番外編 イスティカ=ナイトスコージの冒険 ①
培養槽の溶液で濡れた髪も乾いた。
私はガッド様より頂いた布切れを腰に巻く。
上半身はそのまま裸身を晒したが、もう少し出る所が出ていれば魅力的なのだがな、と内心ウンザリした。
だが、成人したてなのだからまだまだノビシロはあるはずだ、と自身を慰める。
丁度その辺りで本格的に朔が始まり、保持する異能や力場が霧散してゆくのが分かった。
ここからの二ザンは、全ての能力が失効する魔の時間帯だ。
魔族の始祖サクヤに与えられた報酬の時間、とも言えた。
異能はおろか祝福までもが機能を停止し、その能力の執行に本来使われるはずだった熱量が、サクヤの取り分として彼女に転送されるのだと聞くが、真偽の程を確かめる術は無い。
「イスティカ。来なさい」
「はい」
私と彼とを結ぶ主従の鎖も朔と共に消失してはいたが、特に反抗心が芽生える訳でもなく、別段感情に変化はなかった。
恐らくは私のこの状況が自分の有利に働いているからだろう。
破損し、綻びのあるこの主従の束縛を結んだ、結ばざるを得なかったガッドの落ち度はこれから先、彼について回る。
私が自身の名の韻を大半決定し、残りの僅かな韻をガッドが捩じ込んできたのだから、異能〈魔法阻害〉を駆使すれば、彼との主従が即座に破綻するだろう事くらい簡単に理解出来ていた。
むしろ、恐らくはそのガッドの落ち度を知り得ながら、私を『ナイトスコージ』という二つ名で縛ったテオルザードのほうが厄介なのは明らかだ。
ガッドはやはり製造施設の管理者止まりなのだ。
非常に神経を使う『名付け』を、焦りから雑に処理したツケは、いずれ支払うことになるだろう。
ガッドがこの件を甘く見ている事は明白だったが、それを悟られてはならない。
私は思考の段階から、彼に敬称を付ける事にし、言葉の端々に気を付けながら発言する事にした。
……ガッド『様』が私を先導すると、着いた先は武器庫だった。
彼は室内に入ると採光窓を開け、『好きなのを選べ』とでも言うように両手を広げた。
木製の棚には剣や盾が乱雑に積まれていて、壁には槍などの長柄の武器が所狭しと立て掛けられていた。
加えて木製の人型が幾つもあり、錆びの出始めた鎖鎧や胴鎧、厚手の胴着が掛かっていた。
私はその手入れの行き届いていない装具を見て、今の自分の立場を理解した。
「雑兵。いや奴隷戦士か……」
「何か言ったか?」
「いいえ」
微かに首を降る。
培養槽から出たばかりの、再調整したての魔族にまともな身分などある筈も無い。
嘆息まじりにマシそうな斧と短剣を選び、黴臭い胴着を上下に着こんだ。
胴着は擦りきれていて、膝が飛び出したのには笑ってしまった。
「服なんて、好きなだけ……」
好きなだけ、何なのだろう。
もしかして、「好きなだけ持っていた」のだろうか。
あるいは、「好きなだけ買って貰えた」のだろうか。
ネスト育ちならば衣服や装具は実用本意の物だけで、自由に出来る範囲など限られていた筈だ。
となると私は、「ネスト落ち」であった可能性が高いな。
その上で裕福な者に買われ、戦士として働いていたかのかも知れないな。
細切れの記憶に少しイライラした。
そんな私の様子をガッド様は興味深く観察していたが、一人納得したのかそのまま部屋を出て行ってしまった。
私が素早く追い付くと、彼は一旦立ち止まり満足そうに頷く。
「イスティカ。食事にしよう」
「はい。そのお言葉を心待ちにしておりました」
「ははは。培養液では腹は膨れんからな」
「はい」
装備はゴミだったが食事の質は良く、肉の沢山落としてある粥に、腸詰めなんかも好きなだけ食べることが出来て満足した。
添え物に酢漬けも出たが、旨そうに見えなかったので放置した。
巨大な丸い卓を中心にして簡素な丸椅子が乱雑に置かれただけのこの一室を、ガッド様は『食堂』と表現したが、料理人らしき女が視界の端にチラチラと映るだけで、他に食事をするものは居ない。
「普段はもう少し居るのだが、朔で皆出払っておる」
「そうでしたか」
私の疑問を読み取ったのか、ガッド様がそう呟く。
返事をしたその矢先、食堂に妙齢のフォーキアンが入って来るのが見えた。
年の頃は三十後半だろうか。
薄い金髪をなびかせ、たおやかに歩くその姿は女の私から見ても美しく、憂いを帯びた伏し目がちな瞳には吸い込まれるように惹き付けられる。
絡み合う視線。
私は、この人物を何処かで見たような気がしないでもなかった。
フォーキアンが私から視線を外し、ガッド様に挨拶をした。
「こんにちは。ガッド=ガドガー様」
「うむ。フィーリエス。今から食事か?」
「はい。朔で全てのゴーレムが機能を停止したので、食事でもと思いまして」
「そうか。イスティカ、こいつはフィーリエス。ガルゼムード様配下のゴーレム使いだ。フィーリエス、こいつはイスティカだ。調整したての魔族だが、抜群に強いぞ」
フィーリエスと呼ばれたフォーキアンは柔らかく微笑むと、椅子に座る私に膝を折り、手を繋いで来た。
暖かい手は心地良く、悪い気はしない。
「初めまして、イスティカ様。私はスエア氏族のフォーキアン、フィーリエスと申します」
「こちらこそ。私はイスティカ=ナイトスコージ。……それ以外はこれからです」
少し自嘲気味に笑ったあと、この人はかなりの手練れなのだと感じた。
その直感を裏付ける物は一切無かったが、それでも私はフォーキアンについての予備知識として、彼らは混血の中で力を失っていったワナツと、魔法生物の制御へと特化していったスエアの二氏族に別れて居るくらいには知っていた。
この女性はスエア氏族であり、ガッド様の発言から読み取るのならば、彼より上位に居る人物の配下なのだろう。
その点を考慮するなら、ボロ装備を身に付けた小娘に膝を折る必要は無かった筈だ。
フィーリエスが食事をし始めたので、彼女に配慮しながら小声でガッド様に質問する。
「ガッド様。先程話に出ましたガルゼムード様とは、どのような方でしょうか」
「うむ。上役のピアサーキンだ。召喚や魔法生物制御の部署統括者だ。ここでは部署と呼ばれる八つの職能集団に別れ、オーガの王エルゼビュートの為に働いておる。お前はそれら部署の者達が円滑に職務を全う出来るよう護衛任務に着いたり、人手不足を一時的に補填するといった補助に徹する総務部署の長テオルザード様配下、ということになるか」
「そうでしたか」
「無論。俺の配下でもある訳だから、任務は多岐に渡るだろう。その中で実力を発揮してゆけば、いずれ個室が与えられ、装備も刷新できるだろう。心して掛かれ」
「はい」
フィーリエスは小食のようだ。
軽くスープとパンでの食事を済ませると、料理人が申し合わせたかのように、一口大に切ったフマを小鉢で持ってくる。
彼女はそれを上品に口に運んだ。
「分かりやすく言えば、ああいった果物一つにしても、フィーリエスが手柄を立てたからこそ勝ち得た特権の一つだ」
「なるほど……」
思った以上に秩序があり、縦割りの組織化がなされている事に驚いた。
その中で、オーガの王は何を望んでいるのだろうか。
単純な領地維持だけならば、魔王種を再調整する必要も無いだろうし、召喚や魔法生物制御などに力を入れる筈も無い。
そもそも、同族以外は信用せず、外部と隔絶した社会を形成する、控えめに言っても余り文化的でないオーガ達が、他種族を支配下に置き、あまつさえ組織化しているという事実には違和感を覚えた。
そんな思索を巡らせているうちに、件のフィーリエスは会釈だけして退出してしまった。
「さあ、我々も出るか。登録証を作成せねば単身では出歩くこともままならんからな」
「はい」
登録証か。
何から何までキッチリしているな……。
本当にここの支配者はオーガなのだろうか。
私は自身の予備知識との解離に悩まされながら、ガッド様に続いて食堂を出た。
コッソリ投下します。
次回投稿は未定ですが、家族が居ないときや、寝ているときにコソコソ書き貯めて投下しようと思います。
なお、家族は小説を辞めたと思っています。
次は本編を掲載したいと思います。
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おかしな点を少し修正しました。




