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24 女の戦い 上

 わたくしの名前はハイ=ディ=メア。

 人はわたくしの事を「鉄の女メア」「固い果実」「冷血な乙女」といった心無い渾名で呼ぶ者も居る。


 しかし、そんな事はどうでも良かった。


 わたくしはハイ一族の当主。辺境とは言え、国王より直々に領土を賜ったれっきとした騎士位を持つ一族の長。

 ドゥアの近辺に点在する荘園を管理し、そして有事の際は最前線で戦う魔道騎士としての職務を持つ者なのだ。

 よって、わたくしは鉄の女であるべきなのだ。


 そんなわたくしではあるが、末の妹レアだけには滅法甘く、今日も職務を放棄して妹を迎えにいった。

 判を押すような簡単な作業は誰でも出来るが、レアを迎えに行って良いのはわたくしかコラスだけだと決めているのだ。


 そこで出会ったのは魔族の少女と、古い文献に出てくる神話のフェアリー。


 そして、セイという名のヒューマンであった。

 

 出会った瞬間、衝撃が走り、鼓動が早くなる。

 努めて平静を装い、そそくさと帰路に着いたが馬車の中で顔が火照るのが分かった。


「姉さん、何かあったんですか? 顔が赤いですよ」


 妹が何か言ったが聞き取れなかった。普段のわたくしであればレアの言葉を聞き逃す事などありえない話なのに……。


 あの漆黒の髪。栗色の瞳。優しいそうな横顔。

 赤いオーラが微かに瞬いては消える。


「何て綺麗な赤色」


 ほぅ、とため息ばかりついている内に屋敷に到着した。


「おかえりなさいませ。お館様」

「うむ。レアに湯浴みの用意を。それから急ぎ女性用フェアリーの衣服をできるだけ多く購入してきてくれ」

「分かりました。すぐさま人を手配させましょう」


 代々一族に仕えてくれている執事のルバシにそれだけ伝えると、自室に篭ってしまった。

 そうしてから、服を届けに行くのはわたくしが行こう。

 仮にもイズス様に失礼があってはならないしな、と言い訳を考えながら衣装棚を開ける。

 殆ど袖を通したことの無い、夜会用のドレスが数点しまってあった。


「赤がいいかな」


 姿見の前で合わせてみる。


 もう一度セイに会える。もう一度セイに会いたい。

 わたくしは乙女の様にそれだけを考えていた。


◇◆◇


「取りに行っておいで」


 俺がそう言うと、セラはポケットから出て来てイスティリの近くまで寄って行き、彼女は満面の笑みを浮かべてセラに飛び込んだ。


「わ! なんじゃ! これは、ふむ……。見たこと無い種だが天界の生き物か?」

「天使ですよ。名前はセラ」

「むーむむむ。ウィタスの天使とは違うのー。という事はセイ殿は異邦人か?」

「まあそうなるんでしょうか。先日まで地球という所に居ましたから」

「チキュか。全く分からんが、セイ殿の人柄から察するに危険な世界では無いようじゃの」


 そうでもないですよ、と伝えようとした時に、木の実を片手で器用に二個とも持ってイスティリが戻ってきた。

 

「ただいま!」


 そうしてから俺の方を向いて、急にモジモジし始めた。


「どうしたんだ? 食べないのか」

「セイ様、本当にボクが食べちゃって良いの? これ、すっごくすっごく美味しいんだよ?」

「ああ、約束したろ? それにその手を癒す為には食べ続けなきゃ」


 その言葉で安心したイスティリは大喜びで一個食べ、それから二個目に手を付けようとした瞬間、ハタと手が止まる。

 大きく口を開けたまま、しきりに葛藤している様子で「くぅうう……ぅううぅん……」と謎の奇声を上げ始めた。


 顔を真っ赤にし、目を瞑り、額に汗をかきながら悩み続けた彼女は、意を決したのか木の実をイズスに差し出した。

 

「なんじゃ、イスティリ嬢。これをくれるのか?」


 イスティリは目を瞑ったままでコクリ、と頷いた。

 

「ボクはイズスさんに美味しいものを食べて貰いたいです! ボクの知る限りで最も美味しい食べ物はこれなんです」

「なんと! そこまで迷う程の木の実を私にくれるというのか」


 イズスは両手で木の実を受け取ると、感動で震えて飛べなくなりベッドにポフンと落ちてしまった。

 

「イスティリ、お前を誇りに思うよ」

「えへへ」


 彼女は照れて、毛布を被って隠れてしまった。

 そこからチョコンと目だけ出して、イズスの方をじっと見つめていた。 


「なっ!? なんじゃこれはー!」


 イズスは驚きながらも美味そうに木の実を食べた。

 あの小さな身体の何処に入るのか、木の実一個を丸々食べてから大の字になって満足そうにゲップした。


「おっと。私としたことがはしたない」

「美味しかった?」

「うむ。私もここまで美味いとは思いもせなんだ。セイ殿の世界の食べ物であろうか?」

「いえ、地球から来る時に餞別で貰ったんです。イスティリ、植えて来てくれるか?」


 大喜びでイスティリはまたセラに飛び込んで、すぐ帰ってきた。


「たっぷりお水かけて置きました!」


 イズスが何か質問しようと口を開いた瞬間、控えめなノックが響く。

 俺がドアを開けると、先程別れたメアが立っていた。


 ……何とも魅力的な、胸の部分が四角く空いた赤いドレスを着て。


 ついつい目線が胸元に吸い込まれてしまうのは男の定めである。

 そして着やせするタイプなのか……妹さんより……。


「むぅ。そうきたか」

「どうした、イスティリ嬢?」

「ボクに敵が現れたようです! 今、宣戦布告されています」


 イスティリとイズスが何やら話していたが声が小さすぎて聞こえない。


「こんばんは、セイ。イズス様にお洋服をお持ちしました」

「や、やあ。こんばんは。素敵なドレスですね」


 顔を赤らめて手を頬に添えるメアは艶かしく色っぽい。

 亜麻色の髪を束ね、先程の堅苦しさとは打って変わって嬉しそうにコロコロと笑う姿は魅力的だ。


「おおっ。メア殿。するとその手荷物はもしかせんでも私の服か!」

「はい。お待たせいたしました」


 少し屈んでベッドで風呂敷に似た布を広げると、イズスのサイズの服が十点以上あり、彼女を喜ばせた。


「これで二十年のハダカ生活からようやく解放じゃ!」


 彼女はそう言うと、極小サイズの下着を着けてからいそいそと服を着始めた。


「メアさん。夜分にわざわざありがとうございます」

「いえ。イズス様の為ですから」


 突き放すような感じでメアはそう言った後、ハッとしたように言い訳した。


「そ、そんなつもりでは」

「ええ。分かってますよ」


 誰だって言い違える事もあります、と俺がフォローすると彼女は顔を赤らめて下を向いてしまった。


 何故かイスティリは憮然とし始めていた。

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