスティリを念入りに磨き上げるよう指示を飛ばす。
そうしてから肘上まであるロンググローブを持ってきて、片方の先端に綿を詰め始めた。
「さあ! 付けて見なさい。これで殿方とのダンスも綺麗に踊れるわよ!」
ココは情熱を持った人物であると同時に、気遣いの出来る人物であるらしかった。
「あ、ありがとう。ボクはセイ様と踊る予定なんだ」
「あらぁ。女の子がボクなんて。今日だけで良いから『わたし』にしときなさい。明日からはまた貴女の自由よ」
「う、うん」
イスティリは少し顔を赤くしてココの言う事を素直に聞いていた。
俺も黒色の燕尾服に似た衣装を着て、腰には模造刀を差して額には幅広の銀環を付けた。
セラがこっそり燕尾服のポケットに忍び込んでくる。
「さあ! 戦闘準備完了よ! 晩餐会という名の戦場で戦っていらっしゃい!」
ココはそう言って俺たちを送り出した。
いつも読んで下さっている皆様に心からの感謝を。




