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204 朔の試練 ⑩

 <浮遊>を使いコンキタンに突撃した龍を見下ろす。

 虎へと変容していた彼は、素早く大梟になると空へと飛び立った。


「よくも!! ウマーリ様を!!」


 龍の背にまたがるハーフリザードマンが絶叫した。


「……ヘラルドはどう見る?」

「意識のある龍なんてどう足掻いても支配できないよな。だとすると気絶している龍を無理やり支配下に置いたとしか考えられん」

「同意見だ。ああ言うのは術者を落すものと相場が決まっている。馬鹿正直に龍に突撃する必要は無い。援護を頼む」

「了解した」


 リザードマンに<睡眠>を乱打する。

 が、龍の角に巻きついた炎と氷の精霊達が、その魔法を吸収した。


「簡単には運ばぬか!!」


 赤龍は飛翔し、私に火炎を吐いたが、それは<転移>で避けた。

 どうも敵は動きがぎこちない。

 まだ制御慣れしていないのだろうが、馴染む前に決着を付けたい。


『ガイアリース!! <閃光>を使う!! 俺の後ろに』


 そのヘラルドの言葉に反応し、即座に彼の背に転移した。

 漆黒の夜に突如炸裂する真っ白な光。


「ごががぁぁぁ!!」

「ぐぁ!?」


 龍とリザードマンはその閃光をまともに喰らい、体制を崩した。 

 私はその間隙を縫って龍の背に乗る操者に剣を付きたてた。


「ギャア!!」


 背から細剣を突き入れると、心臓を一突き。

 と、なれば良かったのだが、この一撃は敵の肺を貫通しただけだった。


 精霊達が私に纏わり付き、至近距離で魔法を唱えようとしているのが分かった。

 咄嗟にリザードマンを羽交い絞めにすると、精霊たちが躊躇した。

 龍の背骨にありったけの力を込め、踵を垂直に降ろす。


 ゴスッ!!


 余りの苦痛で龍が羽ばたくのを止め、落下した所にリザードマンを投げ飛ばした。

 リザードマンは辛うじて<転移>で付近の大地に転がると、姿を消した。


「<透明化>か!!」


 だが、大梟が颯爽と舞い降りると蛇へと変容し、リザードマンを捉えた。

 蛇だから熱源感知に長けているのだろうか?

 だとしても、あの反応の速さと咄嗟の機転には驚く。


 蛇にギリギリと締め上げられるリザードマンを救出すべく精霊達が動いた。

 彼らは人へと変容すると、長い詠唱に入る。

 ヘラルドが<転移>で炎の精霊だったほうを遠方に投げ飛ばす。

 私はコンキタンの身の安全を考え、彼を<転移>で私の元へと飛ばした。


 氷の精霊だったほうが使ったのは<急速腐敗>だろうか。

 盛大に誤爆してリザードマンの右手がドロリと溶けてしまった。


「ああっ!! 姉さま!?」

「ぐぅ……!!」


 この様子だと、組し易いか。

 赤龍を操れる実力者だとしても、護衛にもならない未熟者二名だけではどうにもならんだろう。

 能力は魅力であったし、随分と敵方の内部事情に詳しそうな様子であったので選択肢を与えた。


「潔くここで果てるか、投降し命を乞うか選べ!!」

「何を……」


 だが、否定的な言葉とは裏腹に、敵の葛藤が透けて見えた。


◇◆◇  


 俺はスヴォームと対峙しなければならない。

 あの禍神を理解しなければ、このまま仲間たちと共に、死を待つのみなのだ。

 こんな中途半端な所で挫ける訳には行かない。


「アーリエス。俺は今から、意識の下層に居るスヴォームの元へと向かう」

「そうか。決心したか」

「うん。結局、アイツを何とかしなきゃ何時まで経っても堂々巡りだ。決着を付けて来る。いや、理解してくる」

「理解してくる?」

「うん。何故、彼がここまで俺に激怒し、敵意を抱くかを理解しない事には、この問題は解決しない」

「そうか……」


 スヴォームは誇り高い神だ。

 己の矜持を持ち合わせた、誇り高き禍神なのだ。


 俺が垣間見たあの溶鉄の異世界で、彼の思想に触れた事があった。


 <形あるものは全て崩れる>

 <それこそが全てのものに与えられた道理であり、権利なのだ>

 

 <無限は存在せぬ>

 <全ては有限であるからこそ、尊いのだ> 


 ……彼にとってこの世界救済の旅は、傲慢以外の何物でも無いのだろう。

 この滅び行く異世界を救うという俺の行いは、彼にとっては只の自己満足にしか見えないのだ。


「セイ……」


 メアが俺を抱きしめた。

 彼女は、長い長いキスをしてくれた。


「……この続きは、帰ってきてからね」


 メアは無理に笑おうとして、泣き出してしまった。

 俺はその涙を片手で拭う。


 ウシュフゴールが黄銅の鈴を付けた、赤い紐を俺に握らせる。


「セイ様。これは、私たちです。私たちだと思って、握っていて下さい。そして、その紐の先に繋がるものは、イスティリの未来なのだと、覚えておいて下さい」

「イスティリの、未来……」

「はい。私を食べるのは構いません。けれど、イスティリだけは、食べないで下さい。イスティリの未来だけは、食べないで下さい」

「……お前達を食べたりするものか」

「では、それをお見せ下さい。でも、覚えて置いてください。私は貴方になら食べられても構わないと思っています」

「……ウシュフゴール」

「私は美味しいかもしれません。いえ、とても美味しいと思います。けれど、イスティリは凄く不味いと思うんです。ですから……」


 ……ですから、イスティリの未来だけは、食べないで下さい、か。

 何と優しい言葉だろう。

 この子は、必ず自分よりイスティリを優先する。

 自分の命よりも、イスティリの命を優先するのだ。

 

 セラが俺の周りをせわしげに飛び回った。


(セイ。いってらっしゃい。わたくしは、貴方の帰還を信じております……)

「……行って来るよ」


 返事を待たず、俺はあの《悪食》内の神々の間へと意識を進入させていった。

 僅かに光が差し込む、あの薄暗い部屋。

 そこに到達すると、蝋燭が一本だけ灯っており、ディバが待っていた。


「よく来た。セイよ。お前は本質を理解しつつある」

「……」

「今まで我等は、《悪食》に呑まれれば、次の《悪食》所有者を自らと同じ立場に堕とし込み、肉体を奪う。ただそれだけの為に存在していた」

「ディバ」

「うむ。我等は空いた肉体を用いての現世復帰を追い求める。渇望する。だが、それはどの道一時的なものに過ぎないのだろう。結局《悪食》を制御出来ず呑まれた者が、現世へと復活したからといって更なる高みに到達できる筈が無いのだ。また、いつかは『堕ちる』だけだ。では、何故、我等はこの中で存在し続ける? 次の所有者を引き摺り落す為なのか? それを永遠に繰り返しつつ、ここで無限の責め苦を受け続ける為なのか? 俺はそれを瞑想の中で理解しようとしていた」

「ディバはそれを理解できたのか?」

「いいや。まだ結論は見出せて居らぬ。だが、これだけは言える。我等は機会を与えられている。この、《悪食》に……」 

「《悪食》に、機会を与えられている……」

  

 何も無い空間に、唐突に観音開きの扉が出現した。

 ディバがそれを開けると、その向こう側には下りの階段が見えた。

 

「付いて来い。層を下り、あの禍神の元へと行こう。お前は人でありながら、我等を理解しようと試みた。単純に制御しようとしたのではなく、『理解』しようとした。俺はそこに賭けてみたい」

「ああ」


 階段を下りきると、小さな円形のフロアで、中央に苔むした小さな僧院が見えた。

 僧院は外壁を茂る蔦で、今にも押しつぶされそうな印象を受けた。


「ここはもっと陰鬱な黴だらけの場所であった。俺はそこで襤褸を纏い、汚泥に塗れながら部屋の隅で震えて居ったのだ。しかし、今では光が差し込み、時折鳥も遊びに来る」


 ディバは微かに笑うと、僧院の脇に出現した扉を開いた。

 

「行け。ここから先はモーダスの領域だ。だが、彼はお前に興味が無いだろう。あの空間は、彼だけの空間だ」

「彼だけの空間?」

「行けば分かる。だが、忘れるな。言葉を発せず下りの階段を探すのだ。余計な厄介ごとを背負い込む必要は無い」

「分かった。ありがとう、ディバ」

「うむ」


 俺が階段を下りきると、そこは謁見の間とでも言うのだろうか?

 縦に長い石造りのフロアの奥まった所には玉座が据えてあり、そこにモーダスが深々と腰掛け、猛烈な勢いで料理を平らげていた。


 モグモグ・ゴクリ・グビグビ・バクンッ!!

 ムシャムシャ・ズズズ・グゥエーップ・グゥエーップ!!


 彼の咀嚼音が下品な音楽となってフロアに木霊する。

 その音に合わせるように、白い不定形の生き物が一心不乱に木琴に似た楽器を奏でていた。

 

 ギンゴン・ゴゴン・ゴアゴン・ゴゴゴッ!!

 ゴゴッゴゴッ・ギギン・ゴッガーッン・ゴッガーッン!!


 その合間にも、モーダスの目の前に置かれたテーブルには、やはり白い不定形の従者が入れ替わり立ち代り料理を運び込み、山のように積み上げていった。


「おおいッ!! ガルマビッジュの煮込みはまだか!! ゴレグッズの刺身おかわりっ!! フーダルダルのソテーは添え物を必ず付けろよ!! ハンゴレの冷スープは必ず三杯ずつ持って来い!!」

「ヒヒュー!!」


 白い生き物が返事をすると、主の命令を遂行すべく、駆け回っていた。

 突如モーダスの長い舌が飛び出したかと思うと、盆を下げていた従者を絡め取って丸呑みにしてしまう。

 その様子に興奮したのか、木琴がより一層狂乱の音を奏でた。


 俺はその中を出来る限り静かに歩き回ると、目的の扉を探し出して降りた。


(飽きたぁ!! 飽きたぞ!! 同じ料理ばかりで飽きたぁ!!)


 微かにモーダスの声が聞こえたが、その調子だと俺の存在は全く目に入っていなかった様子だった。

 彼の領域を抜けると第三層だ。

 ルーメン=ゴースの領域。


「良く来たな。セイ。少し飲んで行け」


 手入れの行き届いた庭園の中央に椅子とテーブルが用意してあり、そこでルーメン=ゴースがワインを飲んでいた。

 俺も椅子を引いて腰掛けると、彼女からワインを注いでもらった。


「ふふ……。ここは以前荒野であった。私が最後の信奉者を石にし、齧った荒野だったのだ」

「ルーメン=ゴース……」

「だが、今では美しい庭だ。少しなら果樹もあり、時折実も生る」


 ルーメン=ゴースは洋梨に似た果物をナイフで剥いてくれる。

 

「ここは、いわば我等の現状であり、心境の変化を如実に表す空間だ。これは、お前が取り戻してくれた私の誇りだ」


 彼女は優しく俺の口に洋梨の欠片を押し込む。

 柔らかく笑ってから、立ち上がった。 


「だが、ここが私の終着点なのか? こんな小さな空間で隠遁者のような生活をするのが私の求めた事であったのか?」

「いや。……違うだろう」

「そうだな。お前には私の過去を見せたのだったな。私は、もう一度あのルーメン=ゴースの人々の笑顔を見たい。この箱庭では無く、あの世界に還りたい」

「その為に、俺は何をすれば良いんだ? ルーメン=ゴース」

「あの蟲の王が何を求めるのかを理解せよ。死ぬな。その二点だけだ。今は、な」


 もうル-メン=ゴースは次を、この先を見据えて考えを巡らしていた。

 彼女の見るその未来に辿り着く為にも、俺はスヴォームの元へと向かわなくてはならない。


(これは、セイの第二の試練なのです)


 セラの言葉が聞こえた。   

 その告知が終わると同時に、下層への扉が現れた。

 ルーメン=ゴースが無言でその扉を開けてくれた。


 俺は、遂にスヴォームの領域へと足を踏み入れたのだ。 

 高揚感は瞬時にして描き消え、激しい動揺を隠し切れないユスフスはどう出るのか。

 そして、スヴォームと対峙したセイの試練。


 次回、朔の試練 ⑪

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