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208 朔の試練 ⑭

 ゾロアの統率者マルガンの指揮の下、ガリンズ達が門を中心として堀を複数穿つのを何となく見ていた。

 俺は時折梟に変身し辺りを見回ったが、特に人影も無く、静かな物だ。


「コンキタンの兄上様」

「どうした? マルガン……殿」


 彼らゾロアとは同じ時期に雇われたという事以外ほぼ接点が無かったので、マルガンへの返答がとって付けた様な言い方になってしまった。

 それでもマルガンは意に介さず、語りかけてくる。


「周囲に居る蛇達は、妹君が召還した蛇でしょうか?」

「ああ、そうだな。……それがどうかしたか」

「いえ、非常に強力な毒蛇でしたので、妹君が使役していないのであれば排除しようかと思いまして」

「なるほど」


 俺が蛇達に向かって手を振ると、彼らは身震いしてから淡い燐光を放った。

 

「妹に話を付けた。微かに光ってるのは味方だ」

「畏まりました」


 ゾロア達が蛇を怖がっていたのならば悪い事をしたな。

 しかし、あのフォーキアンの軍師は的確だな。

 これだけ穴を穿てば投石器も騎馬も意味を成さないだろう。

 ガリンズは指示を全て終え、そのまま門の周りの土も掘り返してデコボコにする。

 そこに魔王種が水を撒き、ぬかるみにしていた。


 作業の途中で門から斥候が飛び出したが、ヘラルドとあの魔王種が容易く処理した。

 早速魔王種が斥候を手駒にすると、尋問を開始した。


「ふむ。お前、名前は? 所属と階級を言え」

「ベルマ=ズイ。ヤザ隊所属。魔道兵」

「向こう側は現在どのような状況だ?」

「はい。ケルネ少将号令の元、およそ三千の兵が準備を整えております」

「こちらの状況は向こう側に伝わっているか? お前の任務は?」

「いえ。それは聞いておりません。私は、<雷鳥>を習得している点を買われ、情報収集に駆り出されました」


 それからも、散発的に斥候が飛び出したが、彼らはぬかるみに足元を掬われ、混乱している間に容易く絡め取られた。

 あのガイアリースという魔王種は、余りにも強すぎる。

 しかし、セイ様に恩義を感じているというこの魔族は、イスティリ様の不在を埋めるには良かったように思う。

 まるで、天の采配か。

 我等の攻守の要とも言えるイスティリ様が失踪した瞬間、突如として現れた魔王種。


「だが、俺達に必要なのはイスティリ様だ」


 声に出さずに呟いた。

 イスティリ様は妹が月の障りで苦しんでいた時、毎日のようにあの魔法の木の実を分けて下さった。

 それから妹は体質が変わったとかで、重かった月々の苦しみが劇的に改善されたのだと言う。

 あの方は、本当に魔族なのかと疑うほどに優しく、天真爛漫だ。

 俺は、俺達はあの方の為なら報酬も何も要らない。

 そう思えるほどに、俺と妹は彼女を慕っていた。

 だが、現実は残酷だ。

 彼女は失踪し、セイ様は大きく傷を負った。

 体にも、心にも。


 俺と妹は誓う。

 もう一度、イスティリ様とセイ様が手を取り合って笑顔を見せ合う。

 その日まで、我等ライネスはセイ様の手足となって戦おう。


『ヴォォォォォー!!』


 その時、俺の思考を分断するように鬨の声が闇夜に響き渡った。

 門から百近い歩兵が飛び出し、その背後に投石器が展開し始めたのだ。

  

「さあ!! おいでなすったね!! このガイアリースが歓迎するよ!! ヘラルド、それにコンキタン!! 準備は良いかッ」

「おうさっ」

「おう!!」


 俺は大梟に変身すると、上空へと飛び立った。

 

◇◆◇


 勇猛で知られたコドモス=ファルス率いるコドモス中隊は、二百の兵を二段階に分けて突撃させる作戦に出た。

 第一陣が門を飛び出すと同時に、計六基の投石器と、それを動かす兵十八名も、門を抜ける。


「コドモス隊!! とつげ……うぉ!?」


 だが、彼らは汚泥に足を取られてしまう。

 投石器は門を抜け出た瞬間に一斉射撃を敢行する手筈であった為、門に背を向け、取り囲むように展開していた。

 敵がいたならば、最低でも一基は目標を補足できるだろうと言う考えだったのだ。

 しかし、投石器は汚泥に傾き、そのまま二基が横倒しとなって数名が巻き添えを食って死亡した。


「くそだらぁぁぁぁ!! 突撃!! 突撃!! 突撃ィィィ!!」


 コドモス隊の精神的支柱であるコドモス=ファルスはぬかるみに膝まで埋まりながら邁進した。

 <暗視>の力により捉えた敵影に剣の切っ先を向け、兵を鼓舞しながら進む彼はまさしく勇猛果敢な戦士であった。

 だが、その蛮勇も僅かな時間しかもたなかった。

 幾条もの<稲妻>が彼らに飛来し、避ける術を持たない兵たちは次々に斃れて行った。


「ええい!! 魔術師なんて餓死寸前の野犬だぁ!! 一撃当てればこっちのモンよ!!」


 <稲妻>の斉射にも耐えたコドモスは更に前へ前へと突き進む。


「なっ!? これは……」


 だがしかし、新月状に穿たれた堀が彼らの行く手を阻む。

 しかも最低な事に、その堀には液体が満たされていたのだ。

 コドモスは左右を見、その堀の切れ目を探す。

 が、見当たらない。

 いや、後方に垣間見れるが、そこに行き着くまでにあの魔術師達に背中を向ける事になる。


 一瞬の迷い。

 その虚をつくようにして、またしても<稲妻>が飛来した。

 阿鼻叫喚といっても差し支えない程の蹂躙が繰り広げられ、コドモス=ファルスとその部下達の大半は冥府の橋を渡った。


 時間差を置いて、第二陣が門より飛び出した。

 第一陣の惨状を見た彼らは、ぬかるみに苦心しながら安全圏を探した。

 そうして、ようやく堀の切れ目を見つけ、そこに我先にと殺到した。

 だが、それすらも罠であった。

 巨大な梟が飛来し、彼らをその鉤爪で持ち上げては堀に放り込んだのだ。


「うぁぁぁぁ!! 沈むッ。沈むッ。たっ、うあ……」


 板金仕込みの皮鎧が文字通り足を引っ張った。

 飛翔する死の門番に勇ましく剣を向けるものも居るには居たが、死期を早めたにしか過ぎなかった。

 目を血走らせ、反対方向に駆け出す者も居たが、ぬかるみを抜け反対側に着くまでに<稲妻>の洗礼を受けた。

 射程ギリギリで放たれた<稲妻>は直接当てては来なかった。

 汚泥に突き刺すようにして放たれるその魔法の電雷は、兵達を感電させ、戦意を喪失させたのだ。 

 

 展開された投石器の内四基は、最早木材と成り果てていた。

 衝撃波を放つゾロア兵達からの猛攻を受け、大破したのだ。

 残りの二基は、単に横倒しになり潰す必要が無かっただけなのだから、もうまともに機能する投石器はこの戦場には存在しなかった。


 ……アタシは、その光景を『目』として派遣した者の視点で見ていた。

 唐突に、媒介にしていた水晶が何も映さなくなった。


「死んだか……」

 

 アタシは愕然とした。

 ここまで用意周到に準備されつくした戦場が未だかつて存在しただろうか?

 まさしく虐殺と言うべき他は無かった。

 しかも、向こうは少数であるようだった。


「ぐ……。弓兵を展開させるか? それとも……魔術師も出すか?」


 ここで思考を停止させればケルネ一族の名折れ。

 素早く考えを巡らせ、答えを探す。


 ソリダは時間を稼げといった。

 罠に嵌っているよう見せかけろともいった。

 つまりは、セイを殺す手段は別にある。


「……別働隊が居るのか」

 

 このまま戦力の逐次投入を行って無為に消耗するのは愚かの極みだ。

 多少の犠牲は無論致し方ないのだが、無策では駄目だ。


 ……確か、起動させた後の門でも、<転送>で移動させれたな。

 門を移動させ、その上でこちらの出現場所も少しでも遠く離れた場所にするのだ。

 あの場所を避けさえすれば、こちらにも勝機はある。


「おい!! 魔術師どもを連れて来い!! ソリダの野郎に一泡吹かせるぞ!!」


 アタシは、ケルネの名に賭けて、ソリダより先手を打つ。

 旨い所だけを吸わせてなるものか。

 セイを追い詰めて殺すのはこのアタシだ。

 それが、今しがた冥府へと旅立った兵達への弔いとなるのだ。


 ソリダめ、見て居ろよ。 

 アタシの兵を囮に使った代償は支払って貰うからな……。


「お前達に頼みたい。我等の為に死の任務へと赴いて欲しい」


 到着した魔術師達にそう伝えると、彼らの反応は大きく二つに分かれた。

 一つは、詳細も聞かず身を強張らせて目を逸らす者達。

 もう一つは、しっかりとアタシの目を見て、身を乗り出す者達。


「我等は獅子髪ケルネの魔道歩兵。当代様よりの命、謹んでお受けいたします」

「そうか。……すまん」


 尻込みした魔術師達は退出させ、残った者達に現状を語った上で、任務を与えた。


「門を移動させ、そこから<転移>で退避せよ。出来る限り遠くへ飛べ。アタシはケルネの名に賭けて、お前達の名誉を守ると誓おう」

「ありがたいお言葉……」


 今回も、『目』を作る。

 <透明化>を使わせてから十五名の魔術師を向こうに派遣する。

 そうして、門に<転送>を唱えさせた。

 亀のような歩みだが、少しずつ門は移動し始めた。


(ま、魔力が吸われる……)

(この汚泥から抜け出すまで、我等の魔力が持つか……)


 バシャン!!

 

 上空から大梟が飛来したかと思うと、汚泥を撥ねながら即座に蛇へと変容した。


「あうっ!?」


 透明である筈の魔術師が絡め取られ、締め付けられる。

 そこに新手も加わった。

 赤い髪の少女が現れた。

 彼女が詠唱すると、<透明化>は次々と解除されていった。

  

「門を移動させる気か!!」


 次々と斃れる魔術師。

 アタシは断腸の思いで歩兵を突撃させた。

 百人の兵は汚泥の戦場で肉の壁となり、魔術師達を守った。


「これ以上の消耗は……」

「五月蝿いッ。それ位分かっておる!! だが門を移動させん事には……。うううッ!!」


 武官の戯言にはウンザリだ。

 自身の血肉である兵達の死に最も敏感なのはこのアタシだというのに!!

 怒りで我を忘れそうになるが、それでも水晶球を食い入るように見つめていた。


「門が……」


 門が大きく動き始めた。

 兵に囲まれた魔術師達は皆、目や鼻から血を噴出させながら呪文を唱え続けたのだ。

 彼らは自らの命を代価とし、この任務を完遂させようとしていた。 


「お前達の……お前達の勇姿は忘れん……」


 ……こうして、十五の魔術師と百の歩兵を犠牲にし、我等は平地へと門を移動させる事に成功した。

 この時点で、三百を超える兵が冥府へと渡っていた。

 アタシの、誇り高きケルネの兵達が……。

 遂に平地へと門を移動させる事に成功したケルネ。

 彼女の次の一手は?

 そしてケルネの兵を陽動とし、ソリダ達はセイに接近する。

 

 次回、「朔の試練 ⑮」

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