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32 イスティリの幻視

 わらわは玉座で思索に耽る。


 ミュシャは己に残った最後の神通力をセイに譲渡してしまった。

 それが意味することは彼女が最早『神』として存在できぬ事を意味するにも関わらず、だ。

 ミュシャの肉体は現在霧散し、精神は空ろな状態でただ虚空を彷徨っている。

 それが彼女の現状なのだ。


 わらわの持つ≪完璧言語≫やシオの天使の様に『貸し与える』のでは無く、『譲渡』された≪悪食≫は最早セイの本質に結びついてしまった。


 神の力を持つ人間、セイ。

 確かにこの『力』があれば、ウィタスを崩壊までに救う事が不可能では無くなった。

 それでも『実現不可能』であったものが『実現可能』となっただけで、大海に落ちた針を探すようなものであったが。


 それでも、あの女神は己の身を犠牲にしてセイに尽くしたのだ。

 

「あのような半端者。そのまま捨て置いてしまっても構わないのではありませんか?」


 玉座の付近に居た、全身が炎に包まれている若い男性神が進言してくる。


「あの者はまだ毬を三度突いては居らぬ」


 わらわは答える。


「確かに。我らには等しく三度の試練が与えられるべきである」


 わらわの言葉を継いで、双頭の蛇の神が答えた。


「では、俺はあの猫神に肉体を与えよう」

「それがしは思考を」

「アタシは希望を」


 三柱の神が進み出て、わらわに跪いた。


「手毬様の指し示す『道』が見えた者には等しく三度の試練を」

「左様。はぐれ神魔たちの道標。陽神の光明。陰神の月光。等しく・等しく・等しく、手毬様は機会を与えて下さる」

「ミュシャ神には三度目の試練を。三回目の毬突きを」


 こうしてミュシャには三度目の試練が与えられたのだった。

 

◇◆◇


「ふうむ。セイ『殿』」

「はい」


 イズスからは張り詰めた空気が消えたように思えた。

 そして逆に俺は憔悴した顔をしていたと思う。


「お主の言っている事はほぼ真実なのであろうな。ただ意図的に説明されていない、あるいは隠されている事柄あるように思われる」

「俺もそう思います。ミュシャが俺を救う為に殆どの力を失っていたなんて初めて聞きましたし……」

「お主を救う為にそこまで己を犠牲にした女神を、私は混沌の神だと違えておった。恥ずかしい限りじゃ」


 イズスは地面に降りると土下座でもするように額を地面につけた。


「この通りじゃ! セイ殿。赦してはくださらんか?」

「赦すも何もありませんよ。逆の立場だったら俺だってそうしてました」

「そう言ってくれるのか。お主は本当に優しい男だの……」


 俺はイズスを立たせると膝と額に付いた砂を払ってやり、それから彼女を肩に乗せて歩き始めた。 


 二人で宿まで戻ると、イスティリが静かに待っていた。


「お帰りなさい。ボクもお願いしようと思ってたんだけど、セイ様に先越されちゃいました」

「何の話だ?」

「ボクもイズスさんに未来視をお願いしたかったんです」


 なるほど、そう勘違いしてたのか。


「俺はイズスと夜風に当たっていただけさ」

「嘘だ。ボクもイズスさんに見て貰うんだ」

「セイは何の代価も支払って居らぬ。ゆえに何も視ておらぬぞ? イスティリ嬢」


 しかし……とイズスは続ける。


「イスティリ嬢からは代価を受け取って居る、とも言える。あの木の実を『半分』私に分け与えた時点で、お主の財産はあの木の実しかなかったからな」

「じゃあ……」

「うむ。お主に幻視を見せる事は可能じゃ。ただ世話になった人間に苦痛を与えるのは好きではないが」

「それでもボクは見たい未来があるんです。イズスさん、お願いします」


 イズスは折れた。

 俺はイスティリの見たい未来が何なのかは想像出来なかったが、それでもあの真剣な眼差しを見て、俺の都合で口を挟むべきではないと悟った。

 

 イスティリは俺をチラッと見てからイズスに耳打ちした。

 イズスは驚いた顔をして俺をチラっと見てから「ううむ。確かにお主には重要な未来なのか」と呟いた。

 

 イズスはベッドに横になるようイスティリに指示し、それから二言ほど空中に囁くとイスティリは昏倒してしまった。


◆◇◆


「ここは……?」


 一瞬ここがどこだか分からなかった。

 セイと一緒に購入した別宅の庭だと思い出すまでに、少し時間が掛かった。


 セイと出会ってからもう八年になるのか。

 私はその間に成人し、その証に髪の色は蒼銀色になっていた。


 人型魔族は成人すると髪の毛の色が変わる、セイに説明したとき彼は狐に摘まれたような顔をしていたな。

 出る所も出て、大変女性らしい体形にかわったが、昔見たメア卿の胸には遠く及ばない気もした。


 そして……。


 私はお腹をさする。

 産み月まであと4ヶ月くらいかな? 元気でありさえすれば良い。

 早く元気に産まれてくれよ。

 

 敵対種族である魔王種として培養槽で生まれた私が、人の子を産み、育てる。

 しかも愛した人の子を……セイの子を。


 これを幸せと言わず何と言おう。

 勇者と共に魔王を倒し、英雄と呼ばれた男セイ。

 私の夫。


 しかし、先ほど放浪から帰ってきた夫は、苦渋に満ちた顔をしていた。


「あなた? 何があったんですか?」

「分岐した」

「何かですか?」

「……世界が分岐したんだ」 


 何が何だか分からなかった。

 でもそう思っている間にセイの姿は霞の様に薄くなり始めた。


「一度目の分岐で俺は悟ったんだ。分岐先では神が産まれ、世界の崩壊が止まる。でも分岐前の世界はどうだ? やはり崩壊するんだ。誰も助からない。この世界は助からないんだ」

「あ……あなた?」

「俺は『二度目』の分岐を作ることにした。そして一度目の分岐で産まれた神に頼んだんだ」

「な、何を……何を頼んだんですか?」

「二度目の分岐の際には『人々は分岐しない。その上で分岐先にのみ存在する』ように力を貸して欲しいと」


 全く意味が分からない。

 けれども、そう言っている間にも彼の姿はどんどん薄くなっていった。


「これは賭けだった。新しく出来るウィタスにのみ人々が存在し、崩壊するウィタスには誰一人存在しない。そんな都合の良い改変が出来るのかという賭けだったんだ」

 

 もはや彼の独白にしか過ぎなかった。


「そして成功した。『こちらの世界』には俺だけだ」

「何を言っているんですか? あなたも含め全員『分岐先』に居るんではないのですか?」

「……いや。分岐先に居るのはお前達だ。俺以外の全ての人達なんだ」


 私は「嘘だっ」と子供の様に叫んだ。


「そんな……どういう……ことなんですか? 何故セイだけ『そちら』なんですか……」


 止めども無く涙が頬を伝い、大地を濡らす。


「分岐の原因になった者が分岐先に行くとその世界は崩壊しちまう。そういう決まりなんだ。だから『俺以外』なんだよ……すまん、イスティ……」


 震えが止まらず、私は大地に膝を付いた。

 嗚咽を抑えようと両手で口を塞ぐ。


「良い子を産んでくれ、イスティ。愛している」 


 それが彼の最後の言葉となった。

 世界を救う為に生きた男セイ、そして私の夫の最後の言葉となったのだ。


 ……私は世界がどうなろうと、正直言えばどうでも良かった。

 このまま崩壊する世界であろうとも別に構わなかったのだ。

 

 セイさえ居れば、セイと共に死ねるのならそれで幸せだったのに……。

 最後の一瞬まで彼の傍に居たかった。

 私の願いはただ、それだけだったのに。


 しかし、その願いが永久に叶う事は無いのだと、その日私は悟った。  

 幻視の内容は初めに考えていたバッドエンドバージョンです。


 隣で人が寝ていて神経をすり減らしつつ書きました。

 誤字脱字が多そうで怖い。

 →案の定酷かったので修正しました。


 いつも読んで下さってありがとうございます

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