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193 処罰

「レイオー」

「は……」

「この始末、どうつける?」


 闘技場を見下ろしながら、法務長官パルダヴィが俺に問う。

 神斧はイスティリごと持ち去られ、セイ殿を狙う者達が観衆ごと彼らを稲妻の嵐に巻き込んだ。

 セイ殿らは襲撃者を打ち払ったが、観客席には流れてきた稲妻で昏倒した者達が多数居た。


「お前が、あのイスティリ=ミスリルストームの選定をした。その結果がこれだ。この始末、どうつけるというのだ?」

「は……」

「即答出来ぬか。出来ぬであろうな」

「しかし、彼らはダイロス様を救出したのです……」


 苦し紛れに論点を摩り替えようと試みた。

 しかし、パルダヴィは鼻でせせら笑う。


「では、私が法務の長として、今、この場で結論をつけるが良いか?」

「ダイロス様!!」


 俺はダイロス様に助けを求めた。

 

「無理だ。レイオーよ。このダイロスを救い出した功績と、この一件とは切り離して考えなければならぬ。神斧はイスティリごと持ち去られ、ラザはベリスを失った。そして、セイ一派はこの神域を汚したのだ。この件はパルダヴィに一任する……」

「ダイロス様……」

 

 俺にはどうする事も出来なかった。


「では、簡潔に。レイオーは追放刑とする。期間は三十年。不動産は没収。動産は二割没収」

「は……」

「続いて、セイ一派には退去命令を出す。猶予期間は一日。負傷者への賠償義務、及び闘技場の破損への弁済義務が付随する」

「は……」

「これらには異議申し立てが認められない。法務長官パルダヴィ=ル=カライの名において、現時点を持って刑を確定とする」

「パルダヴィ。このダイロスにも非がある。この件の被害者達への賠償はわしが受け持とう」

「……ご自由に」


 凍てついた眼差しが俺とダイロス様を射抜く。

 ダイロス様が窮地に立っていた際も、パルダヴィは一切手を貸さなかった。

 法のみに重きを置く、冷徹なハーフコブリンめ。


 早速俺はかつての仲間達に拘束された。

 ダイロス様は何も言わなかったが、彼がつけていた指輪を一つ投げて寄越した。

 指輪は床を転がり、俺の靴に当たった。

 俺は屈み、歯でその餞別に齧りついた。


 三十年の追放か……。

 父のように慕った、ダイロス様との今生の別れとなるか。


 そのまま、自身の屋敷に連れ戻された。

 一旦は束縛から解放された。

 早速自室に篭もり、ダイロス様からの餞別を指に嵌めた。


『レイオーよ、聞こえるか?』


 指輪が黄色く明滅を繰り返し、ダイロス様の声を拾った。

 俺は安堵の吐息を吐き、指輪が蒼く光るまで握り締めた。


「はい。ダイロス様」

『うむ……。お前は自らの信念を持ってして、イスティリ殿を大祭に招いた。恥じる必要は何処にも無い。だがしかし、バルダヴィの言う事にも一理あるのだ」

「はい。仕方ありません……」

『……これからお前はどうする気だ? レイオー』

「はい。セイ殿に合流します。イスティリ殿の事で、何か役に立てればと思うのです。ここにイスティリ殿をお連れしたのは、他ならぬ私なのですから」

『そうか。ならば、ワシに一つ案がある。彼らに合流せず、ダイエアランに向かって欲しい』


 そのダイロス様の言葉に俺は驚愕しつつも、仔細を伺った。

 一度自室への扉が開き、兵士が様子を見に来て慌てたが、話しているのは聞かれなかった。

 さしずめ、自害を警戒されたのか。


『ダイエアランにはワシの隠し口座がある。そこには金以外に、【亀の図書館】への鍵が置かれているのだ』

「亀の図書館、ですか?」

『うむ。次元の狭間を彷徨い続ける神秘の亀マルルル=ス-ルの甲羅には、鍵穴が一つある。そこにこの鍵を差し込めば、【亀の図書館】へと至る事が出来るのだ』

「それが、この件と係わりがあるのですか?」

『そうだ。その図書館には一つの神器がある。その名は<動く地図>。これはまだドワーフが王であった時に、我が一族が時の王に秘密裏に処理するよう申し付かった神器。それを探して欲しい』

「探して欲しい?」

『そうだ、目的のものを探し出すまで、亀の図書館から抜け出せぬ。だがそこは広大で深遠。飢えて死ぬのが先か、見つけるのが先か……』


 俺にそこまで求める程の神器<動く地図>は、それ程までにセイ殿の役に立つのだろうか。

 

『うむ。その地図は知り得る者全ての現在位置が分かるのだ』

「!!」


 それならば、イスティリ殿の居場所も……。

 それさえ手に入れば、ただ闇雲に彼女を探すよりは遥かに容易い。


「ですが、それならば尚更セイ殿らと合流し、この事を話すべきではありませんか!?」

『いや、セイらは警戒されすぎておる。お前が単身図書館へと赴き、神器を手に入れ、あの聖域へと飛ぶのだ』


 そうか、あの聖域へは距離に関係なく転移できたな。

 

『ダイエアランにはワシの外縁が居る。それをお前の遠縁と偽れるよう手筈を整えておく』

「分かりました!! このレイオー、命に代えましても、その神器を手に入れて参ります!!」

『頼んだぞ』

「はっ!!」

 

 それからは軽い雑談が混じり始める。

 俺が初めてダイロス様付きの武官として配属された日の事、密命を受け各地を転々とした時の事、そして、フロストキン達によって窮地に立ったダイロス様の救出劇……。

  

『レイオー、迷惑をかける……』

「いえ、私の主君はやはりダイロス様です。あのバルダヴィが失脚したら恩赦で呼び戻してください」

『ハハハ』


 それから使用人たちを呼び、財産を分け与えた。

 兵が十名ほど屋敷の内外に配置されてはいたが、この分配は黙認してくれた。


「タズ、世話になった。祖父の代から仕えてくれたお前をこんな形で失うとはな」

「ぼっちゃま。そのお話は本当なのですか? まさか、まさか追放刑とは……」

「ああ。パルダヴィの野郎がその場で刑を確定しやがった。三十年だとさ。それも、ダイロス様の前でな」

「……なんと!!」

「ヒラー、お前の料理は美味かった。孫が生まれたんだろう? 少し早い退職金だが、受け取ってくれ」

「ああっ。レイオー様!! おいたわしやッ」


 ヒラーはいつも付けていたエプロンをもみくちゃにしながら泣いてくれた。

 それからも庭師のコーダル、清掃係のレイ、給仕のフローレンらに手持ちの金を分け与えた。


「レイオー様。大変ありがたいんですけど、貴方様が出て行くなら……私もついていきます!!」

「フローレン。それは駄目だ」

「私、三十年も待てません!!」

「?」


 慌ててコーダルが耳打ちしてくれる。

 

「フローレンはレイオー様を好いているんですよ。身寄りも居ませんし、この際、新天地に連れて行ってやってはくれませんか?」

「ううむ……」


 フローレンは返事を待っているのか、うつむき、顔を真っ赤にしていた。


「……フローレン。ダイエアランに遠縁がいるんだ。一旦は二人でそこを目指そうか?」

「ハイッ!!」


 それからは雑多な事務処理やら手続きやらに追われた。

 合間を縫ってセイ殿と連絡を取ろうと試みたが、これは意図的に妨害された。

 どうせバルダヴィの仕業だろう。


 俺はセラ殿の聖域へと飛んだ。

 より重い罰則が下る危険もあったが、どうしても彼に会いたかったのだ。


◇◆◇


 アーリエスが、セラの世界から霊薬を次々に出してくる。

 彼女は稲妻を受け気絶した観客達に飲ませ始めた。

 セラと分離したメアもまた、それを手伝い始めた。

 幸いにも観客は誰一人として死んで居らず、少なからず安堵の息を吐いた。


 シンは霊薬をリーンに一口・二口含ませる。

 彼女の出血が止まるのを確認すると、シンはそれ以上霊薬は飲ませなかった。


「こいつは一体何者だ?」

「アーリエス。リーンの背中には吟遊詩人・死神・カタツムリ・豹の刺青が彫ってあった。俺が奪ったその黒い粒子は、豹の刺青だったものだ」

「なるほど。幾分合点がいった。ならこの子は自由意志でセイ殿を殺しに来たというより、刺青の人格が主人格として行動を起こしていたのか」


 俺はリーンから強奪した武器をルーメン=ゴースに食らわせたが、黒豹の刺青粒子は気になって残した。

 《完璧解析》を起動し、それが何なのかを調べた。


【解。悪魔の仮初の汚泥を粉末にした粒子。霧散しないよう加工されている】

「どのように使う?」

【解。体内に埋め込んで使う。それにより宿主とはまた別の擬似的な人格が形成される】

「人格どころか、身体まで変身したぞ。豹になったんだ」

【解。悪魔異能<魂魄模写>によるものである。粒子に生贄の血を注ぐ事により、その生贄の身体的、精神的な能力を継承した擬似人格を形作るのだ】

「また、悪魔異能か……」


 その間に事態は動いた。  

 魔術師達は兵士達によって捕縛され、俺たちもまた、取り囲まれてしまった。

 アーリエスは兵士達に告げる。


「そこに置いてあるのは回復の霊薬だ。侘びにもならんが、巻き添えになった方々の治療に役立てて欲しい」

「抵抗、しないんだな」


 恐る恐る兵の一人が聞いてきた。

 俺は頷き、それから配下が別の任務で出払っているので待って欲しいと伝えた。


「逃げないと誓うよ。ここで大人しくしているから、先に観客の治療に当たってはくれないか?」


 兵の一人が自身の腕に剣で傷を付けた。

 そうしてから、アーリエスが用意した霊薬を飲み干した。


「……うむ、信用しよう。各員、まずは救命に当たれ」

「はっ」

「力ある者の定めか、厄介ごとに魅入られたのか……。残念だ」


 その兵は幾分同情してくれた。


 コモン達が次々とセラの中から飛び出して来た。

 兵士達は何事かと血相を変えて抜剣したが、コモン達が俺に膝をついて報告し始めるのを見て、ゆっくりと剣を収めていった。


「セイ殿。ウシュフゴールを発見しました。あのユノールザードと戦い、その……、生死の淵を彷徨っておりましたが、生還しました」

「何!! ウシュフゴールは無事なのか!?」

「は……。あの神秘の石が無ければ……」

「彼女は何処だ?」


 コモンらは俺の右腕を一瞥し、闘技場を見渡した。

 彼らは明らかに動揺していたが、努めて平静を装っていた。


 丁度その時、ウシュフゴールが姿を現した。

 片方の角は折れ、衣服は血に染められていた。


「ウシュフゴール!!」

「……セイ様、ごめんなさい。私、イスティリの為に……」


 俺は彼女の意図を理解した。

 ウシュフゴールは、ユノールザードとイスティリが戦う事を未然に阻止しようとしたのだ。


「セイ様? イスティリは?」

「……」


 俺は無言で彼女を抱きしめた。


「ねえ、セイ様……? イスティリは?」

「……すまん。俺が不甲斐ないばかりに」

「うぅ……ひぃぐっ……」


 俺の胸元に顔を埋め泣き出したウシュフゴールに、アーリエスが優しく語りかけた。


「ウシュフゴール。お主はこの運命を変えるために、自身を生贄と定めたのだな」


 顔を埋めたままコクリ、とウシュフゴールは頷いた。

 彼女を左腕で抱きしめた。


「……戦いにはイスティリが勝利した。しかし、ユノールザードは彼女を気絶させ<転移>で連れて逃げた」

「イスティリは生きてる……?」

「正直、分からん。だが、神斧ベリスの所有者を殺す訳にはいかんのかも知れんと、あたしは考える」 

「生きていたなら、気絶から回復次第、セラの世界に……」

「ああ。そうなればあたしも一番嬉しい」


 唐突に、スヴォームがクツクツと哂いだした。


『果たして、そう簡単に物事が運ぶかな?』

「スヴォーム。お前は何を知っている? 何処まで知っているんだ」

『情報の代価は、お前の肉体でどうだ?』


 話すつもりは無いという事か。

 仕方なく、スヴォームを無理やり意識の下層へと押しやった。

 変わりにディバとルーメン=ゴースが俺と接触してきた。


『もうすぐお前に試練が訪れる。失敗はお前の死だろう。死ねば蟲の禍神に肉体を奪われる。そうなった場合は、我等何れかがお前の肉体を処分しよう』

『そうならない事を信じておる。入れ物を失った祝福は、新たな器を求め彷徨う。恐らくは、この異世界で……。ディバの提案は、時間稼ぎにしかならないだろう』 

「ああ」


 一先ず話はここで打ち切り、俺はウシュフゴールやコモン達に<思念伝達>で事のあらましを伝えた。

 伝えた後で、皆にリーンの処遇について話した。


「俺はリーンが悪魔異能が掛けられた刺青によって洗脳状態になって居たんだと推測する。そこで、彼の刺青を全て《強奪》で奪い取ろうと思う。その上で、リーンが敵対するようなら改めて考えよう」

「あたしはそれで良いと思う。能力を削いでしまえばそれ程脅威ではないだろう。それよりも、何故彼がセイを襲ったのか、その背後を知りたい」


 俺は素早く《強奪》を起動し、リーンの刺青を次々と奪った。

 

「セイ殿。その刺青は残しておく事が出来るか?」

「どうしてだ?」

「その刺青無しで、素のリーンがどの様な反応を示すのかが分からない。最悪、幼い頃にその力を付与されたのだとしたら、本来の人格は幼子のままだったりするかもしれんのだ」

「なるほど。なら魔法のポーチにでも入れておくか」

「助かる」


 ここで本格的に俺たちは拘束され、またあの牢屋に入れられてしまった。

 またしても牢屋に入れられてしまったセイ一行。

 苦い時間を過ごす彼ら。

 

 次回、「牢屋にて」

 しかし、彼らは諦めない。

 決して諦めないのだ。

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