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209 朔の試練 ⑮

 集ったカライ達は八人。

 セイ側に捉えられたリーン、そして鉱山都市ラザでの潜伏工作をしているパルダヴィ以外の全てのカライ達が終結していた。


「パルダヴィは我々が全滅した場合、組織を再編させる為に残した」

「聞こえの良い事言ってるけどさ、パル爺は戦力にならんだろ? ソリダ」


 ハーフエルフのカライであるリューの言葉を聞き流しながら、ガーギュリアスに<転移>を唱えさせた。

 転移先ではユスフスと、リーンの複製である二人の少女が静かに待っていた。

 

「待たせたな。ユスフス」

「いや、良い休憩になったよ」


 俺はユスフスの隣に待機する龍を見上げた。

 これが伝説に名高い赤龍エルシデネオンか。

 何とも間抜けだな。

 グルーに集られて弱った精神を、ユスフスに乗っ取られたか。


「ははは……」

「どうした、急に笑い出して?」

「いや。まさか神代の時代の龍が支配魔法に掛かるとはな。流石は駄龍」


 その言葉に他のカライ達も笑った。

 微かに遠くから喧騒が聞こえた。


「む。ケルネの兵が花火を上げ始めたか。では、行くか」

「ああ」


 ここからは音を消し、<念話>で必要な情報をやり取りしながらセイが拘束されている谷底へと向かう。

 龍には<無音>を使ったが、その巨体に呪文を掛けるのは手間だった。

 

『朔まで残り十二ザンを切った。ここからが本番だ』

『なあ、ソリダ。朔まで待ったほうが成功率は上がるぜ?』

『リュー。さっきも言った通り、ここから敵に圧力を掛けつつ出来る限り早くセイを殺す』

『はいはい。ソリダ。俺にはそこまで焦る必要が無いとは思うんだ』

「しつこいな」


 つい念話を介さず声に出してリューを咎めた。

 ここに来るまでに王からの命令も、俺からの作戦も丁寧に説明した上でのこの戯言は、かなり不愉快だった。


「何が言いたい。リュー」

「何も?」

「はっきり言え」

「何もねえってば!!」


 遂に歩みを止めて彼を詰問したが、のらりくらりと逃げられた。

 が、俺はこの不穏分子を排除する事に決めた。  


「なっ!?」


 彼が悲鳴を上げた時には、俺の指示を受けたユスフスの精神操作が始まっていた。

 かつて、ガーギュリアスにもそうしたように、記憶を改竄し、リューにこの任務を完遂する事が至上なのだと錯覚させた。

 周りのカライ達に、僅かながら動揺が走ったが、それは小さな漣にしか過ぎなかった。


 そう、これだ。

 定期的に記憶を改竄し、無理にでも支配しておかなければコイツらは個を取り戻してしまう。

 操り人形から脱却しようと画策し、自らの考えで物事を進めようとするのだ。

 それが、朔では致命的だ。

 精神操作の魔法も、記憶操作の刺青も、全て無効化されてしまう。

 それまでに、我等でセイを殺し、その肉体が温かいうちに王へと献上するのだ。

 任務が終われば、朔が明けるまで逃亡していよう。

 そうでもしなければ、俺は彼らに八つ裂きにされるだろう。

 それ程の事を、俺は彼らに命じてきたのだから。


 前回の朔の時はまだ幼い者も多かったのでその時だけ鉄で補強した部屋に閉じ込めるだけで済んだが、この開けた大地ではそれは無理な話だった。


「リュー」

「何だ。ソリダ」

「手柄を立てれば任期満了も早まる。そうなればお前も自由だ」

「本当か? ソリダ」

「本当だとも」

 

 ありもしない報酬で彼らの希望を釣るのは何時もの事だ。

 俺も先代カライ達に、居もしない母を餌に随分と釣られたものだったが。

 全てを知った上で生き残ったカライが、次代の総領となる定め。

 俺は王朝の存続の為に血反吐を吐き続ける生き方を、何故選んだのか?


「行くぞ」


 感傷に浸っている暇は無かった。

 我等カライは駆ける。

 ありもしない未来の為に。


◇◆◇


 私は兄様からの合図を見て、意図を察した。

 召還した蛇が、敵なのか味方なのか判別しにくいので、分かりやすくして欲しいのだろう。

 蛇を少し発光させる事にした。

 以心伝心といえば綺麗だけど、単純に兄様の考えは何をしなくとも私の頭に入ってきたし、その逆もまた然りなのだろう。

  

 少ししてから敵の兵隊が門を潜って攻めてきたけれど、兄様達は簡単に撃退してしまった。


「ふふーむ。ここまでアッサリ引っ掛かるか。とは言え、これも前線に出ている者達のお陰だな」


 蛇の目を介して戦いを見ていた軍師様が感嘆の声を上げた。

 自分が褒められたみたいで嬉しかった。


 最近、私はここが自分の居場所なのだと思うようになってきた。

 セイ様の仲間の末席に名を連ねる事が、誇りだと思うようになって来ていた。


 先々代のライネス当主だった祖父は、人に騙されて荘園と小麦畑を失った。

 その衝撃から病に伏したまま彼は死んでしまい、残ったのは荒れ果てた山野と借金だけだった。

 その跡を継いだ父は、山野の樹木を伐採して売る事業を起したが、人の手の加わっていない山野の木々はそれ程高くは売れなかった。


 そこで父は思い切った行動に出た。

 ありとあらゆる私財を全て処分し、借金の返済に充てると、「無い袖は振れない。もうこれ以上は何も無い」と返済元へ伝えて回ったのだ。

 山野も人の手に渡り、邸宅を引き払って市街の借家で生活を始める頃には相手方も諦め、あるいは納得して手を引いてくれた。

 父は慣れないながらも勤め人として働きに出た。

 母も始めて針に触り、私達の服を繕ってくれる様になった。

 私は楽しかった。

 邸宅に住んでいた頃のギスギスした閉塞感も消えたし、何よりも父と母は喧嘩をしなくなった。

 私は父から召還魔法を学び、時々兄と魚釣りに行った。

 本当に楽しかった。

 そう、あの日、私達の町に魔王コスゴリドーが来るまでは……。


「ライネス一族の名誉を取り戻す」


 私は呟いた。

 今は『妹』とだけ呼ばれているけれど、私はいずれ母がつけてくれたあの可憐な名前を、ライネスの名誉と共に取り戻すのだ。

 

◆◇◆


「軍師さん」

「何だ。リーンか」


 あたしはリーンが聖域から出てきた事に余り驚かなかった。

 いずれは彼女から接近してくる事は分かりきった事だったのだから。


「何だ、とは言い草ね。……今、時間ある?」

「見ての通り、セイは拘束され、敵はもう迫っている。後でも構わんか?」

「んー。セイ、どうなってるの?」

「ああ、そこから説明するのは億劫だ。分かった。少し腹に詰め込むからその間リーンの話を聞こう」

「ありがとう」


 シンが早速聖域を出入りして果物を持ってきてくれる。

 彼が手早く皮を剥いてくれる梨や桃を頬張りながら、リーンの話を聞いた。


「私も戦いたいの。それでね。刺青の<死神>を返して欲しいの」

「そりゃあ無理な相談だろう。あれをお主に返却したら、またセイ殿の腕を切り落とすかも知れん。シン、フマは最後に食べる」

「えっとね。私を制御していたのは<蝸牛>って刺青なの。あれが指令を吐き出して私を操っていたの」

「例えそうだったとしても、信頼に値する証拠が無い。諦めろ」


 リーンはガックリと頭を傾けたが、なおも言い募った。


「でも、今から戦いが始まるんでしょう? 私、今までの借りを少しでも返してから、立ち去りたいの」

「簡単に立ち去るとは言うが、お主には色々聞きたいこともある。拘束こそして居らんが、勝手に去られても困るぞ」

「ううー」


 リーンは苦悶の表情で体を捩じらせていた。

 あたしはため息をつくと、吟遊詩人の刺青なら返しても良いと伝えた。


「え? 本当!?」

「嘘をつく理由が無い。その代わり、身の危険が無い限りここに居てくれ。落ち着いたら色々聞きたいからな。交換条件という訳だ」

「そういう事ね。分かったわ」


 あたしはポーチを隠し持って居たが、それを引っ掻き回して黒い粒子が球になった物を取り出した。

 リーンの背中にあった刺青は四つ。

 どれが吟遊詩人の刺青か分からなかったので、トーラーに<選別>を唱えてもらってから分別した。


「ほら、これが吟遊詩人だ。だが、刺青の粒子が凝り固まったこの球で大丈夫なのか?」

「ええ。本質的にその粒子を理解しているの」

「そうか」


 リーンが、「おいで?」と黒い粒子の球に囁くと、それは螺旋を描きながら彼女の周りを飛び回り、少しずつ背中へと消えていった。


「この子は、私の為に殺された吟遊詩人の魂が宿っているの。生贄として悪魔の血に捧げられた後、粉末状に加工されてから私の背中に来たの」

「なるほど」

「他の子も同じ。けど、蝸牛だけは違うの。あれは司令塔で、なおかつ拘束。洗脳と記憶操作の為の、自我を持たない呪い」


 興味が沸いたが、今は知的探究心を満たす時ではない。

 皆で歯を食いしばって生き延びる事が最優先課題なのだ。


 その時、メア卿がフラフラと倒れた。

 もう倒れるのはこれで三度目だが、『妹』が<回復>の霊薬を飲ませ、トーラーが治療に入った。

 メア卿は限界を超えた量の魔法罠を張っていた。

 先程、「五百……」と聞こえたので、今ではそれ以上の数の罠がこの谷に所狭しと張られているのだろう。

 彼女は天使と融合し、最早可聴域を超えた高速詠唱で<麻痺の罠><沈黙の罠><混乱の罠><盲目の罠><感電の罠>といった呪文を設置していたのだ。


 流石にこれ以上は無理と判断したのだろうか、天使がメア卿の身体より出てくると、微かな明滅を繰り返した後、セイの足元に向かった。

 天使は何時ものように浮けず、サリサリと砂礫の上を滑るようにして転がっていった。

 メア卿は立てるようになると、流し込むように霊薬を飲み干してから、セイに優しく頬ずりした。

  

「何時まで、そこでそうしているつもりなのですか?」


 突き刺さるようなメア卿の言葉。

 そのキツイ言葉とは裏腹に、メア卿は色の抜けたセイの髪を優しく撫でた。


 その時、一番外周の罠が幾つか発動した。

 

「コモン隊、応戦準備!!」

『おうさッ!!』


 ここは魔法の罠の森。

 メア卿が決死の覚悟で作った我等が最後の砦。


 コモンの号令の元、戦士達が更なる防衛線を張った。


「襲撃者どもよ!! セイ殿の睡眠を邪魔立てするならば容赦はせんぞ!!」

「ははは!! コモン様、上手い事言いますねっ。俺ぁザッパ!! ザッパ=アモスデン。死にたい奴からかかって来な!!」

「ブルーザ=フィガナー、お相手仕る」


 麻痺の罠に掛かったらしい敵に、三人の戦士が踊りかかった。

 コボルドと何かの混血児か?

 斑に体毛が生える男がコモンの袈裟切りを避けきれず、肩口から血を噴出した。

 だが致命傷とはならず、そいつは<転移>か何かで掻き消えた。

 それと時を同じくして、別方向の罠が発砲する。

 スティグがその方向に斧を投擲したが、当たらなかった。

 思った以上に、即席の防壁は役に立たなかった。


「軍師!! 上だっ」

「な……」


 トルダールが上空を指さした。

 見上げるとあたしの真上に、翼を畳んだ赤龍が自由落下して来るのが見えた……。

 自由落下してくる赤龍をアーリエスは捌ききれるのか。

 そして、トウワの決意。


 次回、「朔の試練 ⑯」

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