201 朔の試練 ⑦
「コモン隊。前へ!!」
『おうさッ!!』
アーリエスの号令と共に、戦士達が壁を作る。
すかさずメアが、彼らに補助呪文を掛け始めた。
ヘラルドが<姿写し>を使ったのが見て取れた。
コモン隊の前面には、彼ら戦士の幻影が複数現れ、龍を威嚇した。
ズンズンと地響きを上げて赤龍が突進する。
そのまま幻影に強烈な体当たりを仕掛けた龍は、その手応えの無さにバランスを崩し、右肩から地面に突っ伏した。
「背面にグルーが居る筈だ。背骨に沿って鱗が歪に盛り上がっている所を探して叩け!!」
『ハッ』
アーリエスの指示は的確だった。
確かに背骨に沿って所々ボコボコと隆起している箇所があり、更には首の後ろあたりの鱗は剥がれ落ち、その場所には蠢く楕円形の黄色く光る物体が群生していたのだ。
「その球状の生き物がグルーだ!! 群れさせるな。纏まればそれだけ知力も攻撃性も増す!!」
コモン隊が獲物を奮い、その燐光を放つ異物を叩き落すと、それらは振動しながら元の場所へと、龍の延髄へと舞い戻ろうとした。
そこにメアの<雷撃>が飛び、クーイーズが漆黒の稲妻を放った。
幾つかのグルーがその魔術で蒸発したが、龍の延髄へと戻ったグルーが蒼い光を放った。
(危険信号検知。防護開始)
フォン……。
グルーの群体を取り囲むようにして、半透明のバリア状の膜が形成された。
俺はすかさず《強奪》を起動し、その幕を奪い去る。
グルーが鳴動し、彼らの驚きと焦りが手に取るように分かった。
コモン隊が斬撃を繰り出し、メアとクーイーズが魔術で的確に零れ落ちたグルーを始末していった。
ヘラルドもその戦列に加わると、グルーは必死の防戦を繰り広げた。
フォン・フォン・フォン……。
幾つもの防護膜を多層構造で展開し、龍を立ち上がらせると、壁を背にして火炎を吐かせた。
トーラーが火炎を遮断し、その間隙を縫って、大蛇に変身した『兄』が龍の足に絡み付いたのが見えた。
「なんだ!! お前ら強すぎるなっ!! 私の出番を残しておけよッ!!」
ガイアリースが身動きの取れなくなった龍に突貫すると、<転移>で背後に出て手にした細剣で多層構造の防護膜を貫く。
突如、細剣の刃に炎が宿ったかと思うと、その火炎は防護膜の内側で業火となってグルー達を炙った。
これは堪らなかったのか、グルー達は防護膜を解除してしまう。
そこにガイアリースの横薙ぎ。
こそげ落ちたグルーは容赦なく蒸発させられる。
(……退避セヨ。群レノ維持ヲ優先セヨ)
グルーが幾つかの群れとなって逃走を開始した。
トーラーが結界を張り、その群れを封印して行くと、その内側に居たグルー達は霧散し、結界の外側で新たにその姿を形作った。
「見た目に惑わされるな!! トーラー殿。そいつらは思念体だ!! <精神破壊><疲労>のような精神を削る魔法を使えっ」
「……どっちも正統派のシュアラじゃ学ばないっての。なら、槍で霧散させる!!」
トーラーが天空から魔法の槍を落下させると、その衝撃波でグルーの群れが幾つか消し飛んだ。
が、爆風で土埃が巻き上がり、視界が狭まった所で悲鳴が聞こえた。
「きゃあ!? 兄様!! 背中にグルーが!? た……たすけ……」
『妹』の背に幾つものグルーが蠢いていた。
すかさず兄は蛇への変身を解除すると、猛禽へと姿を変え、その蹴爪で持ってしてグルーを蹴散らした。
「そっちのコンキタンもやるな!!」
ガイアリースが稲妻を纏った鰐を呼び出すと、『妹』の背から零れ落ちたグルーを片端から丸呑みにして行く。
鰐の半透明の体の中では、グルーが薪のような音を立てながら爆散していく様子が見て取れる。
「油断するな!! 一匹たりとも残すんじゃないぞ!! ヘラルド殿は<多種族検知>で絞り込め!! メア卿は<敵意検知>を!!」
「了承した!! 軍師殿」
「はいっ」
アーリエスは味方魔術師の使える魔法を把握しているのだろうか。
それとも、ごく一般的な魔法なのだろうか。
それは分からなかったが、こういう時のアーリエスは本当に頼りになる。
唐突に、赤龍エルシデネオンが白目を剥いて倒れた。
彼は一言だけ囁くように呟いた。
「シズメ……」
神々との戦いで死んだ、赤龍エルシデネオンの片割れ、青龍シズメの名を彼は囁いたのだった。
俺が赤龍を見つめている間に、メア達が呪文を唱え終わり、アーリエスに報告を入れていた。
「軍師殿。もうここらにグルーは居ない。居るのは魔族と魔族の混種。オーク。それに龍か」
「そうか」
「アーリエス。<敵意感知>にも何も引っ掛かりませんでした」
「ふふーむ。では一段落か」
俺はその言葉に少しホッっとした。
が、次の瞬間冷水を浴びせかけられた。
『何とも暢気な物よな。もうすぐ貴様には死が迫っているというのに』
「……スヴォーム」
『丁度良い墓穴があるではないか……。人には大きすぎるかも知れぬが、掘る手間が省けたな』
「何を言っているんだ、お前は……?」
俺の金属の腕が紐解かれ、何千というワイヤーとなって足元の土や、谷の壁に埋没していった。
「セイ!!」
「セイ殿!!」
「セイ様!!」
俺はセラの中に逃げようとした。
だが、ありとあらゆる場所に穿たれたスヴォームの肉体が、それに抵抗した。
「ぐぁ!?」
セラへと飛べなかった反動で、スヴォームとの接合面から血が噴出した。
「スヴォーム……。貴様……」
『朔に殺されるのであろう? では、我がお膳立てを整えてやろうではないか!! ひたすら逃げて朔を回避する!? ハ・ハ・ハ!! ゴミめ!! 弱き者よ!! 散り際も知らぬ弱者に生きる権利など無い!!』
「ぐ……」
スヴォームの羽虫が、赤い明滅を繰り返しながら雲霞の如く飛んで行った。
行く先は……ウマーリ=ソランの所か……。
俺は力を振り絞ってスヴォームの意識を下層に押し込もうとした。
だが、何時も以上に金属の禍神は抵抗し、俺の表層意識に留まり続けた。
ディバとルーメン=ゴースが手助けしてくれたが、それをモーダスが阻害した。
「モーダス!!」
「何とも面白いことになってきたのう!! さあ、セイよ!! 混沌へと還れ!! 新たな椅子に座るのだ!! グフ・グフ・グファ・グァハ!! グファハハハハハハハハァ!!』
ようやく俺が、俺たちがスヴォームとモーダスを最下層へ押しやると、もう辺りは薄暗くなっていた。
「セ、セイ殿……?」
アーリエスがか細い声で呼びかける。
「う……。み、水を……」
右腕から伸びた針金が、蜘蛛の巣のように谷に張り巡らされていた。
その間を潜り抜けるようにして、メアが俺に水を持ってきてくれる。
「ここで来たか……」
「アーリエス。俺はどれ位意識を失っていた?」
「五ザンといった所か。ウマーリはもう目と鼻の先で布陣を整えておる……。お主が今、どのような状況であるかは、割れておる……」
「そうか。……すまない」
「だが、こちら側も何もしなかった訳ではない。色々と手は打った。この段差が、救いとなるかも知れん」
「この段差が?」
メアがそっと俺の頬に触れた。
ウシュフゴールが俺の左手にキスをする。
「うむ。兵も兵器も、この急勾配を降りてくるのは至難だろう。相手が攻めきる前に、お主は何としてでもその禍神を制御せよ。全ての者の命は、セイ殿が握っておる」
「……ああ」
コモンが寄ってきた。
彼は砥石を片手に持ちながら、ニヤリと笑った。
「ちょっと墓穴にしちゃあ大きすぎるとは思いますが、俺達全員分なら分からんでも無いですね」
そのブラックジョークに俺は声を上げて笑った。
一頻り笑った後で、コモンに頭を下げた。
「コモン。すまん」
「はは。何言ってるんですか。何時ものことじゃあ無いですか。そう、何時もの通り、ギリギリ勝って、旨い酒でも飲むんですよ。なあ、お前等!!」
『おうっ!!』
よく見ると、彼らは念入りに装備の点検をしていた。
建てたばかりの兵舎の木材を剥がし、即席のバリケードまで作ったらしい。
「ま、こんな時の為に建ててもらった訳じゃないんですが、死んだら元も子もないですからね」
スティグ=タカも覚悟を決めたのか、バリケードの内側に槍を出現させては、その穂先を外側に向けていた。
トルダールとレキリシウスが、その槍をロープで固定して廻っていた。
トーラーが俺の所にやってくると、クルリと一回転してから盛大なビンタを叩きつけて来た。
「お前なっ!! 街出て半日でもう絶体絶命とかやめてくれ!! 頼むから何とかしてくれッ。私はまだやりたいことが山ほどあるんだよぉ」
「す、すまん」
「すまんで済んだら警備兵なんかいらんのだッ。いいかっ。その針金の神を何とかしろ!! そしたら天使の中に入ってドロン!! だろ?」
「それが出来たら今磔刑されてる殉教者みたいな格好してないよ……」
「いいからなんとかしろよ~!!」
トーラーは盛大に怒ってはいたが、自分だけ逃げるという選択肢は無いらしい。
彼女はため息を付きながらバリケードに魔法を掛け始めた。
時々、恨みがましい視線が刺さる……。
「貴方も大変ね!! でも、私も乗りかかった船。最後まで付き合ってあげるわ」
「あ、ありがとう。ガイアリース」
「良いってば。貴方は私が瀕死の重傷を負った時、治療してくれたわ。私はそれに恩義を感じているの。借りを返すなら今、って訳」
それに、と彼女は続ける。
「私は貴方の事、気に入ってるの」
その言葉に、メアとウシュフゴールがイライラした様子を見せた。
ガイアリースは、その二人の反応をわざと無視した。
谷底での攻防。
ユスフスらの夜襲。
セイはスヴォームを制御できるのか?
次回、「朔の試練 ⑧」




