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198 朔の試練 ④

 サイクロプスに曳かせた門を何処に設置するかで幾分思案した。

 カライ達の落ち度を、ソランであるこの俺が尻拭いせねばならんとはな……。


「ウマーリ様。斥候が帰りました。セイ一派は南南西の廃寺院に逃げ込んだ模様です」

「近いな。秘密裏に門を設置する事は無理でも、朔手前まで追い回してから起動しよう」

「はい。その様に段取りを組みます。ウマーリ=ソラン様」


 配下が去ると、入れ替わりで件のリザードマンの混種、ユスフスが神妙な顔で現れた。


「ウマーリ様」

「どうした?」

「是非、我等カライに汚名挽回の機会をお与え下さい」

「あのさ。朔が始まった瞬間、リーン=ル=カライに持たせてあった<闇爆弾>が起動してセイを爆殺する作戦は不首尾に終わったワケ。分かる? リーンが功を焦って突撃して、身包み全部剥がれた結果ね」

「は……」


 俺は頭をガリガリ掻くと、この女を従軍させた事を後悔した。

 なんて面倒で、損な役回りなんだ。

 王位継承権第八位なんてゴミだし、ノヴがガレで耽溺している間、俺はこうやって泥に塗れて危険な仕事に従事しなくちゃあならん。

 汚れ仕事は下位の役目とは言え、自身の手を汚した事の無いあのガキが次代の王だと思うと反吐が出る。

 いっそセイが持つ祝福を手に、反旗を翻すか?


「お前が記憶を操作してくれているお陰で色々助かっている部分もあるから今は処罰しない。勿論、この作戦が失敗に終わった場合、腹を切るのはお前達カライなワケだが」

「……ですので。我等カライに機会を」

「んー。お前、アタマ固いね。もうちっと柔軟になったほうが良いよ」


 とりあえず、相手方の斥候鳩を片っ端から撃ち落させると、フィネを煽った。

 ガレは流石にやめとこう。

 いつの間にか、ユスフスは消えていた。

 

「ああ。面倒だな……」


 俺もガイネやオリヴィエのように失踪すれば良かったかな?

 あるいは、ルードの様に軍部の中枢に食い込んで、替えが効かない役回りを演じれば良かったかな。

 この時点で一番上手く立ち回ったのはルードだな。


 どの道、ソランなんて飾りだ。

 ちょっと箔のついたカライにしか過ぎん。

 それを理解した所で、所詮は王朝の為の歯車からは抜け出せはせんのだが……。


◇◆◇


 私はウマーリに軽くあしらわれた。

 仕方なく下がるが、彼は気にも留めていなかった。


 魔力が一定量を割った瞬間に起動するよう作られた<闇爆弾>は、リーンの所持品に偽装させ、彼女に七つも持たせていたのだ。

 それをセイの《強奪》で一挙に失うという事は、不運な偶然という他は無かった。


 村一つが吹き飛ぶ威力の爆弾が、不意を突く。

 誰も対処出来る訳が無い。

 そして、巻き込まれた奴らを確実死に至らしめる……筈だった。

 朔が進行し、リーンごとセイを爆死させれば、彼の遺体から祝福を奪うのは容易い事だった。

 この作戦が成功すれば、私は晴れて自由の身だったのに……。


「……リーンめ」


 先手を打って、ここを単身抜け出し、セイを殺すか?

 いや、この縦割の社会でそれは無謀だ。

 例え殺害に成功したとしても、ウマーリは黙って居まい。


「双子よ」

「はい、姉様」

「はい、姉様」

「ウマーリの作戦が失敗しないよう、援護に徹する。心して掛かれ」

「はい、姉様」

「はい、姉様」

 

 今回、私が連れてきた駒は二人。

 失われた禁呪のみを学ばせた、攻撃兵器。

 <火球>や<稲妻>はおろか、初歩的は魔術を全部すっ飛ばして作った殺戮人形達。


 もう少し成長したら、より制御しやすいよう刺青も入れよう。

 身体が成長して、刺青の造形が崩れてしまうのは避けたいからな。


 私は生き延びる。

 この荒れた世界を生き残り、誰にも知られない僻地で静かに暮らすのだ。

 その為にも、今はカライとして、ユスフス=ル=カライとしての職務を全うするしかないのだ。


◆◇◆


 俺たちが廃墟となった寺院に逃げ込むと、中には先客が一人居た。

 暗緑色の鱗を持つ小柄な男で、彼は結跏趺坐のように足を組み、床に座って瞑想しているらしかった。

 粗雑なグレーの僧服は綻びだらけで、腰の辺りを無造作にロープで留めていた。


【解。シレーネ。残忍な水妖族ではあるが、その個体は僧服を纏い瞑想している所を見ると、種として本能を押さえ込む事に成功しているよう見受けられる】


「おや? 来客ですか」


 その男は薄く目を開けると、鮫のような歯を見せて俺たちに微笑みかけた。

 彼が動くたびに、鱗が微かにシャラシャラと鳴った。


「す、すまない。瞑想を邪魔したか」

「いえ。瞑想は中断されるためにあるのです。お気になさらず。私の名はクーイーズ。ネフラ派の神職です」

「俺はセイ。クドウセイイチロウと言う」


 そこでクーイーズは、「おや?」と小さく声を上げて俺の顔をマジマジと見やった。


「セイ、と言うのですか? 貴方は」

「ええ」


 俺も、クーイーズという名に覚えがあった。

 シュマリド=イラと共に勇者候補を脱落した人物の名が、クーイーズだ。

 同姓同名なのだろうか?

 それとも、当人か。


 トーラーが息を整えながら、クーイーズに会釈した。


「私はシュアラ派の僧トーラー。お初にお目にかかる」

「これはこれはご丁寧に」

  

 そこで残りの者達もなだれ込んで来る。

 最後にメアとガイアリースが飛び込んできたが、何やら二人は一触即発の状態になっていた。


「どうしたんだ?」

「コイツがいきなり喧嘩を売って来たんだ!! セイ!! 何とかしてくれ!!」

「メア?」

「……」


 メアは俺のほうを見ようとしなかった。

 彼女は見たことの無い杖を手に、眉を潜めて俯いていた。

 慌ててアーリエスが飛び出して間をとりなした。


「ま、まあ、メア卿の考えも的を得ていない訳では無い。イスティリの様な裏表の無い魔王種のほうが珍しい。人に仇なす魔王種を安易に信用すべきでない事は誰にでも分かる。ただ、今は非常事態だ。手を取り合ってとは言わんが、朔が終わるまでで構わん。お互い折り合いを付けてくれんか?」

「ズバズバと物を言う子だな。……それはさておき、そこの女は魔道騎士。私は魔王種。水と油だ。この反目は仕方あるまい。ただ、今の所私はお前達に危害を加えるつもりは無い。このフォーキアンが言う通り、朔まではお互い干渉しない、という事で妥協せんか? 魔道騎士よ」

「……仕方、ありませんわね」

 

 メアが不承不承納得すると、トーラーに向かって、「トーラー様、花冠を」と呟いた。

 ガイアリースは口をへの字に曲げたが、ため息を一つ突いてから、「これ以上の譲歩はせんぞ」とメアに釘を刺した。

 意図を察したトーラーが呪文を唱えた。


『この者が嘘偽りを吐くならば制裁の矢を与えよ!! 真実を伝えるならば花冠で祝福せよ!!』


 ガイアリースの周りに花弁が舞い散った。

 それでメアも杖を中空に消し、武器を収めてからガイアリースに、「非礼、ご容赦下さい」と頭を下げた。

 ガイアリースも、メアのその一言で彼女への怒りを納めることにしたらしかった。

 彼女は肩の力を抜き、腰から水袋を取り出すと水を飲もうとした。


「ありゃ。穴が開いてる。なあ、セイ。水をくれないか」

「ああ。グンガル、兵舎に水袋の予備があったよな」

「持ってきましょう」


 グンガルがセラの中を往復すると、ガイアリースは水を旨そうに飲みながら、「セイは門でも持ってるのか。兵舎を往復とは大層だな」と聞いてきた。


「まあ、そんな所かな」

「余計な詮索はしない、だったな」


 彼女はドゥアのダンジョンでの会話を持ち出して、軽口を叩いた。

 

「さて、喉を潤したら情報交換と行こうじゃないか。魔王種殿」

「ガイアリースだ。フォーキアン殿」

「アーリエスと呼んでくれ」

「分かった」


 そんな中グンガルがコッソリと報告してきた。

 

「セイ殿。リーンが意識を取り戻してました」

「そうか。どんな様子だった?」

「はい。ルーリヒエン殿が剥いた桃を頬張りながら、梨も剥いて欲しい、と言うような事を言っておりました」

「はは。とりあえずは大丈夫そうだな」

「ええ。私と目が合いましたが、敵意は感じられませんでした」

「そうか」


 俺は早速<思念伝達>でリーンの事を仲間に伝えた。

 アーリエスがこちらに視線を送る中、姉が心配なのかディーが一旦セラの中に引っ込んだ。

 それを見たヘラルドが斥候を買って出て転移で姿を消した。

 『妹』も改めて鳩を呼び出すと、鳩は枠しか残っていない戸板の隙間から次々に飛び出していった。


「セイ様。軍師様。最初に喚んだ鳩は打ち落とされました」

「ふふーむ。その時の状況を説明してはくれんか、『妹』殿」

「はい。軍師様。鳩が打ち落とされたのは私たちが寺院に逃げ込んだ直後です」

「……ああ、もう!! 赤龍から逃げたと思えばこれだ!!」

「はい。残念です」

「それで?」

「はい。鏡を引き摺る巨人二体にはおよそ十名ほどの魔術師、それに二十名程の兵士が付き従っておりました。指揮官はエルフ。副官と思わしきハーフリザードマンと、少女が二人」

「ふふーむ。エルフ、か……」


 ガイアリースが俺の横に来て囁いた。

 頭一つ背丈が違うので、彼女は俺の耳を掴んで引っ張った。


「いてて」

「なあ、セイは何に追われてるんだ?」

「それが、分からないんだ」

「隠してるって顔じゃないな。ただ、鏡を巨人に? 偉く大掛かりだな。さしずめ、『門』か」

「ヘラルドも同じ事を言ってたよ」

「ヘラルド?」

「さっき斥候に出た魔術師だよ」


 そこでガイアリースも<転移>したのか姿を消し、二分程で戻って来た。

 彼女は黒いローブの女を一人連れてきた。


「確かに、門だな。あっと、こいつは手土産だ。敵方の斥候だろう。あのヘラルドと一緒に追い回して捉えた。……あいつは有能だな。私が見に行った時には<阻害>を乱射しながら間合い詰めてたよ」


 黒いローブの女はガイアリースに首根っこを掴まれてジタバタしていた。

 

「口を割らせよう。手荒い真似は得意分野だ」


 その言葉に女はビクっとした。


「それなら……私が」


 ウシュフゴールがその女に<睡眠>を乱打した後で、<夢遊病>で支配下に置いた。

 ガイアリースはその流れるような魔法の連携に、感嘆の声を上げた。

 ガイアリースが連れ帰った黒いローブの女の正体は?

 ウマーリ=ソランが着実に歩みを進める中、セイ達が取った行動は?

 

 次回、「朔の試練 ⑤」



 読んで下さる皆様に、心からの感謝を。

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