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203 朔の試練 ⑨

「不利になる前に夜襲をかける」

 

 アーリエスとか言う名のフォーキアンが、皆を集めてそう宣言したのは日が落ちる寸前の事だった。

 私はここで、この谷底で陰鬱な夜を過ごすよりはと、その奇襲案に立候補した。


「では私が出よう。敵を殲滅させればこっちが動けなくとも問題無くなる」

「助かる。ガイアリース殿」

「ま、その間にあそこの蜘蛛糸さんが、自分の<力>を制御してくれる事を祈るが」


 私がセイに片目を瞑ると、彼は神妙な顔で頷いた。

 セイの持つ祝福が《悪食》である事は知っていたが、それを口に出すほど愚かではない。

 出来ればセイに随行する者たちの能力や技術も吸収したかったが、慎重に駒を進めたかったので幾つかは模倣せずに流した。


『あの魔道騎士、地味だが基礎は抜群そうだ。それにコンキタンは確かビーストマスターズ・ネストの後継か。ヘラルドも多彩な魔術を使う。後は、あのオーク。異能持ちだが、もう少し近づかないとな……。おおっと!! あのシレーネ。今じゃ殆ど見ない闇魔法を使った。<影稲妻>は模倣できたが、残りも……。ああっ』


 目の前にご馳走が並んでいる。

 そう表現してもおかしくないほどに、セイの周囲には研鑽を積み、技術を身につけた者達が複数居た。

 それに、まだ色々隠している奴が居るな……。


 セイへの借りを返しつつ、私はこの者たちの技術・能力を全て模倣する。

 笑みが零れそうになるのを押し留め、フォーキアンに問う。


「で、私だけで良いのか? 一応指示された事はやってのけるが、お前の考えと私の考えが、正確に合致しているかどうかは、どうしても不安が残るぞ」

「ふふーむ。確かに。では、こちらの意図を理解しつくした……」

「オレですね!!」


 ヘラルドだったか。

 あの魔術師が身を乗り出してフォーキアンに熱い視線を送り始めた。

 コンキタンの男も静かに名乗り出た。


「ふふーむ。では三人に頼もうか。兵站を荒らし、敵の数を減らして欲しい。出来れば門も壊したいが、壊せるかどうか……」

「全滅させても良いんだよな?」

「もちろんだ。あ、サイクロプスは必ず〆て欲しい」

「分かった」


  私は同行することになった二人と簡単な打合せをする。


「私は、少しばかり薬品に詳しい。まあ、良く燃える製油なら幾らでも出せる、とでもしておこうか。それを空中から散布しつつ、めぼしいのを殺す。そこからは、二人に任せたい」

「分かりました。じゃあオレは、そこに<火球>を打ち込みます」

「うん、正解。ああ、本当に惜しいなあ、お前が魔族なら配下にしたいくらいだ」

「はは」

「で、コンキタンには……」

「そうですね。炎に炙られてバラけたのを個別に狙いましょうか」

「おおっ。 意図を理解してくれて嬉しいぞ。……なあ、お前。名はなんと言うのだ? コンキタンということはライネスの子孫だろう。さしずめレイオスといった所か?」

「名は、捨てました。適当にお呼び下さい」

「そうか。詮索するつもりは無かったのだ。すまぬ」

「いいえ」


 魔道騎士が補助魔法を立て続けに唱えた。

 私は正直その呪文の合間を縫って<解析>などが飛んで来るのではないかと警戒したが、それは杞憂に終わった。

 偶然味方をしてくれている魔王種が機嫌をそこねでもしたら大変だと分かっているのだろう。


「では、行って来る」

「頼んだ。ガイアリース殿」

「ああ」


 敵陣には直線で向かわず、西より大きく迂回した。

 私とヘラルドは小刻みな<転移>で進んだが、ライネスの末裔は大梟となって飛翔した。


「澱みない、芸術的なまでの魔力の流れ。素晴らしい変身能力だな」


 梟は目的地に到着すると、今度は虎となって地に伏せた。

 私は作戦を実行する。


 まずは一番外周に居た歩哨らに、先程習得した<睡眠>と<夢遊病>を使い 二体のサイクロプスを襲撃させた。

 痛みに飛び起きたサイクロプス達が暴れ、歩哨を叩き潰し、捻じ切った所が見えた。


 慌てて飛び起きた兵達がサイクロプスに気を取られている間に、上空へと退避して、敵陣に『精油』を撒いた。


「うわっ。なんだこれ。雨?」


 次の瞬間、ヘラルドが<転移>で小刻みに移動しながら、<火球>を連射した。


 ごうっ!!


「うわわわわっ!!」

「て、敵襲ー!! てきしゅ……」


 ヘラルドが声を上げる敵兵に直接<火球>を当てると、そいつは火達磨になって陣の中を転げ回った。


「何事かッ!!」


 燃え盛る炎の中で、天幕からエルフが飛び出しかとと思うと、すぐさま呪文を詠唱した。

 

「<鎮火>か!! なんと悠長な詠唱!! ボンクラめがっ」


 私はそいつの詠唱を潰すべく突撃した。


「お前が指揮官か!!」


 敵は素早く剣を抜いたが、なんとも緩慢な動きで鼻で笑ってしまった。

 辛うじて捌いてはいる物の、敵は不利を悟り背を向けて逃亡を始めた。


「イリュース!!」


 その声に、男の指輪からグリフィンが飛び出すと彼を背にして飛び立つ。


「遅いッ。オレの渾身の<雷撃>を、喰らえー!!」


 ヘラルドが男の頭上から<雷撃>を撃ち込むと、堪らずグリフィンは錐揉みで落下し、派手に地面へと激突した。

 男は辛うじて巻き込まれるのを回避したが、業火の中に突っ込んで悲鳴を上げる。


「ええい!! 何という!! 何という事だ!! フストを出せ!! 敵の力を封じるのだ!!」


 だが、その言葉に応える者など居なかった。

 誰もが、我が身可愛さの余り、逃亡し、安全な場所を探して右往左往した。

 燃え盛る炎を避け、陣を飛び出した者に、虎となったコンキタンが襲い掛かり確実に喉笛を噛み切った。

  

 あのエルフが天幕を切り裂く。

 中から女を引きずり出すと、そいつは絶叫した。


「我、ウマーリ=ソランが命ずる!! 隷属する者よ!! 我が手足となりて呪を撃て!!」

「……はい。わたし、レー=メイリスはとなえます。ウマーリさまのために。……ひとつちからうしなえ。ふたつちからうしなえ。みっつ……ゴフッ?」


 馬鹿か。


「そんな悠長な魔法が、間に合うものか!!」


 後二人、<三叉路の交差>を使うものが居るんだったな。

 ……その天幕か。

 私が<火球>を乱打すると、中から悲鳴が木霊した。

 炊きつけ代わりとなった、人であった何かが、エルフにしがみ付こうとしてそのまま崩れ落ちた。


「ば、馬鹿なぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫するエルフに、剣を突き入れる。

 なんだ、簡単だったな。

 そう思った矢先、私は誰かの転移魔法で上空へと運ばれた。

 

「ヘラルドか!!」

「悪い!! 他に良い案が浮かばなかったんだ!!」


 今しがたまで私が居た場所に向かって、真っ赤な龍が猛烈な勢いで火炎の吐息を繰り出した。


「なっ!! エルシデネオン!?」


 何故、ここにエルシデネオンが居るのか。

 

「何だ、あれは!! ガイアリース、龍の角に撒きついているのは何だ!!」

「炎と氷の精霊? 見たことも無い波長だ!!」


(クスクスクス……)

(クスクスクス……)


 精霊が笑った。

 龍がコンキタンに突進した。

 彼は辛うじて避けた。


「雲行きが怪しくなってきたな……」

「ああ」


 私とヘラルドは、何故この場に赤龍が来たのかが理解できずに居た。


◇◆◇


 本陣が炎に包まれるのを眺めながら、もう今から部隊の救出に向かっても到底間に合わないと言う結論に至った。

 これは始めから分かっていた事だ。

 こちらが奇襲するのならば、敵からの奇襲もあり得たのだ。

 にも拘らず、ウマーリは最も戦力になるカライ三名を向かわせたのだから、この結果は分かりきった事だった。


 だが、多分味方が全滅したとしても、ウマーリだけは生き残るだろう。

 仮にもソラン氏族であるのだから、奥の手の一つや二つ持っている。

 そして、門の鍵を扱えるウマーリが生き残っていさえすれば、まだまだこの作戦が成功する可能性は高い。

 

 私は改めてそう結論付けると、蝙蝠を呼び出して進入検知にわざと引っ掛からせた。

 そうして罠を一つずつ潰して回ると、気絶するエルシデネオンの前までたどり着くことが出来た。


『起きなさい』


 昏倒している者を意のままに操る禁呪を使い、赤龍を支配下に置いた。

 背筋を電流が走り、陶然とする。


(私は、今、伝説の赤龍を支配している!! ああっ!! なんと素晴らしいっ)


 だが、赤龍が覚醒してしまえばこの拘束は絹糸のように容易く引き裂かれる事だろう。


『姉さま!! コイツら強い!! 助けてッ』

『姉さま!! コイツら強い!! 助けてッ』


 苦戦していた双子達が音を上げ始めた。

 ここが潮時か。

 

『双子達よ。私の援護をせよ』

『はいっ』

『はいっ』


 双子達は私の意図を察し、敵の包囲をすり抜けて飛来するとエルシデネオンの角に撒きついた。


『姉さま、これが切り札ね!!』

『姉さま、これが切り札ね!!』

「そうよ」

 

 私は敵の追撃を避けながら、龍の背に飛び乗る。


「奇襲は失敗に終わったが、良い手土産を貰った!! さらばだッ。悪食使いとその手下どもよ!!」

「待て!!」

「は・は・は!! 待つものか!!」


 柄にも無く、心が昂ぶった。


「私は、今、伝説の赤龍を支配している!! ああっ!! あああっ!!」 


 この時ばかりは、精神操作の呪文ばかりを学ばされた事に感謝した。

 今までの苦痛が、氷解してゆくのが感じられた。

 私、ユスフス=ル=カライは生まれて初めて心から笑った。

 赤龍を支配に置いたユスフス対ガイアリース達。

 そして、セイはスヴォームと対決すべく、意識の下層へと下ってゆく。


 次回、「朔の試練 ⑩」

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