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30 団欒を壊す者⑤

 豚は困惑している様子だった。


 まさか自分が二戦落として窮地に立つとは思っても見なかったのだろう。

 戦慄きながら杖を握り締め、脂汗を滲ませて思案している様子だった。


「さあ、三戦目は何にする? 『二敗』しているお前が決めれるぜ?」


 その言葉に豚よりも先に野次馬が反応して「早く決めろーっ」「負けちゃえ!」といった野次が飛び交う。


「う、うむ」


 豚は歯切れが悪い。

 

「次の、次の勝負は……。このクラゲの名前を魔法や道具を使わず言い当てる事だ……ブヒィ。お前が名前を言い当てられれば勝ちだブヒィ。制限時間は1ザンとするブヒィ」

「は?」


 うーん……ちょっとそれは最早戦いでも何でも無いんじゃないか?

 余りにも理不尽な勝負にプラウダが再度割って入ってくる。


「ガルベイン様。流石にそれは勝負でも何でもございません。そこまでして勝ちに括るのは無様としか言いようがありませんぞ」

「何とでも言えブヒィ。俺は今日から『豚』と名乗り語尾に『ブヒィ』と付けねばならんのだぞブヒィ。そんな事してみろブヒィ! 外交にだって響くブヒィ!」

「それは自業自得です。神聖なオーク式決闘を汚した罰だと思います。私なら恥ずかしくて自害しますが」


 プラウダは豚の言い分をバッサリ切り捨てた。

 周りからも失笑が聞こえ、バツが悪いのか豚は杖で頭を掻き始めた。


「まあ、俺は別に良いぜ」

「セイ。わたくし達の勝利を水泡に帰すつもりなのですか?」


 メアが眉を吊り上げて、俺に体当たりする様に近付いて来た。


「メア、聞いてくれ。この勝負、勝っても負けても俺に有利なんだ」

「どういう事です?」

「勝てばクラゲが手に入る。負ければ豚は手心を加えてくれたと思うだろう。貸しを作れるんだ」


 そうメアに答えると、それを聞いた豚は大喜びで俺に近付いて来た。

 いや、来なくて良いから!


「セイがそう言うなら……」


 メアが不承不承といった体で下がってくれる。


「ばっかだなー、メア。セイ様が負ける訳ないじゃん」


 イスティリは俺の勝利を信じて疑わないのか、メアにそう言うとマグさんとハイレアの所に行って談笑し始めた。

 メアは自分が馬鹿だと言われた事より、イスティリが俺を信じ切っている事に衝撃を受けた様子だった。


 ここで俺はメアに耳打ちする。


「俺はあのクラゲの言葉を習得しているんだ」

「な、なんと!? 荷物水母の言葉を!? それでは勝てる可能性もあるということですか?」

「ああ、やるからには勝つつもりだ」


 そう言うとメアはようやく納得したのか俺の後ろに立って控えた。

  

 同様にプラウダにも耳打ちする。

 プラウダは半信半疑だったが、それでも「これを試合として認める」と野次馬にも聞こえる大声で宣言し、盛大なブーイングで返されてしまった。


「すみません。貴方の名声を汚してしまって」

「いえ、貴殿が勝てばすぐに解ける誤解です。勝ってあの高慢ちきなボンクラを叩きのめしてください!」


 こうして試合という名の不可解な名前当てが始まった。


 俺はクラゲに近づいて挨拶する。


「よお。あの豚は重いんだって?」

(なんだお前! 俺らの言葉が出来るのか!?)

「まあな。所で、俺がこれに勝てばどうなるか知ってるよな」

(モチロンだ)

「なら話は早い」

(ガルベインは粗暴で酒乱。魅力が無い。お前の配下はお前に心酔しているのが見て取れる。それだけお前に魅力があるのだろう)

「配下じゃないさ、仲間だよ」

(おそらくそこだろうな。ガルベインは俺達を奴隷だと見ている。お前は仲間だと見ている)


 俺とクラゲが会話し始めたのを見て、豚は青ざめ始めた。

 野次馬は「え? あの人モチャモチャププププ言ってるけどもしかしてクラゲと話してる!?」「うわっ。すっげ」と一様に驚いている様子だった。

 

 そうか、俺は今モチャモチャププププ話してるのか。

 ……気を取り直してクラゲとの会話を再開する。


「この試合形式はお前の名前を言い当てれば俺の勝ちさ」

(知ってる。お前ら式の発音が出来ないだけで共通語の理解はできるんだ)

「そういう事か。所で、お前もこっちに来るか? 『仲間』として」


(行こう! 俺の名は共通語で発音するならトウワズベリキギグイネイガタリダロンだ!)


 なるほど、これはどれだけの時間をかけても当てれないだろう。しかし俺はテマリの力でクラゲの名を知り得た訳だ。

 俺は息を吸い込んで大きな声でクラゲの名前を言った。


「クラゲの名前は『トウワズベリキギグイネイガタリダロン』だ!」


 少しの沈黙の後、豚は顔面を引き攣らせながら声を震わせ「正解だブヒィ」と呟き、崩れ落ちた。


 一際大きな歓声が沸き起こる。

 プラウダが握手を求めてきたので応じ、それを見た野次馬達が俺目掛けて殺到し始めた。


 メアは俺に近づこうとしたが、彼女もまた人々に囲まれて身動き取れない状態になってしまっていた。

 イスティリはマグさんやハイレアに抱きつき喜びを爆発させていた。


「ほら! セイ様が負ける訳無いんだ! エヘヘヘヘ!」


 そこまで俺を信じてくれている彼女をこれからも裏切りたくないな……。


「な……何故、分かったのだブヒィ? 本当に言葉が解る!? そんな訳は無い! 種はなんなんだ……それだけで良いから教えてくれブヒィ!」

「何でお前にそこまで教えなきゃなんないんだよ。クラゲは貰って行くぜ」


 豚が泣き崩れると、野次馬から小突かれ罵倒を浴び始めた。

 それをリザードマンが阻む。


 心配そうに豚を抱き起こし、それから肩を貸しながら、じっと俺を見つめた。

 その間、放心状態の豚と彼は野次馬達に小突かれ続けたが、それでもリザードマンは俺を見るのを止めなかった。


「いいぜ。行けよ」


 リザードマンにそう伝えると、彼はペコリと頭を下げてから、人混みを掻き分けてかつての主人を連れそのまま雑踏へと消えていった。


(ありがとう。俺はお前の『仲間』か?)

「ああ、そうだ。よろしくな、相棒」

(こちらこそ! 俺は重たい物を運ぶのが得意だ! 後は触手で麻痺毒を使うことも出来るぜ!)

「俺の名前はセイだ。よろしくな」

(よろしく! セイ。俺はトウワとでも呼んでくれ)


 こうして俺はトウワを仲間として招き入れた。

 

「セイ様! ゴスゴさんが目を覚ましました」


 俺がその言葉に喜んでゴスゴの元へ向かおうとするが、思わぬ人物が阻止した。


「セイ。お前は何者じゃ」

 

 凍てついた声で問いかけるのはイズス。

 先程までと打って変わって笑顔の片鱗も残さず、ただただ冷たい視線を俺に向けるのはダーク・フェアリーのイズスであった。


「セイよ。この世界の法則を凌駕する者よ。お前はここに何をしに来た?」


 イズスは更に厳しい口調で俺に問いかける。


「後でまた話す時間を作るよ」

「……ふむ。確かにこの人混みの中では話しにくいか。しかし必ず聞かせてくれよ。力ある者よ」


 イズスは少しの沈黙の後、そう言って譲ってくれた。

 

 俺は今、岐路に立っているのかもしれない。これも言ってしまえば一つの分岐だ。

 そういった分岐の先に、この世界の未来が待ってるのだろう。

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