番外編 ミュシャの日常
「おおっ。ここがお祭り会場か!!」
「ええ。エンニチと言うらしいのですが、なんだか凄く独特ですね」
「そうじゃのう!! たい焼きは売ってるかのう?」
「どうでしょうね」
今日俺と蛇は手鞠様のお目付け役として別の次元に来ていた。
この異空間はこの、「縁日」という祝祭の為だけに作られた小世界だ。
一応自身の次元を持ち、そこでは主神格として崇められる俺も蛇も、ここでは単なる従者にしかすぎない。
「のう、炎に蛇」
「いい加減名前くらい覚えてくださいよ、手鞠様」
「無理を言うなっ。わらわが幾つも覚えられる訳がなかろう。精々覚えられて三つじゃ!!」
燃え盛る火炎大神カゲツといえば聞こえがいいが、手鞠様にとっては沢山居る自分の子の一人にしか過ぎないか。
相方の蛇を見ると、二つある口が双方ともへの字を書いていた。
「我等もグイネルリンという神名があるのです……。確か三つの試練を突破するまではキチンと名前で呼んでくださってたのですが」
そんな双頭の蛇神グイネルリンをよそ目に、手鞠様は早速焼いたソバにかじりついていた。
いつの間にか、装いもいつもの白いトーガではなく、和装に様変わりしていた。
手鞠様の右の袖口から、「にゃー」というか細い声が聞こえる。
「ミュシャや、そなたもヤキソバを食うか?」
「おさかながよいです」
「ほら!! 試練中の子は名前を覚えて貰えるのですよ!!」
グイネルリンが少し恨み節を言った。
袖口から頭だけを出して答えたのは猫神ミュシャ。
ひとつ目の試練すら覚束なかったこの神は最近になってようやく落ち着いて来たように思う。
とは言え一人の人間と自身の試練を連動させようという考えはどうかと思うが。
「でも面白いと思いますよ。人と連動して試練を完璧に突破した神は今まで居たことがありません。我等はこの行く末を見れる幸運に与れたのですから、そこはひとつ楽しみではあります」
グイネルリンは二つの口から同時に同じ言葉を話すので少し聞き取り辛いが、最近よくつるむようになってから慣れた。
彼は常に誰かの思考を読み取る。
その行為に善悪はない。
彼の本質的な特性だ。
今は俺の思考を読んでいたようだったが、別の対象に興味が写ったのか、俺に軽く頭を下げると手鞠様の真横でミュシャと話し始めた。
「我等も何か食べますか。ミュシャ殿はお魚ですね?」
「はい。へびのかみさま」
「はは。あなた様も神様でしょう」
「にゃー」
ミュシャはグイネルリンに焼き魚を買って貰い、大喜びで手鞠様の袖から出てきた。
上手に後ろ足で立ち、前足ではっしと魚を掴むと満面の笑みで食べ始めるミュシャ。
尾が振り子のように左右にブンブン振られた。
グイネルリンはそれをデレデレになりながら見ていた。
意外な一面もあるというものだ。
手鞠様はというとソバを平らげたらしく、今度はトゲだらけの飴を小さな紙袋に一生懸命詰めていた。
「ほ、炎!! 詰め放題じゃ!! 手伝えっ」
「ええっ。その形状、明らかに詰め放題って無理ありませんか!?」
「良いから早くっ。あの砂時計が落ちるまでが勝負なのじゃ」
飴を火炎で少し柔らかくするか、と思ったが、紙で作られた式神の売り子が飛んできてトントン、と台を叩いた。
よく見ると台には張り紙があり、「神通力の類いを使っちゃダメですよ」と書いてあった。
仕方なく手を使って手鞠様の紙袋に飴を詰める。
トゲが刺さる。
割りと痛い上に、手鞠様は紙袋の縁を持って早く入れろとせっつく。
俺が恨みがましく手鞠様を見たところで丁度砂時計が時間切れとなった。
「ひーふーみーよーいつむーななーやーここ。ふふふ、前の客よりも三つも多い!! さすが炎じゃ!!」
「あ、ありがとうございます?」
手鞠様がキャーキャー跳び跳ねていると、周りの者達も何事かと集まってくる。
多くは神仏の類いやそれに連なる者で、多種多様な姿形をしていた。
ただ大きさだけは決まりがあるらしく、外界で出会ったとき恒星位の大きさがあった陽神が俺と同じ位のサイズになっていた。
彼が従属神の為に綿菓子を購入していたのには驚いたが、こういった縁日にしかそんな事も出来ないのだろう。
跳び跳ねるようにして組紐が現れ、それは瞬く間に人の形を成した。
「こ、これはこれは!! テマリ=タターガタではありませんか」
「誰じゃ、お前?」
「申し遅れました。私、バルベリと申します。はぐれ神魔の大神テマリ様にお会いできて大変光栄でございます。ぜひ、私もあなた様の……」
手鞠様はバルベリと名乗った縄紐を編んだような体躯の神をやんわりと手で制した。
「ん。お前には見えるか?」
「は? 何がですか」
「見えぬか。見えぬならば無理じゃ」
「……」
この神には手鞠様の光明が見えなかった。
この者は三つの試練への階段が見えなかったのだ。
「し、失礼、致しました」
「よい」
恥ずかしさのあまりか、縄紐の神は駆け出していってしまった。
それを見ていた神々も、この祭りを楽しむという本分を思い出したようだった。
普段は神として、あるいは女神としてしかめ面を崩さないお堅い連中も、射的で矯声をあげながらピンク色のぬいぐるみを落とそうと躍起になっていた。
神々の休息日。
古き神々の祭日は、彼らの飾らない姿が見れて面白い。
「所で、たい焼きはどこかのう?」
手鞠様はイカ焼きを頬張りながら、彼女にとっての至高のオヤツであるたい焼きを探し始めた。
しかしたい焼きは見当たらず、手鞠様は癇癪を起こした。
「なんたる落ち度じゃ。林檎飴もヤキソバも綿菓子もイカ焼きもあるというのに、たい焼きが無いとは‼」
手鞠様は忙しそうに接客する式神を脇からむんずと掴むと、物凄い剣幕で熱弁をふるい始めた。
「昔のよしみで時を跨いで来たというのに‼ このお祭りには世界で一番旨い究極のオヤツ、たい焼きが無いのか!? 何ぃ、本当に無いと申すのか。このたわけ者っ」
「そう言われましても……」
式神は困り果てたような声を出した。
そこで手鞠様は、ピンっと閃いたという顔をした。
俺には嫌な予感しかしなかった。
「ようし、ではわらわが一肌脱ごうではないか!! 炎、蛇!! 今からここにたい焼きの屋台を出店するぞ!!」
「は、はあ……」
「そんな気の抜けた返事では次元一のたい焼きは焼けんぞ!!」
手鞠様はエイヤッと掛け声を出して空間を広げると、そこにはもうたい焼き屋台が組まれていた。
イカ焼きの屋台と射的の屋台の間に即座に出現した、たい焼きの屋台……。
俺もグイネルリンも空いた口が塞がらなかった。
いつの間にかハッピまで着ている手鞠様とミュシャ。
「おお。実に可愛らしいな」
こらグイネルリン、孫でも見るような顔でミュシャのハッピを誉めるな。
汗だくになりながらたい焼きを焼く手鞠様。
仮にもあなた様はテル神族の主神なんですが……。
仕方なく俺は近くにいた式神の口上を真似ながら客を呼び込んだ。
グイネルリンは枝分かれした首の付け根にミュシャを座らせると、たい焼きの代金を受け取ってはお釣りを勘定していた。
ミュシャはグイネルリンに買って貰ったらしい水風船をシャパシャパと振りながらずっと笑っていた。
「何と、あのテマリ様が甘い堅焼きパンを売ってるのだそうですよ」
「相変わらず自由奔放ですねぇ」
「記念に一枚頂けますか?」
「堅焼きパンではないぞ!! これはたい焼きじゃ‼」
結局祭りが終わるまで、俺達はずっとたい焼きを売っていた……。
ミュシャはグイネルリンの首にしがみついて寝息を立てていた。
「まあ、こんな日も悪くはないか」
「そうですね」
俺達の会話を聞いた手鞠様は、ニカっと笑ってこう告げた。
「時を跨いで今日の朝に戻ろう。そうすればもう一回たい焼きが売れるぞ」
「げっ」
「えっ!?」
薮蛇だった。
結局俺達は、ミュシャが疲れてグズりだすまで、ずっとたい焼きを売っていた……。
そう、同じ日を三日も繰り返して、ずっとずっと魚の形をした焼き菓子を売っていたのだ。
風邪に浮かされて勢いで書きました。
反省しています。
テマリ=タターガタ→日本語に訳すなら手鞠如来となります。
なお、テマリはカカフ達の名前も覚えていません。
あくまで三人組の神カカフとして一纏めにしちゃってます。




