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196 朔の試練 ②

 アーリエスら魔族が黒い月を見上げながら涙を流す中、メアが深刻な顔で青ざめていた。

 彼女は胸に手を当て、深く考え込んでいる様子だった。


「どうした、メア?」

「……」


 メアがハッとして顔を上げる。

 彼女は俺の横まで来ると、囁くように語りかけた。


「……セイ。わたくし、恐らくは記憶が改竄されています。あるいは単純に欠落しているだけかもしれませんが」

「何だって」


 俺は慌ててアーリエスを呼んだ。

 アーリエスは袖で涙を拭うと、小走りに駆けてきた。


「どうした、セイ殿」


 メアがアーリエスにも同様の事を告げる。

 アーリエスは腕を組んで考え込みながら、メアに手早く質問をした。


「メア卿、何故そう思った?」

「はい。わたくしホークメンが浮遊島を奪われた事を今初めて知ったのですが、それに違和感を感じ、思索を巡らせました」

「違和感?」

「はい。アーリエス。仮にも王都で叙勲を受けた魔道騎士が、そのような重要な案件を全く知りえなかった事に違和感を覚えるのです」

「ふふーむ。だとすると、あたしと同じく、メア卿、あるいはもっと大きく、魔道騎士全体がソラン氏族の記憶操作を受けている可能性も出てくるか?」

「朔を越えたら一旦記憶の整理を術士なりを雇ってでもするべきかもしれません」

「ふふーむ……」


 そこでアーリエスが閃いた!! という顔をした。

 メアに対して、俺の《完璧解析》を起動して欲しいのだという。


「例のリーンのように、何かしらの呪物でもってしてメア卿を束縛しているかどうか、調べるだけでも価値はあると思うのだ。セイ殿」

「分かった」


 《完璧解析》を起動し、彼女の持ち物を調べるが、時に変わった物は出てこない。


【調べ方が雑ですね。これだからシロウトは……】

「?」


 何と《完璧解析》が俺に語りかけてくる。

 その声色は女性で、キンキンしたキーの高いハスキーボイスだった。

 彼女(?)のお陰で即座に事態は好転した。


【右足の親指の内側に、例の刺青がありますよ】


 早速《強奪》を起動してその刺青を奪うと、念のためポーチにその刺青は放り込んでおいた。

 《完璧解析》はフフン、と鼻で俺の事をあざ笑うと、さらに語りかけてきた。


【ようやく貴方と同調できたので会話が成立したんです。さあ、私に名前を付けなさい!!】

「うん?」

【《完璧言語》だけズルイんですよ。私も欲しいんです。な ま え !!】


 よく分からないが祝福の癖に名前を欲しがるなんて変わってるなぁ。

 そう思いながらも、こいつのヒントのお陰で前に進めたんだしな、と思って名前をプレゼントした。


「じゃあ、君の名前はアナライズから取ってアナだ」

【ほほほっ。私は今日からアナっ!! これからどんどん私を使いなさい】


 こうして《完璧解析》はアナと呼ばれることになった。

 

「っ……!!」


 メアがコメカミを押さえて膝をついた。

 俺とアーリエスが不安そうに見下ろす中、彼女はゆっくりと立ち上がると薄く微笑んだ。


「薄ぼんやりとではありますが、欠落していた記憶が何なのかは把握できました。これは……ソランの失敗、失態の記憶を秘匿していたのですね」

「ふふーむ。ソランは王というより諸悪の根源に思えてきたぞ。王朝存続の為に、魔道騎士にまで刺青を施すか、普通?」

「とは言え、記憶がしっかり戻るのはまだ先になると思います」

「それは仕方あるまい。……所で、あたしにも刺青が施してあるか見ては貰えんか? ソランの記憶操作を受けているのはこのあたしも同様だろうからな」

「ああ」


 俺が《完璧解析》でアーリエスを調べたが、特に変わった所は出てこなかった。


「ふふーむ。ではこっちの記憶操作は別の手段か。なんとも面倒だな」


 そこで話は打ち切りになり、歩みを進めながらも今後の打ち合わせをした。

 朔手前になったらセラの中に退避して魔の二ザンをやり過ごすプランには変更がないが、ディーやトーラー、スティグにもその話を通しておく。

 一旦は彼らをセラの中に招き入れ、いつもの様にここがセラという天使が管理する小世界であり、安全なのだと説明した。


「とまあ、すべての能力が失効している間はここでやり過ごすつもりなんだ」

「うーむ。お前は何者だ? いや、グナール様から書簡が来てある程度は知っていたんだが、色々とおかしい」


 トーラーは納得がいかないのか、その後もブツブツ言い続けたが、「神域の清浄な空気は良いな。お前は微妙だが、ここは気に入ったよ」と周りを散策し始めた。

 スティグは目を白黒させていたが、「考えても始まらん」と諦めた様子だった。


「セイー。姉ちゃんがご飯の支度したいってサー」


 ディーがそう言うと、ルーリヒエンがコクコクと頷いた。


「オナベ、モテキタ!! アト、イロイト!!」


 色々かな? と思いつつも笑って返すと彼女は魔法のポーチから沢山のレンガを出し始めた。

 それをディーと組み立てながら、レンガの隙間をモルタルのような物を埋めていくと、あっという間に竈っぽいものが完成した。


「手早いね。ルーリヒエンさん」

「ルー!!」


 どうも愛称で呼んで良いらしい。

 彼女は早速小麦粉の袋を取り出すと、水で練り始めた。 

 

「発酵パンじゃないけどサ、姉ちゃんのパンは旨いゾ!! あ、経費は後で申請する」

「はいはい」


 実際には食料庫に山のように色々な雑穀や乾果、保存食の類が詰め込まれていたのだが。

 この食料庫は、神斧大祭前にダイロスからの贈り物として頂いた物で、食料庫以外にも、コモン達が寝泊りできる家が三つと、倉庫として使える小屋が二つ新たに設置されていた。

 コモン達は自分達の為の家を、「兵舎」と呼んでいたので、俺たちもそれに合わせ、一号兵舎・二号兵舎、というような呼び方をした。

 

「じゃあ、ルーにはそのままご飯をお願いして、俺たちはまた外で」

「エー。ここに居たらラクチンじゃン? アタイはわざわざ歩くの嫌だなァ」

「確かに楽ではあるけども、やっぱ情報量が少なくなるしね」


 結局マルガンが提案してくれたゾロア達に鞍をつける話は間に合わなかったな。

 そう考えていると、あのイスティリと仲の良いギュックらが寄って来た。


(オネチャン ハ?)

(サイキン ミナイ)

「……ごめんな。もう少し俺が強ければ」


 彼らを撫でながら、イスティリへと想いを馳せる。

 朔を乗り越え、俺はもう一度彼女に会うのだ。


◇◆◇


「アーリエス。黒い月に居る裏切りの悪魔について教えてはくれないか」


 ダイエアランへの街道を進みながら、俺は彼女に問いかけた。

 アーリエスは歩きつかれてトウワに胡坐をかいていたが、快く応じてくれた。


「邪神達の先触れとして十二体の悪魔がこのウィタスへと襲来したのだが、最も先に到着した悪魔姫サクヤ様は二神に捕縛されてしまった」

「うん」

「そこでサクヤ様は二神の思想に触れ、共感を覚えた結果、同族を裏切る事を決意したのだという」

「それで裏切りの悪魔という訳か」

「ああ。そして邪神が襲来した折、サクヤ様は二神側に付いたが、結果は知っての通り、神々は壮絶な相打ちでお互いが滅びた。で、悪魔たちはどうなったかと言うとだな」

「うん」

「サクヤ様は自身の肉体を砕いて大地に撒いた。その肉から我ら魔族が生じたのだ。そして本体は月に潜ませ、他の悪魔を牽制した。他の悪魔が受肉する度に、自らの眷属である魔族に、その悪魔を滅ぼさせたのだ」

「しかし、アーリエス。今は人類と魔族が争っている。その話だけで言うなら本来なら魔族と人類は共存していてもおかしくは無い筈だ」

「そこだ。あたしもそこを疑問に思っている。ある日を境に、魔族は人を襲い始めた。ネストという魔族の保育器が新たに出現し、『魔王』と称する者達が降臨し、さらにはネストの派生系としてラビリンスまでもが現れた」


 アーリエスですら分からない現在のこの状況の中、魔族は何の為に人々を襲うのか。

 滅び行くこの世界の延命のため?

 それとも別の何かがあるのか。


 俺がさらに質問しようと口を開いた所に、先行していたヘラルドが<転移>で戻って来た。


「申し上げます。この先の台地に巨人族が二体、北北西の方角から、鏡のような物を引き摺ってこちらを向かっております。このままですと一ザン程で接触します」

「巨人族? 鏡?」

「はい、セイ様。巨人はサイクロプス。恐らくネストで捕縛され隷属化している個体でしょう。鏡は、多分、『門』だと思われます」


 『門』という言葉に何か嫌な予感がした。

 すぐさまアーリエスに意見を求める。


「アーリエス!!」

「ああ。恐らく朔に合わせて誰かを襲撃する算段なのだろう」


 誰か、というのは聞くまでも無い気がしたが、ヘラルドの斥候が効を奏して、一旦南下してやり過ごすことにした。

 『妹』が鳩と蛇を出して、空中と地上からの警戒に当たってくれた。

 その魔法の生き物たちの視界をコモン隊は共有し、コモン隊はそれとは別に自身の目でもって警戒に当たってくれた。

 スティグは黙って様子を見ていたが、途中でコモンに指示を仰ぎだした。


「ゴハン、デスヨー」


 ルーが昼食の準備ができたとかで呼びにくると場の空気は若干和んだ。

 半々に分かれて食事を取ると、ディーも偵察に出た。

 と、ものの一分もしない内に彼女が血相を変えて戻ってきた。

 そのディーの後ろからは、巨大な、真紅の翼竜が空中で何かと戦いながら、俺たちの方向へと突撃してくる所だったのだ。

 鳩は巨人を追わせており、蛇では上空の視界が確保できていなかった事が盲点となった。


 竜は空中で何者かを口に咥え込むと、そのまま噛み殺そうと躍起になった。

 だが、それに意識を集中しすぎる余り、前足が地面と接触し、その反動でバランスを崩した。


 ごっじゃぁぁぁぁぁ!!


 そのまま竜は大地へと激突すると、土を盛大に削り取った。

 俺たちは咄嗟に回避して難を逃れた。


 バクン!!


 竜の顎を両手で開け、全身血塗れの少女が飛び出してきた。


「いってててててッ。なんて怪力!! でも残念ね!! このガイアリースを食べようなんて、千年早いわ!! エルシデネオン!!」


 あのドゥアのダンジョンで出会った、真っ赤な髪の魔族ガイアリースが啖呵を切った。

 そして、エルシデネオンと呼ばれた赤い竜は、獣じみた咆哮を上げ、改めてガイアリースに突撃したのだった。 

 迫り来る魔手から逃れるセイ達はガイアリースに出会う。

 そして目の前に居る赤い竜は、本当に赤龍エルシデネオンなのか?


 次回、「朔の試練 ③」

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