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29 団欒を壊す者④

 豚から稲妻が放たれる直前、イスティリは「間に合う」と思った。

 

 杖を叩き落して制御を失わせてしまえば、術者にその全魔力が跳ね返る。

 そうなれば大怪我をするのは豚のほうだっただろう。


 しかし彼女は思わぬ伏兵によって足止めされてしまった。

 先程倒したはずのリザードマンが意識を取り戻しており、豚と彼女の間に立ちはだかったのだ。


「どけっ!」


 即座にリザードマンに前蹴りを放ち、彼はまた意識を失ってしまう。

 その僅か数秒の時間稼ぎが功を奏した形となって、豚は稲妻をメアに向けて解き放った。


「はっはー、お前が壁にならなきゃこいつらは血塗れさ! 俺の勝ちだ!」


 メアには避ける意図が無いように思えた。

 彼女が避けてしまえば、稲妻の射線上に居る人たちが大怪我をする事が明白だからだろう。


 そこにセイがメアを庇うように稲妻の前に立ちはだかった。


「セイ様っ」

「セイ!」


 そしてイスティリは見てしまった。

 

 セイが稲妻を『食べてしまう』瞬間を。


◇◆◇


 俺はメアの前に出て彼女を庇おうとした。

 無我夢中ではあったが、例え『肉の壁』位にしかならないのだとしても、メアへの被害が少しでも抑えられればいいと漠然と考えたのだ。


 その時、眼前にミュシャを模したフェルト人形がポンッと飛び出して来て俺に語り掛けてくる。


(セイ。今です! その稲妻を『食べる』のです!)


 俺はその一言で全てを理解した。≪悪食≫を使いこの<稲妻>を食うのだ!

 

 狂った様にスパークする稲妻が俺に突き刺さろうとしたその瞬間、大きく口を開けてその魔法の雷電を吸い込む様にして『食べる』。


 ギャリ・ギャリ・ギャリ……。

 

 口の中で放電し、暴れ続けるそれを咀嚼し、そして……飲み込んだ。

 体の中に溢れ出んばかりの力が漲り、その稲妻が俺のエネルギーとして吸収されたことを知った。


「な……!? 今のは何だ。打ち消し呪文か?」


 豚は何が起こったのか分からない様子だった。

 イスティリも目をまん丸に見開いて驚いている様子だった。


 俺は初めてミュシャの祝福≪悪食≫を使った。

 それまで単純に普通は食べることの出来ない土や木の枝程度を食べることが出来る、と程度だと思っていた節があったのだが……蓋を開けてみればミュシャの言っていた「どの様な物を食べても死なずにエネルギーへと変換できます」の範疇は凄まじく広く、魔法を食べてしまった。

 

「ありがとう、ミュシャ」

(どういたしまして!)


 俺の独り言にフェルト人形が答えると、力を失ったかのように人形はポトリ、と地面に落ちた。

 俺はミュシャ人形を拾うと握り締めた。

 よく見ると「お守り」と書いてあった文字が一文字欠けて「守り」になっていたのだが、何の意味があるのだろう?


「お前ら! 勝負の邪魔をしてどうなるか分かってるのか!? これは神聖な決闘なんだぜ!」

「何を身勝手な。他の人間を巻き込む様な魔法を使い、わたくしに対して卑怯な手で勝ちに拘った分際で」

「はんっ。お前が避ければお前の勝ちさ。なあ魔道『騎士』様よぉ! これで二戦目は俺の勝ちだな、お前たちの反則負けさ」


 メアが人々の盾になる事を前提にした外道がここにいた。

 そこに先程のオーク兵士たちが割り込んで来る。

 

「失礼。私はドゥア警備隊第六支部分隊長プラウダだ。途中から見させて頂いていた」

「なんだ! 叔父上の子飼の兵じゃねえか。さっきの勝負、こいつらの反則負けでいいよな!」


 プラウダと名乗った兵士は嫌そうな顔をしてからこう告げた。


「いえ、反則負けは貴方様のほうでございましょう、ガルベイン様。我々は市民を守る兵士でございますゆえ、先程の貴方様の行いを決して許す事は出来ません」


 安全を確認して戻って来始めた野次馬たちが賛同の声を上げる。


「お前、俺が誰だか分かった上でその口利いてんだよなっ!」

「うるせえよ。この勝負はお前の負けだ、一族の恥さらしめが!」


 プラウダはそう言って兜を脱ぐと地面に投げ捨ててから抜剣した。それに続いて彼の部下たちも槍を構えて豚を包囲する。


「俺の顔は覚えたな? 名前も覚えたな? このプラウダ、市民を守るためなら一族であっても容赦はせぬぞ!」


 その言葉に周りの野次馬達は大きく反応した。

 しきりに「プラウダ!」「プラウダ様ぁ」と声を上げては彼を支持した。


「お前はともかくそっちの部下たちはどうなんだ? 家族もいるだろうに」

「プラウダ様。反抗したという事にしてここで殺しましょう。後に禍根を残すべきではありません」

 

 兵士の一人が冷ややかにプラウダに進言した。

 その言葉に豚は自身に味方が居ないことに気付き、愕然として冷や汗をかいていた。


 しかしプラウダを筆頭に兵士達は誇り高く勇ましい。

 オークは冷静・豪胆の種族なのだとさっき知ったが、本来のオーク達はまさしくその通りなのだろう。


「では二戦目も俺たちの勝利だな。そっちのリザードマンを貰おう」

「待ってくれ! せめて引き分けにしてくれ!」


 恥も外聞も無く狼狽する豚を、その場に居た全員が白い目で見つめていた。


 結局二戦目も俺たちの勝ちとなり、兵士達が気を利かしてくれたのかリザードマンを気絶から回復させてから俺たちの元に連れて来てくれた。


「ええっと。俺は今日からガルペイン様じゃなくってこっちのヒューマン様の物?」

「まあそんな所だ。よろしくな」

「うーん。ちょっと気持ちの整理がつきません」


 リザードマンは困り顔で途方にくれていた。


「ガルベイン様! 三戦目で勝って俺を取り戻してくださいよ!」

「お、おう」


 勿論そうはならないだろう。例え勝てたとしても豚と呼ばれ続ける事を回避するに決まっている。

 ただ余りにもリザードマンが可哀想なので黙っておいた。


(チッ、俺にすりゃ良いのに。あのデブ、ブクブク太りやがって重てぇんだよ)


 俺はクラゲが明確な意思を持って呟いた事に意表を突かれた。 

 しかしこの経験がその後すぐに生きてくるのだった。


「メア、ありがとう。君のお陰で勝てたよ」

「いえ、せめて杖を持っていれば打ち消しなりできましたのに。でもセイが助けてくれなかったら今頃どうなっていたか」

「あの豚が反則をしてなきゃメアの圧勝だったよ。それに俺はいつでもメアを助けるよ」


 その言葉にメアは真っ赤になってうつむいてしまった。


「セイ様……ボク、間に合いませんでした」


 そこにしょげてしまったイスティリが肩を落として近づいてくる。

 俺は彼女の髪の毛を念入りにくしゃくしゃにしてやる。


「そう落ち込むな、あいつが卑怯だっただけだ。お前はよく頑張ったよ」


 そう言うとイスティリは気持ちを切り替えたのか少しはにかんだ。

 それを見ていたメアは……おずおずと自分の頭を差し出してくる。


「メアも良く頑張った!」


 俺は彼女の髪の毛も念入りにかき回してやった。


 メアとイスティリは目を合わせると、二人してフフッと笑った。 

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