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199 朔の試練 ⑤

ウシュフゴールは、呪文<夢遊病>で支配下に置いた黒いローブの女に問いかける。


「名前は?」

「……ダルモッド=レン」


 女は虚ろな目でウシュフゴールの問いに答える。


「何故、貴方は私達を見張っていたの?」

「ウマーリ様の命により、セイの居場所を逐次報告する為」

「ウマーリって、どんな人?」


 そこで女は少し沈黙した。

 眉を潜め、口がワナワナと震える。


「ウマーリについて、教えて?」

「…………彼は、王位継承権第八位、ウマーリ=ソラン様。この作戦の指揮官」

「作戦?」

「う……」


 そこで女は首をブンブンと振って、目をカッと開いた。

 だが、即座にウシュフゴールが<睡眠>を連打すると、女はクタリと崩れた。


「起きなさい」


 女は、曇った眼差しを自身の支配者に向けながら、立ち上がった。

 その様子を見たザッパが震え上がった。

 

「ううっ。眠り姫が味方で良かったぁ!! なあ、ブルーザ」

「……うむ。先手を撃たれたら、コモン様でも勝てないんじゃなかろうか」


 ウシュフゴールはコモン隊に眠り姫と呼ばれているのか。

 その眠り姫当人は、澱みなく尋問を続けた。


「今回の作戦。詳細を教えて?」

「……はい。朔に合わせてセイを殺す。その為に、『鏡』を用意した。朔の手前で、鏡から物理的な兵器や兵隊を突撃させる作戦」

「何故、セイ様を殺すの……?」

「彼が持つ祝福を、ソランが得る為」


 メアは居心地が悪そうにしていた。

 それもその筈。

 彼女は王都で叙勲を受けた魔道騎士なのだから、ソランの王から拍車を受け取っているのだろう。

 俺がメアの腰に手を回すと、彼女は俺の肩にコツン、と頭をつけた。


「でも、身軽な私達を、あんな大掛かりな物を運びながら追う事が出来るの?」

「洗脳した僧侶三名が随行している。<三叉路の封鎖>を使い、セイの能力や、天使への避難を封印する」

「ちょっと待て!! <三叉路の封鎖>を唱えれば術者が死ぬ!! 神聖な僧侶をなんと外道な事に使う!?」

「……」


 アーリエスが口を挟んだ。

 が、彼女の問いかけには女は全く反応しなかったので、変わりにウシュフゴールが同じ問いかけを繰り返した。


「我等は所詮、駒。道から外れようが外れまいが、所詮は駒にしか過ぎないのだ」 

「そう……。少し、眠っていなさい」


 女は床に崩れ落ちた。 

 アーリエスが合図すると、コモン隊が心得た、とばかりにローブの女を紐で縛った。

 ご丁寧に猿轡まで噛ませる。


「ふふーむ。となると、一旦本格的に姿を眩ませるか。前門に赤龍、後門にソラン。今は無理をすべき時では無い。……セイ殿、分かってくれるか?」


 アーリエスは最後の言葉を、優しく、丁寧に言った。

 彼女は俺に気遣った。

 一刻も早くダイエアランを抜け、ハランディアに行きたいと急く俺に気遣ったのだ。


「ああ。アーリエスの言う通りだ。それこそ、朔が終わるまでは永久に南下してでも無理は避けるべきだ」

「そうだな」


 アーリエスは幾分目じりを下げ、ホッとした顔をしてからコモン隊に指示を出した。

 

「ヘラルド殿の斥候が終わり次第、ここを引き払う」

「はっ!!」


 アーリエスはガイアリースに向き直ると、手短に説明を始めた。


「と、まあ。セイ殿を殺させる訳にはいかんので、恥も外聞も無く逃げ回る事にする」

「我等能力持ちはどうしても朔が弱点だ。仕方あるまい。しかし、まさかセイがソラン氏族に狙われているとはな。よし、面白そうなので同行しよう!」

「面白そう、か。魔王種らしい発言だな。所であの赤龍の件だが……」

「ああ。翼は<封印>が効いたので当面大地を蹴って移動するしか出来ん。距離さえ把握しておけば特に問題無いだろう」 

「……グルーに乗っ取られたのか? よもや神話の龍がグルー如きに。情けない」

「まだ完全じゃあないな。張り付いておいて、朔で支配を終わらせる算段なのだろう」

「ふふーむ。魔力や異能に頼らない利点を生かすにはもってこいだからな」


 俺は彼女らに、そのグルーという者が何者なのか聞いてみた。 

 と、同時にスピリットにも問いかける。


「セイ殿。グルーは、一個人じゃあないな。精神寄生体グルの枝というか末端だ。この大地の奥底に封印されたグルは、実体を持たぬが、実体を欲している」

「で、色んな生き物に取り付いて実体を持とうとするんだけど、宿主も抵抗するからなかなか巧くは行かないのよ。セイ」

「それで、第一段階として念波を使って相手を疲弊させ、思考を最低の段階まで落とすのだ」

「そそ。そこで初めて憑依と言うか、グルの思考を送り込んで、脳を直接、『上書き』するの。思考元をグル。思考先をグルーと区別しているの。それで、寄生に成功したグルーは宿主が死ぬまでグルに栄養を送り続けるの」


 ガイアリースとアーリエスは、互いに相槌を打ちながら説明してくれる。


【解。グル、あるいはグルーは精神体である。二神が救済した種の体に紛れ込み、ウィタスへと潜入した。しかし、露見し二神によってマグマ層に封印された。……この世界の原理・原則にのっとらない、所謂サイコキネシスやテレパシーといった超能力を駆使するが、その彼らの主なエネルギー源は他種族の、『脳波』である。また我等、擬似人格にとっての天敵でもある。ウィタスにおいては意思を持つ杖や魔法剣の擬似人格を直接エネルギーに替えてしまう為、大変嫌われている】

「グルは他の生き物を乗っ取ったり、擬似人格を食べないと飢え死にしてしまうのか?」

【解。簡潔に言えばその通りである。以前より、補給の為、末端が封印の網をすり抜けて地上に出る事はあった】

「そうか」


 そのグルに寄生されつつあるエルシデネオンを放置して逃げるべきか否か。

 俺はアーリエスに提案する。


「アーリエス。無理は承知で、エルシデネオンからグルを消し去りたい。協力してくれないか」

「セイ殿。今は無理すべきじゃない……」

「しかし、神の座に最も近い赤龍を、このまま見捨てるのは不可能だ」

「……分かった。但し、危険と判断したら即時退却する。これだけは最初に約束してくれ」

「ああ。約束しよう」


 その時、あのクーイーズが俺の前で頭を垂れた。

 彼は祈るような仕草をした後で、語りかけてくる。


「私の名は、クーイーズ。ネフラの託宣により、『神の印』を探す者クーイーズ。どうか、私もお連れ下さい。貴方様には、『福』に印が見えます」

「……『福』の印?」

「はい。貴方様の頭上に、その、猫の耳と尾が付いた、丸い紋章が透けて見えるのです。神々しいまでに清浄で、優しい猫の印です。試練突破者に与えられる、栄誉の印」

「猫の印……。そうか……」

「はい。グルーなら<脱魂><精神破壊><疲労>のような呪が役に立つでしょう。私はそういった破壊的な、攻撃的な呪を沢山習得しております」


【解。ネフラ派は、『神は死に、我等は神の肉を喰らい生き長らえる』という教義の異端派である。肉しか食せず、僧職でありながら破滅的な呪文のみを習得し、それを持ってして邪を懲罰する。さしずめ、『毒を持って毒を制す』とでも言うべきか】


 彼は今しがたの話を全て聞いていたにも関わらず、俺に着いて行きたいと言った。

 幾分危険な香りもしたが、それでも今まで誰も指摘しえなかった、『猫の耳と尾を持つ印』を見たという一点だけでも信用できる気がした。


「ああ。では頼めるか?」

「畏まりました」


 クーイーズは鮫のような歯を見せて笑った後、散乱していた自分の荷物を整理し始めた。

 会話の途切れを待っていたのか、『妹』が報告してくる。


「申し上げます。今、最初に召還した蛇が鏡を捉えました。時間が掛かりましたが、四方から取り囲むように配置してあります。鳩は駄目でした」

「ふふ-む。蛇の視線をこちらに寄越してくれるか」

「はい。数匹だけ同調率を上げてありますので、少し音声も拾えるかもしれません」

 

 見ると、一つ目の巨人が二体。

 体高は十五メートルはあるだろうか。

 貧相な腰みのだけを付け、ほぼ裸身に近い彼らの肩には、大きな蜂の刺青が施してあった。


「呪紋か……」


 その巨人達が、鎖でずるずると巨大な鏡を引き摺りながら進行する。

 巨人の周りには、魔術師や兵士が散開しており、二台の幌馬車が巨人の左右を併走していた。


 その集団の後ろを、グリフィンに騎乗したエルフが偉そうにながり立てていた。


『失敗は許されん!! もし万が一にもセイを取り逃がしてみろ。一族郎党・親類縁者全てひっくるめて奴隷落ちだ!!』


 兵士達は皆一様に能面のような無表情となって、そのエルフの暴言を聞き流していた。


『くそ。帰りてぇなぁ』

『もっと俺達を気遣ってくれる上司が良いな』


 蛇の耳から入る兵士の愚痴は、甚だ最もな意見だ。

 エルフがグリフィンを駆り、空を舞う。


『斥候はどうした!! 定期連絡はまだか!!』


 唐突にヘラルドが<転移>で戻ってくる。

 彼は衣服を丸焦げにし、髪の毛がチリチリになってはいたが、煤だらけの顔で歯を見せて笑った。


「セイ様。敵方の斥候は全員始末しました」

「ご苦労様」


 俺はヘラルドの目を見て労う。

 彼は敵を殺したのかもしれないが、それは俺たちの事を想っての行動だ。

 仲間の為に危険を侵したヘラルドが、責められる言われは無い。 


「ヘラルド殿。他に変わったことは無かったか?」

「はい。軍師殿。この寺院は敵に割れてます。赤龍は南南西の枯れた谷底に誘導して叩き落しました」

「そうか、エルシデネオンは谷底か」


 アーリエスとヘラルドは、手早く情報交換し始めた。

 

「ちょっと杖もヒビはいったので、取り替えてきますっ」


 彼は一旦セラの中に引っ込んだ。

 その時、何処かからリーリーリーという金属を擦り合わせるような音が聞こえてきた。


「セイ!! ノヴ様から貰った腕輪が!!」


 メアが驚きの声を上げた。

 殆ど単なるアクセサリと化していた、あのノヴから貰った腕輪が蒼く明滅を繰り返していた。

 今まで繋がる事の無かった、ノヴ=ソランとの直通回線が、このタイミングで始めて繋がったのだった。

 沈黙を破り、連絡を入れてきたエルフの王族、ノヴ=ソランの意図とは。

 セイ一行は谷底に落ちた赤龍エルシデネオンから、グルーを剥ぎ取る事が出来るのか。


 次回、「朔の試練 ⑥」

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