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191 イスティカ=ナイトスコージの誕生

 ……ボクは夢を見る。


 セイ様がどんどん料理を頼んでくれる。

 料理が届く。

 それを持って来てくれたのはマグさんだ。

 ゴスゴさんが鶏肉のパイを寄せてくれた。


「もう、ゴスゴさん。ボクの手はもう治ったんですよ!?」

「そうでしたっけ? 嬢ちゃん」


 それを見てセイ様は笑っていた。

 メアとゴーちゃんが現れた。


「イスティリ? ちゃんとわたくしたちの分も残してくれているんですか?」

「もっちろん!! 今ね、セイ様がたっくさんお料理頼んだんだよ!!」

「ふふ。もうすぐコモン達も来ますからね」

「私の為にキンザも頼んでくれました?」


 ゴーちゃんは本当に野菜が好きだなぁ。

 さっきセイ様が頼んだ酢漬けのキンザを食べて貰お。

 シャリシャリと音を立て、キンザを美味しそうに頬張るゴーちゃん。


「もう、無理はしないでね。ゴーちゃん?」


 ボクは彼女の折れてしまった角の根元を撫でた。

 頬を涙が伝う。


 何故、ボクは泣くのだろう?

 分からなかった。

 けれど、そんなボクをゴーちゃんは優しく抱きしめてくれた。


 コモンやアーリエス達が到着した。

 岩石採掘亭はギュウギュウになった。

 みんなセイ様に挨拶だけすると、お酒を頼み始めた。


「ザッパ、飲みすぎるなよ」

「分かってるってぇ、ブルーザ」


 ハイレアがゴモスやベルモア達を連れ立って現れた。

 

「ハイレアッ!!」


 ボクは彼女をステーンと転ばせると、二人してケタケタ笑った。

 ベルモアがニヤニヤしながら見ていた。


「ハッ!! ハリファーは遅れる。もうすぐパネとイズスも来るぜ。流しの蜘蛛が捕まんなくってな、俺様達だけ先に来たんだ」

「ボク、イズスさんに会いたい!!」


 ゴモスが握手してくれる。


「すぐ来るよ。イスティリ、腕は上がったか? 俺は武器屋が忙しくって筋肉が落ちた」


 彼の言葉に応えようとした時、僕の周りを黒アゲハの羽が舞い踊った。


「イズスさん!!」

「イスティリ嬢!!」

 

 再会を待ち望んでいたイズスさんと抱き合う。

 パネさんとも握手を交わす。

 

 その間にもどんどん料理やお酒が運ばれてくる。

 甘い砂糖菓子、果物なんかも卓に山のように積まれた。


 さっそくセラとアーリエスが葡萄の取り合いをし始めた。


「むむむっ!?」

『コココッ!?』


 セラの言葉は分かんないけど、今のは大体分かるよね?

 ボクはイズスさんに葡萄酒を注ぎながらそう思った。


「さあ、今日はイスティリの誕生日だ!! 俺の元居た世界では、誕生日は盛大に祝う。今日は彼女の為に、楽しんで帰ってくれ!!」


 ボクは頬を上気させ、そのセイ様の言葉に聞き入った。

 そう、今日はボクの誕生日なのだ!!


 みんなからお祝いの贈り物を貰う。

 コモン隊からは砥石、魔術師達からは赤い靴を貰った。

 

「赤い靴、ボクに似合うかな? 『妹』さん」

「ええ。もうイスティリは大人なんでしょう? 可愛い靴の一つでも持っておかないと。……それに初夜の前日に赤い靴を履くと、幸せなれるんですよ」

「しょ……!?」


 ボクは顔が真っ赤になって行くのが分かった。

 釣られて『妹』も肌を赤く染めていた。

 セイ様をチラ見すると、彼女との会話は聞こえてなかったのか、ボクに向かって微笑んだだけだった。


 ハリファーが到着した。

 いつの間にかリーンも来ていて、音楽を奏で始めた。

 ボクは早速セイ様と中央に出て踊った。


 ああ。

 なんて幸せなんだ。

 ボクは、嬉しすぎて嬉しすぎて、もう何がなんだか分からなかった。


『……に戻し、再度割り振りを開始します。過去の記憶の消去開……』


 何か告知に似た音声が流れた気がした。

 ……と、唐突に音楽が止まった。

 セイ様が、仲間達が、ハイレアが、イズスさんが、ピタリと止まった。


「な、何? こ、これ、余興?」


 ゴスゴさんがフッと消えた。

 マグさんが、ゴモスが、ベルモアが消えた。


「え? え? 何? 何が起きているの!? セイ様? ねえ、セイ様!?」

 

 セイ様は表情を無くし、棒立ちになっていた。

 いや、セイ様だけではなく、岩石採掘亭に居た人全てが無表情のまま、立ちすくんでいた。


 その中で、次々と皆が消えてゆく。


「……!!」


 残ったのはセイ様だけとなった。

 あれ?

 残った?

 ボクは他に誰がいたのか、段々思い出せなくなっていった。  

 あの大好きなダークフェアリーさん、名前は……。

 可愛い僧侶さん、そのおねえさん。


 ええっと。

 ええっと……。


「良い子を産んでくれ、イスティ。愛している」 


 目の前のセイ様は、未来視で見た、あのやつれたセイ様になっていた。

 

「い、嫌だッ。だ、だれだ!? ボクの……ボクの記憶を弄くる奴は!! セイ様!! セイ様ぁ!!」


 ……目の前の男が唐突に消えた。

 料理も、宿も消え、私は荒れ果てた大地に一人佇んでいた。


「う……? ここは?」

『ようこそ、ネストマスター。ここは、貴女の記憶野を元に作成した仮想空間です。不要な記憶は消去させて頂きました』

「……了承した」


 記憶を消去した?

 この荒野が今の私の全てという訳だろうか。

 しかし、言語や基礎的な学問、戦闘に関する知識は保持しているのが分かる。

 限定的な記憶操作か。


 情報を整理しようとした矢先、唐突に体中に激痛が走った。


「あっ……うぅぅぅぅ!? なんだ、この痛みは!!」

『肉体の再編中となります。予期せぬエラーが起きましたが、継続実行の命令が出ております』

「う……」


 そこからはもう苦痛との戦いだ。

 私は背中を丸め、その激痛を戦う以外には何も出来なくなっていった。

 意識は途切れ途切れになった。


(その為にも日々研鑽を積み、そして生き残ること、この2つを肝に命じて日々精進なされますよう)


 ここで死ぬのか?

 いや、死なぬ。

 何としてでも、何としてでも生き残るのだ!!

 ネストの名誉は、私が守らねばならぬ!!


 意思だけで死に抵抗しながら、■■様の事を思い出した。

 ああ。

 一度で良いから抱かれたかったな……。


 私は僅かに弱音を吐いた自身を、少し笑った。

 

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ現実でも意識が覚醒したらしかった。

 目を開けると、毛むくじゃらの男が私を凝視していた。

 イラついた私は、そいつに殴りかかった。

 が、硝子か何かに阻まれて失敗した。


 また、意識は仮想世界へと引き戻された。

 先端から黒変し、壊死してゆく肉体は、現実世界の反映か。


「折角直った手なのにな、また失いそうだ……」


 紡がれる独白は、意識してのものではなかった。

 過去の、消去された記憶からか。


 この苦痛が何時まで続くかは分からなかったが、乗り越えられる可能性は五割を切っているか?

 そして、乗り越えたとしても、この欠損は致命的だ。

 戦士としての役割を果たせるのか?


 そこに、別種の告知が聞こえた。


【告。これより、イ………………】

 

 その告知は明確に阻害された。

 恐らく、私の本来の名前が含まれるからだろう。

 だが、告知の恩恵は付与されたらしかった。

 漲る活力と、新たに与えられた能力。


 これらを使えば、この苦難を乗り越える事など造作も無い事だと、体感的に理解できた。

 なら、後は簡単な話だ。

 一旦は大人しくしておいて、情報を集める。

 私が何者なのかという事も含め、今置かれた現状を整理しなければ何事も始まらない。

 

 ……私は壊死した肉体を再生させると、そのまま眠りに入った。

 少しでも体力を温存し、精神的な疲労も取り除いておきたかったのだ。


『……んでくれ、イスティ……』


 それは記憶の残滓か。

 私に残った僅かな過去。

 眠りに落ちる寸前、優しげな男が私の髪を撫でた気がした。

 

 悪い気はしなかった。


◇◆◇  


(これは、セイの第二の試練なのです)


 その言葉に私は覚醒した。

 どうやら培養槽に沈んでいたらしい。


 その溶液は徐々に力を失いつつあった。

 このままでは窒息死という間抜けな事になるな、と思い、仕方なく培養槽を叩き壊すと外に出た。


「朔か」


 全ての能力が失効する魔の二ザン。

 そうなると、今の私も多少身体能力が高い魔族にしか過ぎないか。

 とは言え、朔の日に最も有能なのは、単純な腕力だ。

 鍛錬を積んだ戦士であれば朔の日など関係ない。 


「おお!! 覚醒したか!!」

「誰だ、お前?」  


 隻腕のコボルドが厚手の布を持って現れた。

 彼はそれを私に羽織らせる。


「俺はガッド=ガドガー。お前を再誕させた、言わば創造者だ」

「冗談はよしてくれ。お前とは何の紐付けもされておらん。察するに、この製造施設の管理者だろう?」

「う……」


 私が辺りを見回しながらそう告げると、ガッドは幾分居心地が悪そうにした。


 自身が持つ異能や力場が、徐々に薄らいでゆくのが分かった。

 今ならまだ、間に合う。

 こいつを殺して逃亡するか?

  

『現時点では、異能<秘密格納><昏睡魔針><勇猛果敢><暗夜疾駆><強靭竜燐><魔法阻害><超速再生>を、力場<大いなる繁茂の庭園>を獲得しております』


 体に馴染んでいるのは<秘密格納>だけだ。

 残りはこの培養槽で得た能力なのだろう。

 そう考えると、このコボルドの実力は計り知れない。

 情報も得ていない現状では、このまま静かに成り行きを見守ったほうが良いか。


 と、そこに別のコボルドが現れてガッドに耳打ちした。


「ガッド様。テオルザード様がお越しでございます」 

「クソッ!! もう何もかもお見通しという訳か!! ……少しで良い、引き止めろ」

「は……」


 そのテオルザードという者がどんな奴か分からなかったが、ガッドより上位なのだろう。

 隻腕のコボルドは私に向き直った。


「仕方ない。今ここでテオルザードに上前を掠め取られるくらいなら……。女、お前に名前を授ける、我が配下となるのだ!!」

「……はい」


 なるほど。

 紐付けは保留状態だったのだな。

 本格的に朔が来る前に、テオルザードを引きとめている間に、私と主従を結ぶというのか。

 そんな慌てっぷりでは先が思いやられるぞ。


「お前の名は……。イズナシンだ!!」

「……いや、確か……イスティの筈だ。そこだけ覚えている」

「何だと!? お前、記憶が!? 何故名付けに抵抗出来るのだ!?」


 私はため息を付いた。


「朔が進行していく中で、名付けは無理なんじゃないかな? 無理せずそのテオルザードと面会してきたら? 別に私は逃げたりしないから」

「い、いや。テオルザードにお前を渡せば二度と戻ってこん。俺の最高傑作をみすみす手放すものか!!」

「いやー。ガッド殿。惜しかったですね。貴方の最高傑作と聞いて、より一層欲しくなりましたよ」

「テ、テオルザード、さ、ま」


 青と赤に塗り分けられた狼の仮面。

 その仮面をつけた痩せた男がユラリと現れた。

 こいつがテオルザードか。


「では、私が名付けをしましょう」

「待て。こいつの名前は……イスティ……カ。イスティカだ!!」

「よろしい、ガッド殿がそこまで抵抗なさると言うのであれば、二人の共同所有という事にしましょう。彼女の二つ名は、夜の災厄。そう、ナイトスコージです」

「なっ!!」


 私の異能<暗夜疾駆>を知っていなければ、そんな二つ名は思い浮かばない筈だ。

 全く喰えない野郎だ。

 ガッドなんか足元にも及ばないだろう。


 ただ、テオルザードはそこまで把握していながらガッドに名付けを半分譲った。

 その点は覚えておいて損は無いだろう。


 私はそう考えながらも、彼らに恭順の意を示した。


「我が名は、イスティカ=ナイトスコージ。名を授かりました事を深く感謝いたします。これより先、我イスティカを貴方様がたの剣としてお使い下さい」

「あ、ああ」

「ええ。よろしくお願いしますね。イスティカさん」

「は……」


 テオルザード様は<転移>で消えていった。

 ガッド様は荒れ狂い、暴れまわった。 

 その様子を横目で見ながら、「まずは服が欲しいな」と思った。

 培養槽の硝子の欠片で、自身の顔を確かめた。


「なんだ、割と可愛い顔してるじゃないか。ハーフドワーフ素体かな? 髪の毛は真っ青だな。完全に成人済みか。お?」


 青い髪に二房、真っ赤な髪が混じっていた。

 側頭部少し上から、耳あたりまで、左右に一房ずつ。


「綺麗な赤だな」


 私はその二房の赤い髪を、とても気に入った。

 遂に敵勢力に堕ちたイスティリを待ち受ける未来とは。

 

 残されたセイの苦悩。

 そして、彼の新たなる試練の幕開けが迫る。


 次回、「狂える慟哭」

 不甲斐ない異世界人は慟哭する。

 彼はその狂気の世界で何を見るのか。


-------


 23話の後書きで、「メアさんは物語最期まで登場する予定です」と書いた時には、イスティリの闇堕ちは決定事項でした。

 ここから、イスティリ/イスティカには別の物語が与えられます。

 彼女がまたセイと出会うまでのストーリーもしっかり用意してあります。

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