34 オグマフからの使者
「さて、これらを踏まえてセラの意見を聞いてみたいと思う」
俺は沈黙するセラに問う。
彼女は俺がイズスに問い詰められる時から今まで殆ど発言らしい発言をしていない。
セラは服のポケットから恐る恐るといった体で出てくるとココッと大きく身震いした後、小刻みに震え始めた。
(……セイ。わたくしは知っていたのです。ミュシャ様が力を失っていた事も、分岐では全てを救えない事も)
「それで、後ろめたくて会話に参加して来なかったのか?」
(はい。シオ様の命で、わたくしは情報を制限しておりました。申し訳ありません)
「謝る事は無いよ。それには何か意味があるのだろう。実際ここに来る前にミュシャがそうなっていたと知っていたら俺は焦っていただろうし」
(シオ様も仰っていました。セイの焦りはより多くの失敗へと繋がるだろう、と)
イスティリもイズスもセラが何か知っていて黙っていたのだと感づいた。
だが震え始めたセラを見て、セラはセラなりに葛藤していたのだと悟ったのか、黙って俺たちの会話が終わるのを待っていた。
「セラを誰も責めたりしない」
俺は皆に分かるように最後の言葉だけ共通語に言い換えた。
(ふぐっ。うぅ……うう……っ)
堪えきれずセラは泣き始めた。キューブの身体から涙滴型の結晶が落ち、カコン・カコンと音を立てて床に落ちていった。
イスティリは優しくセラを撫でる。
「この天使は今まで黙っている事に罪悪感を持ちながらセイ殿に従ってきたのだろうな。辛かったろうに」
イズスがセラを抱きしめた。
俺はセラの事を優しく朗らかな、悩みの一つも無い天使だと勝手に勘違いしていた。
しかし彼女は彼女なりに悩み、葛藤し苦しみながら俺に付き従っていたのだ。
俺はそれに気付いてやれなかった事を恥じた。
◇◆◇
控えめなノックで俺は眠りから現実に引き戻された。
イスティリとイズズはベッドで寝息を立てていた。
セラはと言うとイズスに抱きしめられ、そのイズスを更にイスティリが抱きしめる形でベッドで大人しくしていた。
もしかしたらセラも寝ているのかも知れない。
セラはいつもと違い、体の淡い光が消え、体内の金鎖も動きを止めていた。
「セイさん、オグマフ様から使いが来ておりやす」
俺はそっと部屋を抜け出す。
「ゴスゴ! 体は大丈夫か? 昨日は災難だったな」
「へい。タンコブが少し疼きやすが元気です。なんでもセイさんがとっちめてくださったそうで、あっしとしては胸がすく思いでやす」
「ゴスゴに手を出した時点でアイツは終わりだったんだよ」
「そこまで言って下さるのは正直嬉しい限りでやす! 所で、そのガルベインの母君から使者がきておりやす」
昨日の一件で一悶着あるのかも知れない。
だが正式な決闘であったのだから申し開きするにしても明らかにこちらが有利だろう。
しかしオグマフは女性なのか?
「会おう」
一階に降りると一人のオークが俺を待っており、俺を見るなり片膝を付いて出迎えた。
「お初にお目に掛かります。私はドゥア領主オグマフ様の使者レゾロと申します。セイ様に我が君よりの言伝を預かっております」
「聞こう」
「はっ。伝言は以下の通りです。『本日7ネシアより、ささやかではございますがオグマフ主催での晩餐会を開く予定でございます。つきましてはセイ様とそのお供の皆様方、連れ立ってお越し下さいます様、お願い申し上げます』との事です」
「分かった。昨日の一件もあるし、行こうと思う」
「その様にお伝えいたします。お時間頃、馬車を寄越しますのでご安心下さい。衣装もお貸し致しますので、そのままお越し頂いて結構です」
至れり尽くせりである。
使者は俺に一礼すると踵を返し立ち去っていった。
【解。7ネシアは感覚として十九時付近。この場合『晩餐会を開くには丁度良い時間』という意味で使われる慣用句である】
「いつもありがとうよ。所で、お前は何か知っているのか?」
【解。残念ながらあくまで≪完璧言語≫を補助する目的で作成された擬似人格である。ゆえに知り得ることは少ない】
「そうか」
俺はゴスゴと少し談笑し、それから部屋に食事を持って戻った。
イスティリとイズスにはパンとチーズ、トウワには今日は生の海老を持っていった。
(なんだ。今日は海老か。カラを剥いてくれ。カラを)
「ほら。剥いてやったぞ。頭はどうする? 取るのか?」
(頭は残してくれ。甘いんだ)
等と言っていると、イスティリが起きて寝ぼけ眼でパンをモグモグやり始めた。
「あなた。おはようございます」
「えっ!?」
彼女はそのままチーズをモグモグやり始めた。
イズスも起きたがトウワの上に寝そべってパンを空中に浮かせては齧り付く、という変な朝食の取り方をしていた。
(おいおい。パン屑バラまくなよ)
残念ながらトウワの愚痴は俺にしか聞こえないのだが。
「そう言えば、今日の昼は冒険者ギルドに行って報酬貰わないとな」
「じゃあお昼まで寝ていましょうよ。あなた」
うーん……何か調子狂うなぁ。
結局俺たちは昼前までダラダラと寝ては起きての繰り返しで時間を過ごした後、冒険者ギルドに出向いた。
今まで俺は折角購入した蜘蛛を使っていなかったのだが今日は使うことにした。
理由は簡単だ。俺とイスティリどちらかしか蜘蛛に乗れない、というのが嫌なだけだったのだが、今日はトウワにお願いして彼女を乗せて貰って出発した。
(いやっほう! ガルベインの半分も無いぜ。この姫様!)
「セイ様? トウワさんは何っていってるの?」
元の口調に戻ったイスティリが聞いてくるが、体重の話を振るのが怖くて適当にはぐらかした。
彼女はトウワの上に器用に座ってたずなを握っていたが、トウワにはたずなが必要ないようにも思われた。
(ガルベインはたずなが無いとよくずり落ちてたのに、この嬢ちゃんは良い感覚もってるね)
なるほどな。
「夕方からはオグマフの晩餐会に出るからね」
「オグマフってあのガルベインの父親でしたっけ?」
「俺もそう思っていたんだけど、どうもオグマフは母親のほうらしい」
【解。オークは母系社会である。ゆえに後継者として指名されるのは圧倒的に女性が多い】
そう言っている間に冒険者ギルドに着いた。
「ハッ。お前ら遅いぜ! 分配金を早く拝もうぜ!」
「やあ」
ベルモアとハリファーが出迎えてくれる。
二人を連れ立って建物の中に入るとゴモスにハイレアが居て、テーブルに積まれた現金を数えて分けている所だった。
「こんにちは」
「おお。来たか」
ハイレアはにっこり笑って手を振ってくれた。
「早速だが、マンティコア討伐の報酬を分配したい。一人当たり1,720スロンだ。これは基本報酬にマンティコアの皮革を買い取って貰った分を含んでいる」
「そこら辺は任せるよ」
「うむ。そう言って貰えると助かる」
「ハッ。俺様は数が分からないからって誤魔化さないでくれよ!」
「ベルモアを騙したらケツの穴が二つになっちまうよ」
ハリファーが軽口を叩く。
ゴモスも「違いない」と相槌を打った。
俺たちは全員羊皮紙にサインしてから皮袋に入った現金を受け取った。
「セイは不思議な文字を書くな。それだけ書いて『セイ』なのか?」
ゴモスが聞いてくるので「あんたと同じで端折ってるだけさ。本当は工藤誠一郎って言うんだ」と言うと納得していた。
「さて、次はイズス殿の件だが、ひとまず魔術師ギルドが面倒を見ても良いと打診して来ている」
「なんじゃ。魔術師ごときが偉そうに」
イズスはフンと鼻で笑うと「自分の事は自分で何とかするわい」と俺の肩に乗った。
「のう、セイ殿?」
「まあそれならそれで構わん。必要ならギルドから当座の現金も貸せるので頭の隅にでも置いててくれ」
「感謝する。じゃがひとまずは借りんで大丈夫じゃ」
ゴモスはイズスに軽く頷くと話はそれで終了となった。
それから、あの厩舎の下には隠されたダンジョンが実際にあるらしい、とゴモスにしては珍しく熱意を持って語りだしたのだった。




