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205 朔の試練 ⑪

「潔くここで果てるか、投降し命を乞うか選べ!!」

「何を……」


 一瞬躊躇うが、視界の端でウマーリが門へと足を引き摺っていくのが見えた。

 私は彼に恩を売っておくことにした。

 

「わ、分かった!! 投降する。お願いだから命だけは助けて!!」


 大声を張り上げ、ウマーリの援護射撃をする。

 が、魔王種が感づいて反転した。

 ウマーリは背後から剣で刺し貫かれた。


「ゲフッ!?」

「貴様。何故生きている!? 致命傷を与えた筈だ」

「言う訳ねぇだろ。くそ餓鬼」


 魔王種は容赦無くウマーリの首を落した。

 ウマーリは、そのまま自身の首をゆっくり抱えると、悠々と……歩みを進めた。


「なんだと!!」


 魔王種がウマーリの足を切り落としたのが見えた。

 私は一旦退く事にし、転移を唱えようとしたが、上空で待機していた敵魔術師に打ち消された。

 首筋に虎が牙を立てようと飛び掛ってきたが、これは龍を呼び盾として難を逃れる。 


 ウマーリは崩れ落ちる寸前、自身の首を投げ飛ばした。

 首は数度撥ねて門の手前に転がった。


『我、ウマーリ=ソランが命ずる。アラシャ第二門よ起動せよ』


 その<広域念話>で門が鳴動し始めた。

 鏡に光が広がり、人の声が聞こえ始めた。


『おかしい。まだ朔には十五ザンはあるぞ。どうなっている!?』

『伝令!! 伝令はどこだ!!』

『斥候を出せ!!』


 魔王種がウマーリの頭を蹴り潰す。

 と、そいつは何と門を吸い込み始めた。


 ズ・ズ・ズ……。


「なっ!! こいつも《悪食》使いなのか!?」


 だが、起動した門はその場に残った。

 鏡状の薄い膜だけがその空間に残ったのだ。


「くっそー。手の内を曝け出してこの失態。大体門なんて現物見たのが初めてだっ!!」

 

 魔王種がブツブツ言っている間に、もう一度<転移>を唱えた。

 龍の巨体が私の詠唱を隠し、無事逃げ延びる事が出来た。

 呼吸を整えてから、<呼び寄せ>で双子と龍を合流させると、一旦は様子を見ることした。


「最悪だな」


 私のため息をどう捉えたのか、双子が目に涙を溜めながら擦り寄ってきた。


「姉さま、ごめんなさい」

「姉さま、ごめんなさい」

「いいや。お前達は良くやった。これで実践の難しさが分かっただろう? その経験を次に繋げれば良いのだ。気にしなくて良いが、決して忘れるな」

「はい」

「はい」


 さて、ここからどうすれば良い?

 私は魔法の小袋から治療薬を取り出して、飲みながら思案する。

 一旦はソリダと連絡を取るか。

 その間に双子には休息を取らせ、龍は離れた所に居るよう指示を出そう。

 

「双子達。食事をしてから少し寝よう。ほら」

「姉さま。何処から出したの?」

「姉さま。何処から出したの?」

「ご飯を食べたら毛布も出してやるからな。疲れただろう?」

「うん」

「うん」


 私は双子達が寝静まってから、ソリダに連絡を取った。

 カライ達の総領、ソリダ=ル=カライに。


◇◆◇


 スヴォームの領域へと足を踏み入れた瞬間、俺は溶鉄の海へと腰まで沈んだ。


「ぐはっ!!??」


 下半身が徐々に消し炭になっていくのが感覚的に理解できた……。

 気が狂いそうな激痛で意識は細切れになる。

 そこに容赦なくスヴォームの蟲が殺到し、俺の上半身に齧りついた。


「小僧。なにをしに来た」


 俺は返事をしようと口を開けたが、その口の中にも蟲が押し入り舌を噛み千切られた。


「ハ・ハ・ハ!! ハ・ハ・ハ!!」

「オ……」


 お前、わざと蟲を誘導しただろう?

 俺は激痛に耐えかねて溶鉄の海に沈んでしまいたい感覚に陥った。

 だが、こんな所で挫けるならば、ハナからこんな所までは来ていないっ!!


「スヴォ……」

「ハ・ハ・ハ!! まだ言葉を発す事が出来るか!!」


 ザザザザザザザ……。

 更なる蟲の群れが飛来し、俺は皮膚を、肉を毟り取られた。


「ぎっ……!!」 


 余りの事に気が狂いそうになる……。

 俺は骸骨となって溶鉄に沈み込んでゆく。

 かろうじて、顔だけが海より出ていたが、眼球も食われ視界を奪われた。


「高々ニンゲン風情が……」


 ブチリ……。

 俺の首を胴から引き千切り、スヴォームは俺の眼下にその針金の指を入れて持ち上げているのが分かった。


「ス……」

「まだ分からんか。貴様のような弱き存在が、我に楯突こうとした事自体が妄言以外の何物でも無かったのだ!!」


 彼は俺の頭を放り投げたらしかった。

 俺は沈む。

 溶鉄の海に沈んでいく。

 体は焼けて溶け、骨は欠片となっていった。


 チリン……。

 最後の意思が掻き消えていく最中、俺は確かに鈴の音を聞いた。


 溶鉄の海の底で、手の感覚だけが俺にはあった。

 ゆっくりと手に力を込めると、硬い鈴の感触が感じられた。

 赤い紐が遥か上空まで延びていた……。

 その紐の先を見ようと目を凝らす。

 徐々に視界が戻っていく。


 紐の先を辿ると、ウシュフゴールが涙を流しながら佇んでいた。

 赤い軌跡が、俺と彼女を繋ぐ。

 その彼女からは、更に真紅の糸が紡がれ、メアへと繋がっていた。


 そして……。

 もう一本の糸が、彼方へと、遥か彼方へと伸びていた……。


『ウシュフゴール。君もお揃いなのか』

『はい、三人とも真っ赤なお揃いの紐です。私が買って来ました』


 俺は衝撃と共に希望を見出した。


『セイ様。これは、私たちです。私たちだと思って、握っていて下さい。そして、その紐の先に繋がるものは、イスティリの未来なのだと、覚えておいて下さい』


 俺はもがいた。

 溶鉄の海を浮上すべく力の限りを尽くした。

 

 力を込めるたびに、その力を込めた部分の感覚が戻る。

 そうしてなお、皮膚は、髪は、筋肉は焼けるが、燃え尽きる事無く、俺は灼熱の海を抜け出た。


「ぐぅぅぅぅ!! あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「何ッ!!」


 ここは精神世界だ!!

 俺はそう自身に言い聞かせた。

 そう、この溶鉄の海へと沈むのも、あくまで俺が流体の上では立つ事が出来ないという固定観念に囚われているからだ!!

 

「何が起こったと言うのだ!? 人の身でありながら、貴様は何故そこまで……」


 初めてスヴォームが言い淀んだ。

 俺は溶鉄に足を付け立ち上がると、スヴォームを見据えた。

 彼は、その針金の巨体を四足獣のように展開し、俺を見下ろしていた。


「スヴォーム。俺の話を聞いてくれ!! あがっ!?」


 次の瞬間、俺はスヴォームの横薙ぎで腰から真っ二つになった。


「何様のつもりだ!! 我の領域に無断で進入したと思えば話を聞けだと? 貴様は朔の贄として大人しく供儀台に乗っておけば良いのだ!!」

「ぐ……。スヴォー……」


 頭を持ち上げられ、そのまま頭蓋骨を粉砕された。  

 下半身は溶鉄に沈み、俺はまたしても蟲に集られ、食われた。


 だが、鈴を握り締めた掌だけが残った。

 そこから肉体が再生する。


「……ウシュフゴール。メアッ。イスティリ!! イスティリーーーーーぃ!!」


 俺は愛する乙女達の名を叫んだ。

 恥も外聞も無く絶叫した。


 俺がここで敗北すれば、彼女らは死ぬ。

 アーリエスやコモン達。

 そして、ゴスゴやイズス達が死ぬのだ!!


「俺は……。お前に話があって、ここまで来た。スヴォーム!!」

「くどい!!」


 真上から叩きつけられた金属の塊で、俺は肉塊へと成り果てた。

 俺がもう一度体を再生させると、今度は上空へと放り投げられ、落下の衝撃で糸の切れた操り人形のようになってしまう。

 それでも立ち上がると、今度は燃え盛る樹木で串刺しにされ、そのまま百舌の早贄にされてしまった。

 

「ハ・ハ・ハ!! もうすぐ朔が始まる。いや!! 今まさに、太陽が欠け始めたぞ!! この精神世界も悪食の沈黙と共に掻き消えるだろう。戯言は終わりだ。セイよ!!」


 その言葉に、俺は何か違和感を感じた。

 だがそれが何かは分からなかった。

 俺は胴に突き刺さった樹木の枝を、体を揺すってようやく折り取ると、自由の身になった。


「スヴォーム……」

「貴様は何が言いたいのだ? 弱き者よ。苛烈な力を持ちながらにして、その行使を躊躇う矮小なる者よ」

「俺は、弱い。だが愛するものの為に、全てを乗り越えてみせる!!」

「ハ・ハ・ハ!!」


 哂い声と共に、薙ぎ払いが飛んでくる。

 俺はその一撃を受け止める。


「なっ!?」

「スヴォーム!! 俺が万が一死んだ時には、ディバとルーメン=ゴースがこの体を処分する手筈だ。だが、それは無しだ。その時はこの肉体をお前が自由に使え!!」

「莫迦な。……本気で言っているのか!? とうとう気でも狂ったか」

「いいや!! 気など狂って居ない!! ……これはあくまで取引だ!! もし朔で俺が死ななかったら、その時は俺の話を聞いてくれ」

「ハ・ハ・ハ!! ハ・ハ・ハ!! この我と取引だと!! お前が死ねば肉体は我の物。そして、お前が生きていれば話し合いの場を設けよ、と?」

「そうだっ!! 悪い取引じゃあないだろう!!」


 針金の塊が鳴動した。

 スヴォームは少しの間沈黙し、それから改めて口を開いた。


「そこまでして、我に何を求める? セイよ」

「俺はお前を理解したい!! 誇り高き禍神よ。俺はお前を理解したいんだ!!」

「……」


 唐突にスヴォームの世界が崩れだした。

 俺は彼によって上空へと投げ飛ばされた。


「よかろう。これは取引だ!! 我はここで見ていよう!! お前の生き様を!!」


 俺は《悪食》内の層を突き抜け、現実世界へと送還された。

 スヴォームの言う通り、太陽が欠け始めていた。

 セイが意識を取り戻すまで、外の世界では何があったのか。

 そして、遂に訪れた朔。

 

 次回、「朔の試練 ⑫」

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