202 朔の試練 ⑧
(俺も、あんなふうに戦えたらな……)
俺は眼点で触手を見ながら呟いた。
コモン達のように俺も戦う事が出来れば、少しでも役に立つのに……。
(俺はかつて水を統べる者の眷属だった筈だ。その力は何処に行った? 株分けするごとに、失っていくかつての力を、取り戻せないのか?)
闘技場でイスティリが倒れた時、俺は何を出来た。
……何も出来なかった!!
そう、何も、出来なかった……。
フワフワと空中を漂い、少しコーウが得意なだけの荷物水母が、世界救済に旅についてゆく事自体が間違いなのか。
ああ。
消えてしまいたい。
いっそ、麻痺毒を頼りに、敵に突っ込むか。
自暴自棄になりそうな思考に、嫌気が差す。
誰でも良い。
俺に、このトウワズベリキギグイネイガタリダロンに力をくれ。
……ああ。
消えて、しまいたい。
……ああ。
力が、欲しい。
……ああ。
消えて、しまいたい。
◇◆◇
「ウマーリ様。斥候は一人しか生き残っておりませんでした」
「そんなことだろうと思ったよ。で、生き残りはどうした?」
「は……。どうやら魔術で口を割られた様子で、ご報告に上がるだけの勇気が持てない様子です」
俺はその言葉にフィネを一気に煽ると、捲くし立てた。
「ゆうううぅきだぁぁぁぁ!? そんな言葉はどうでも良い!! 何処まで割られたのか、何を話したのか精査せんと話が進まんだろうがぁぁぁ!! 御託並べてる暇があったらとっとと連れてこいやぁ!!」
「は……ッ」
慌てて姿を消す配下にフィネの瓶を投げつけると、代わりを持ってこさせた。
「ユスフスを、呼べ」
新しいフィネを持ってきた奴に命令を下すと、あの緑鱗にエルフ髪の小汚い女が現れた。
落ち行く太陽に赤く染まった鱗が、より一層女の姿を醜いモノに変えた。
「お前。汚名を雪ぐ機会を欲していたな。あの人形達と一緒に、これより先、斥候の役割を果たせ」
「はい。しかし、斥候には私だけで出ます」
「チッ。ここで何故そんな言葉が出る? 『はい。分かりました』で十分だろうが」
「しかし、双子達は隠密行動に向いておりません。その様には作っていないのです」
俺は腹立ち紛れにユスフスの顔面に拳を叩き込む。
カライ如きが!!
「……双子達も連れて行け」
「はい……。分かりました」
口の端から血を滴らせながら、ユスフスは頭を下げた。
次に来たのは、斥候の生き残りだ。
左右から羽交い絞めにされ、どんよりした目を向けるそいつに問いかける。
「女。名はなんだ」
「ダルモッド=レン、です。我が君」
「そうか。ダルモッド。お前は敵方に捕らえられ、口を割ったそうじゃないか?」
「ウ、ウマーリ様!! それは誤解です!! どうか。どうかご慈悲を!!」
顔を歪め、ボロボロと涙を零す女の胴に剣を突き立てたい衝動に駆られる。
しかし、他の者の目もあるこの状況ではそれも出来ん。
「それは、お前次第だ。明日グリフィンの朝食になりたくなければ、洗いざらい話せ」
「は、はい……」
ようやく話し出した女の情報を鵜呑みにする必要も無いが、敵方の魔法兵と魔王種の連携で捕縛された後、記憶が途切れ途切れになったのだそうだ。
「時折、意識が戻ったのですが、その時にはもう、こちらの情報は随分と敵に伝えてしまっていたのです……」
「ふ。軍法会議ってのがあれば即斬首にでも出来そうだな。だが、ここで戦力を削る事に意味を見出せん」
俺の言葉に、女は安堵の表情を浮かべた。
「よし、こうしよう。この作戦が失敗すれば、お前は家族の前でノコ引きの刑だ。成功すれば罪は不問の上、除隊にしてやろう」
「ノ、ノコ引き!?」
その場にいた、俺以外の者達全員が動揺した。
ははは。
楽しいじゃないか。
「ああ。ノコ引きだ。お前達にも言っておくが、この作戦が失敗すれば俺は一巻の終わりだ。俺が終わるなら、当然、お前達も苦しんでもらわなくちゃあ、割に合わん」
「……」
「なぁに。王にセイの首を献上出来りゃあ、褒美の一つでもくれるさ」
……褒美なんていらねぇよ。
そんな言葉をフィネで流し込んで、続けた。
「お前等!! よぉく聞けッ。サイクロプスどもの疲労が取れたら行軍を再開する!! こっから先が正念場だ!! 朔付近までセイ一派を追い回したら、五千の軍隊と重機が門を抜けて到着するのだ!! そこまでは、何としてでも喰らいつけッ」
『ハッ!!』
俺はフィネを一滴残らず煽ると、天幕へと入った。
そこには、鎖で縛られた女僧侶が三名、放心状態で座っていた。
「結構可愛いのも居るじゃねえか。勿体無ねえなぁ、<三叉路の封鎖>を習得したのも、こんな所で死ぬ為じゃねえだろうに。ははっ」
これは、俺がフスト学派に圧力をかけて寄越させた奴らだ。
どんな場合でも、切り札や、奥の手が無くちゃあやってられん。
門を壊される可能性はあり得た。
《悪食》で食えば一瞬だし、《強奪》で起動権を奪われればこの作戦は瞬時に瓦解する。
だが、その為にはあのセイが前線に出でてくる必要があるだろう。
それに対抗できる切り札が、こいつらだ。
「その切り札の存在が、アッサリ敵方に伝わるとは、な。やってられねぇな」
腹立ち紛れに一番若いのをヒン剥こうとした矢先、天幕の外が騒然となった。
「ウマーリ様!!」
「何事だ!!」
フィネの瓶を引っつかんで飛び出すと、赤い羽蟲が群れとなってサイクロプスの近くで螺旋を描いていた。
「敵襲、なのか?」
その言葉に反応するように、羽蟲から声が聞こえた。
『我が名はスヴォーム。贄を拘束した』
「なんだ!? どういう事だ!!」
蟲は返答を返さず、そのまま掻き消えていった。
「あいつらは何処から来た?」
「は……。南南西の方角より飛来しました」
確か、あの羽蟲はセイが制御出来ない神の使徒だったか。
「となると……。ははは!! 俺にも運が向いてきたな!! 総員、南南西に進路を取れ!! サイクロプスも動かせ!!」
『ハッ!!』
この俺の読みは当たっていた。
ユスフスが双子達と共に斥候から戻ると、それを裏付ける報告を上げてきたのだ。
「ウマーリ様。セイが悪神の制御に失敗したのか、この先の谷底で拘束されています」
「もう少し、詳しく語れ」
「はい。セイは右腕が金属の義手状に変化していたのですが、その義手がまるで蜘蛛糸のように解れ、谷底のありとあらゆる場所に突き刺さっております。その周りで、配下達が防衛の準備を始めておりました」
「そうか!! 身動きがとれず、仕方なく陣を張ったか」
「はい」
これなら、明日の朔開始まで敵の襲撃を避けつつ、防護に徹するだけで成功が待っている!!
となると、怖いのは相手の奇襲だけか。
こちらが全滅すれば、当然門が起動できずに失敗に終わる。
俺はフィネをあおりつつ、ユスフスに指示を出した。
「ユスフス」
「はい」
「人形達と夜襲をかけろ。セイを狙うフリをしながら相手を疲労させ、警戒させろ。ここに来させるな」
「はい。仰せのままに」
ユスフスが下がると、流石に酔いが廻ってきて、一旦休む事にした。
僧侶達はもう配備されてしまったのか居なかった。
少し残念だったが、まあ構わん。
王都に帰還すればそんな不自由をせんでも済むのだからな。
◆◇◆
「出番」
「出番」
「そうね、出番よ。双子達」
「はい、姉さま」
「はい、姉さま」
夜も更けた頃、双子を伴って奇襲を駆ける為、歩みを進めた。
「でも、姉さま。何故龍の事は黙っていたの?」
「黙っていたの?」
「聞かれたのはセイ達の事だけだからな」
「ズルい」
「ズルい」
「ええ。ズルいわ。でも覚えておきなさい。切り札は必ず必要。自分の身を守る為にね」
双子達は首をかしげていたが、谷の淵まで来た所で禁呪の準備をし始めた。
『虎よ。虎よ。虎よ。雷鳴と共に来たりて敵を討て!!』
『飲み込む者よ!! 来たれ!! 死肉喰いの蛭。汝の名はエジーサ!!』
炎を纏った虎と、成人男性ほどに大きな蛭が現れた。
虎が疾駆すると、進入検知の魔法が次々と解呪されていった。
火花を上げて弾ける敵の防衛魔法。
蛭が地面に埋没していくと、谷底で、『敵襲ー!! 敵襲ぅ!!』と聞こえた。
「行けッ」
「はい、姉さま」
「はい、姉さま」
双子の一人は人型の炎に変貌した。
もう一人は、人型の氷へと姿を変えた。
彼女らが突撃するのを見終わってから、私は<透明化>を使い、双子達とは逆方向から敵に近づこうとした。
が、ここにも進入検知があり、発砲してしまう。
「アーリエス!! 新手が!!」
「ウシュフゴール!! 範囲で<睡眠>を叩き付けろ!!」
「はいっ」
私は仕方なく一旦下がる。
谷の淵まで戻ると、双子達が苦戦している様子が見て取れた。
仕方ない、彼女達の援護に回るか……。
そこに、つんざくような轟音がとどろく。
「なっ!?」
見ると、ウマーリの本陣が燃え盛る炎に包まれていた。
セイ側の奇襲が成功し、ウマーリの本陣が炎の包まれる。
ユスフスはどう動くのか。
次回、「朔の試練 ⑨」




