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31 イズスの問いかけ

 当初、私は決闘を娯楽として見ていた。

 こっそりくすねてきたぶどう酒の杯をちびりちびりとやりながら、イスティリ嬢の膝蹴りに驚嘆し、メア卿の美しい足捌きに見とれていたのだ。


 そう……セイという男が稲妻を『食べてしまう』までは。


 完璧なまでにこの世界の法則を凌駕する力、別世界の理をまざまざと見せ付けられ、私の首筋がチリチリと逆立ち『アイツは危険だ』と知らせてくる。


 しかも、あの異質な能力を使う寸前に出てきた、あの人形。

 人形からは善神とも悪神とも違う混沌とした存在の匂いがしたのだ。


 私は神代の時から生きている。二神が天地を創造した時代から生きているのだ。

 その私が覚えている神々の匂いと似ていなくは無い、しかし明らかに違うのだ。


 そして、この世界を喰らおうとした悪神の臭いとも違う。


 混沌とした異界の神。

 私はひとまずその匂いの主をそう名付けた。


 セイはその神の僕なのであろうか? そしてこの世界に何をしに来たのか?

 一歩間違えばこの世界の均衡など瞬く間に崩れ去るだろう。

それほどの力を与えられた人間、セイ。


(殺すか。或いは縛して隷属化させるか)


 私の頭の中をよぎるのは負の言葉ばかりとなった。

 

「セイよ。この世界の法則を凌駕する者よ。お前はここに何をしに来た?」


 返答次第では我が身を犠牲にしてでも、この男だけは抹殺せねばならぬ。

 

 天秤に物を乗せるのは良いのだ。

ただ、その天秤ごと破壊できる存在は許容できぬ。


 私は彼の返答を待った。

 

「後でまた話す時間を作るよ」


 気負った分だけ拍子抜けした。

 当たり前だ、こんな人ごみの中で自身の秘密を暴露する馬鹿など居らん。

 

 しかし一つ分かった事がある。

 セイの心には何の揺れもなかった。

 ごく普通に返答し、ごく自然に私に接したのだ。


 そこには何の善悪も無かった。


「……ふむ。確かにこの人混みの中では話しにくいか。しかし必ず聞かせてくれよ。力ある者よ」


 セイ自身は危険ではない、セイの能力が危険なのだ。


 私はそう理解した。


◇◆◇

 

 決闘を終えた後は、皆で食事が出来るような雰囲気では無くなってしまった。

 野次馬の内十数名が興奮冷めやらぬ様子で、そのまま岩石採掘亭に入り込み、めいめいに酒や料理を頼み始めてしまったのだ。


 ハイ姉妹は屋敷に帰る事にしたようだった。


「セイ。今日食事できなかった分はまたわたくしを誘ってくださいね! 約束ですよ!」

「姉さん。その時は私もご一緒します」

「レア! わたくしはセイと二人きりで食事をしたいんです! 空気を読んで下さい!」


 と言って妹を困らせていた。


「姉さん、もしかして……モゴ」


 メアは慌ててハイレアの口を塞ぐと、待たせていたらしい馬車に押し込んで帰っていった。

 

「ふぅ。敵は去った。遭遇戦はボクの勝ちだったな! うん」


 イスティリは何故か満足そうだった。


「後でお部屋にパイ持って行ってあげるからね。上で待ってなさい」


 マグさんが気を利かせて部屋まで料理を運んでくれる。

 そうして俺とイスティリ、それにイズスはやっと食事にありつけた。

 

(俺には生魚をくれ)


 トウワの為に魚も用意してやると、彼(?)は満足そうに食べながら窓からフワフワと出掛けてしまった。


(散歩しながら食べてくる。明け方には戻るよ)


「あのクラゲさんはセイ様の所有になったんだよね?」

「所有じゃなくて仲間だな。仲良くしてやってくれるか?」

「はい! 後でちゃんとご挨拶しなきゃ」


 盛大に食べたイスティリは昼間の疲れもあってかすぐに寝息を立て始める。

 ベッドに運んでやる時に少し薄目を開けたが、俺の顔を確かめると満足そうに笑ってからまた目を瞑った。


 俺はイスティリが完全に寝静まるのを待ってからそっと部屋を抜け出した。

 イズスが無言で付いてくる。


 丁度良い空き地があったのでそこで立ち止まった。


「さて、何から話しましょう?」

「では遠慮なく聞かせてもらおう。お主のその力はいったい何じゃ?」

「俺もよくは知りません。ミュシャという名の神様から頂いた祝福です」

「祝福……確かに私が知っている祝福とは似ても似つかぬがそう言われて見ればそうなのか」

「よければ最初から話しますよ」


 そう言って俺は猫を救って死に、結果世界が分岐した事。

 その分岐先で産まれた女神に命を救われた事。

 そして三柱の神々から祝福を貰い、このウィタスを救う為に次元の門を抜けて来た事までを話した。


「ウィタスを救う。その為に新たな神を産み出す目的でお主はここに来たと言うのか!? にわかには信じがたい」

「普通は信じないでしょう。ですので今まで誰にも言ったことはありませんでした」

「ううむ。私もあの稲妻を食べる瞬間を目撃していなければペテン師だと思ったであろうな」


 そこに例のミュシャ人形が空中に現れてイズスに踊りかかる。

 とは言ってもフェルトの人形がポコポコやってるだけなので人形劇みたいなものだが。


(こら~。セイをいじめるんじゃない! 私のご主人様の大切な人なんだぞ?)

「これこれ、苛めてなどおらんではないか。確かに警戒こそしたが」

(そっか……勘違いか。ああ~、もう! 後一回しか残ってないじゃないか!)


 ミュシャ人形の「お守り」の文字は「り」だけになっていた。恐らく三回しか出現できないのかも知れない。

 

「所でお主、セイより色々物事を知っていそうじゃな? セイを助けるという意味でも幾つか答えてはくれんかの?」

(セイの役に立つなら何でも答えるよ。今回出てこれたのはその質問に答える為なんだと今理解した。でも二分くらいしかモタナイと思うけど)

「ニフン、というのが分からんが短時間ということじゃな?」


 イズスは矢継ぎ早に質問を投げかける。


「セイの持つ祝福は幾つじゃ?」

(三つ。≪完璧言語≫≪悪食≫、それに≪果物と井戸の小世界管理者の使役≫)


 ポケットの中に居たセラが抗議の声を上げる。


(ひっどーい。わたくし使役なんてされてませんから! それにわたくしの名前は『セラ』です!) 


 残念ながらミュシャ人形にはセラの言葉が分からないようだったが。


「なるほど。完璧言語は今までの事柄を考えれば辻褄が合うの。悪食とは何じゃ?」

(悪食はどの様なものでも栄養にしてしまう力だよ。セイが飢えないようミュシャ様が与えたんだ)


「ミュシャという神が悪食を与えたのか。所でミュシャ神は混沌の神であるようだが?」

(それは正しくないよ。ミュシャ様は『三つの試練』を乗り越えている最中の若い神様だから、まだ属すべき場所が決まってないんだ)


「ミュシャ神はいくつの試練を乗り越えた?」

(二つ。一つ目は産まれ落ちた際に禍神となるか、善神となるかの試練を。二つ目はセイを救う代わりに殆どの力を失うか、セイを救わず自身の安全を選ぶかという試練を受けたんだよ)


 なんだって!? ミュシャは俺の為に殆どの力を失った!?

 俺は愕然として一瞬思考が停止してしまった。


「何かお主らは『三』という数字に括りがあるようじゃが、それはどうしてじゃ?」

(三つ目の大神テマリ様に属するからだよ)


「そのテマリ神は善神なのか?」

(テマリ様に善悪は無いよ? テル神族は陽に属する『照らす』者と、陰に属する『日照り』の者、それらの集まりだからテル神族と称されているんだ。ゆえに主神テマリ様は陰陽どちらでもあるし、どちらでも無いと言えるんだよ?)


 そこまで言った後、フェルト人形がポトリと落ちた。


(頑張ったけどもう限界。次来る時はもっと頑張る!)


 その言い方にイズスはクスリと笑ってしまっていた。


 俺はミュシャの事を想い、笑う気持ちにはなれなかったが。

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