189 イスティリの捕縛
ユノールザードがイスティリに向かって何かを投げたのが見えた。
それは、クルリと巻いた角だった。
「な、なんで!? ウシュフゴールの……!?」
イスティリが悲鳴を上げた。
その声に、俺も、仲間達も青ざめ始めた。
「あ、あれは!? メア。ウシュフゴールは、遅れると……?」
「ええ。彼女はそう言っていましたが、恐らくイスティリの為にユノールザードと一戦交えたのでしょう……」
「何故。何故だ……」
「……」
メアはその問いには答えず、コモン隊に命令を出した。
「コモン!! 総力を挙げてウシュフゴールを捜索するのです!! 闘技場内を探しなさい!!」
「はっ!! しかし……」
「ユノールザードが確実に出現する場所は、この闘技場以外に無かったのです。ウシュフゴールが待ち伏せしたのならば、闘技場以外に選択肢はありません」
「わ、分かりました」
アーリエスがシオの石の欠片をコモンに持たせた。
『妹』が即座に蛇を数体召還し、『兄』は小型のイタチに変身すると、コモン隊と共に駆け出していった。
ヘラルドは躊躇っていたが、この場に残る事を選択したようだった。
「さあ。セイ? ウシュフゴールの件は彼らに任せ、貴方はこの戦いを見届けるのです」
「メア……。だが……」
「見届けるのです!!」
メアは語気を強め言い放った。
「イスティリ=ミスリルストームが命を賭し、戦っているのですよ。それを、貴方が見届けなくてどうするのですか!!」
更に言い募った後、彼女はハイネの刀身を鞘から半ば取り出して、戦いを凝視し続けた。
俺は不安と動揺を抱えたまま、イスティリの戦いを目に焼き付けようとした。
トウワが俺の肩に優しく触手を置いた。
その時、脇腹に激痛が走った。
「う……?」
リーンが俺に短剣を突き入れたのだと理解するまでに、時間を要した。
「リーン? お、お前……」
「シン!!」
アーリエスの声でシンが素早く動いた。
シンは双剣を取り出すと、手早くリーンを切り裂こうとした。
が、リーンは俺を羽交い絞めにすると盾とした。
そのまま俺に突き入れた短剣を捻りながら引きずり出すと、喉を狙ってきた。
俺は咄嗟に右腕で庇うが、そのまま腕を切り落とされ、更に追撃が迫り来る。
「っぁ……」
切り裂かれる瞬間、メアがリーンを妨害した結果、俺は辛うじて即死を免れた。
俺の首横を掠めつつ、メアがハイネをリーンの喉元へと繰り出した。
耳元で金属がカチ合う音がした。
「ははははははははっ。最初からこうすれば良かったんだ!! 詩人!! これで我らが勝利だ!!」
「待てっ」
「待つものか!!」
メアの声が聞こえた。
腕を押さえながら、俺は初めて祝福《強奪》を使用した。
【対象から奪う物を指定して下さい。所持品の類は即時。異能以下の能力は四秒。異能は八秒、力場は十六秒、祝福は三十六秒で奪うことが出来ます】
『短剣及び全ての武具を奪え』
【了承しました】
リーンの短剣が俺の元へ飛んでくると、空中で浮遊した。
それ以外にも、大きな鎌、薬瓶、その他俺の理解できない雑多な物がゴシャゴシャと宙を舞った。
俺はリーンに向き直ると、問い詰めた。
「なぜだ。なぜなんだ、リーン!!」
リ-ンはニヤニヤと笑いながら、<転移>しようとした。
が、メアが超高速でその<転移>に対応した。
バチッという音と共にリーンの呪文は効果を発揮せず、彼女は舌打ちをすると次は手に<火球>を形成し始めた。
それもメアが処理した所で、彼女がリーンに剣を突き入れ、シンが首を切り落とした。
ゴトリ、という音と共に落ちた顔が声を上げて笑った。
「はははははははっ。私の勝ちだなっ。セイの命は最早風前の灯火だ。あの短剣に乗せた呪詛は並大抵の物ではないぞ!!」
「<幻覚>っ」
メアは即座に反応したが、彼女の足に黒豹が齧りついた。
「あぐっ!?」
「ガッ!?」
黒豹はメアからの反撃を受け、胴を負傷した所で飛び退ってヘラルドに牙を向けた。
ヘラルドが詠唱を開始するのと、彼に黒豹が飛び掛るのはほぼ同時だった。
彼は咄嗟に杖を盾に身を庇った。
杖は黒豹に噛み砕かれた。
そこにシンの一撃。
黒豹はその攻撃を回避し、横っ飛びに撥ねると、今度は俺目掛けて跳躍した。
アーリエスの金貨が黒豹の目に突き刺さる。
更にその顔面目掛け、トウワが触手を振り下ろした。
『……勝者は、イスティリ=ミスリルストームと相成った。我、地の神器ベリエスティリアスは、これを持ってして、猛る戦乙女の軍門へと下る……』
イスティリが勝った。
しかし、俺たちは彼女の戦いを見る事が出来なかった。
呼吸が乱れ、止め処も無く血が流れる腕を左手で押さえながら、俺はリーンの背中には豹の刺青が彫ってあった事を思い出した。
「リーン!!」
「ガハハハハッ」
俺は改めて《強奪》を起動し、リーンの豹の刺青を奪えるか試した。
その読みは正しかった。
豹の刺青が彼女の体から砂鉄のような粒子となって空中を彷徨い始めた。
粒子は徐々に球状になってゆき、俺の元へと運ばれてくる。
リーンは元の姿に強制的に戻っていった。
「あ・あ・あ・あ!? 何だ、これはっ!!」
容赦なくシン達が追撃を食らわせようと殺到した。
そこに、<稲妻>が複数同時に打ち込まれた。
「ああっ!!」
「ぐぁ!?」
リーン諸共、俺たちは連射される稲妻を幾度も食らう。
メアが打消しを乱射するが、敵は複数居るのか、除去が間に合わない。
その稲妻の嵐を抜け、リーンは駆け出していった。
ヘラルドがそのリーンに駆け寄りながら何か呪文を唱えたが、彼女はフラフラになりながらもそのまま掻き消えた。
「くそっ!!」
ヘラルドは追うのを諦め、メア共々呪文の打ち消しを始める。
メアはアーリエスに目配せを送る。
アーリエスが俺の口にシオの石を放り込んだ。
痛みが引いてゆく中、俺は瞑想中のディバを呼び出した。
「来い、ディバ!!」
ディバは瞬時に覚醒し、稲妻を片端から飲み込んだ。
だが、ディバに付随して、スヴォームまでもが意識を覚醒させ、俺の表層まで上り詰めてくるのが分かった。
そこに、再度リーンが突撃してきた。
彼女はセラの中から飛び出し、俺に短剣を付きたてた。
「ははははははっ。こっちが本命さ!! まさか神域に武器を隠すなんて思っても居ないだろう!!」
◇◆◇
ボクはベリエスティリアスを手に取り、ユノールザードの元まで歩んでいこうとした。
あいつにウシュフゴールの事を聞かなきゃ……。
けれど、そんな時間すらも与えられなかった。
ボクは場外の喧騒に気が付く。
「セイ様!? メアッ!!」
咄嗟に駆け出そうとした所を、背中に一撃を受けた。
【告。ユノールザード=スレンの秘匿された異能<昏睡魔針>は、イスティリ=ミスリルストームに対して使用されました。これにより、<昏睡魔針>の所有者はイスティリ=ミスリルストームとなります】
「ううっ」
半死半生のユノールザードが、覚束無い足取りでボクの方へと歩んでくるのが分かった。
「ふ……。まさか、私が、このユノールザードが、このような姑息な手で任務を完遂しなければならんとはな……」
「き、貴様……。何をしたっ!!」
「……私の目的は、神斧を持ち帰る事。そして、お前を連れ帰ることだ。最早雌雄は決したが、私は、……私はどのような事になろうとも、目的を遂行するのだっ!!」
「背後から異能……!? う……。立場は違えど、誇りある戦士だと……思って、いたの、に……」
「何とでも言え……。私は今、名誉を捨てた!! 全ては、我が主の為に成さねばならんのだ!!」
「……」
意識が混濁し始めた。
これは、何だ!?
異能<昏睡魔針>?
名前から推測するならば……。
ああ、セイ様……。
メア。
ウシュフゴール……。
沈む意識の中、ボクは自身の生が以外に短かった事を、とても残念に思った。
セイ様と幸せな人生を、なんて、夢でしかなかったのだと悟った。
ああ、セイ様……。
ボクの、イスティリ=ミスリルストームとしての記憶はここまでだ……。
◆◇◆
潜ませてあった霊薬の粉を肩口に塗りこむと、徐々に再生を開始し始めるのが分かった。
異能による再生能力も含めれば、小一ザンもすれば動くようにはなるだろう。
私は昏倒したイスティリの手を取ると、<転移>を開始した。
彼女は神斧を手放さなかったが、これは好都合だった。
そこに、場外から打消しが飛んでくる。
「小癪なッ!!」
あのメア卿とかいう魔道騎士が、剣を構えてこちらを見据えているのが見えた。
「……ここまで読んでいたのか? あの女」
だが、状況はこちらに有利なようだ。
相手は別の荷物を抱えている様子で、複数人の魔術師達がセイ一派に稲妻を唱え続けていた。
「来い、ディバ!!」
セイが《悪食》を起動したのが見て取れた。
と、そこにあの詩人が魔道騎士の体から飛び出したかと思うと、セイに短剣を繰り出した。
理屈は分からなかったが、魔道騎士の体は『門』となっているのだろうと推測した。
詩人の突撃は失敗に終わったようだったが、そのお陰で隙が出来た。
魔道騎士は、明らかにこちらよりもセイを優先した行動をとったのだ。
「派手な仲間割れだな」
私はこの隙を見逃さなかった。
即座に<転移>を唱え終わるのと、魔道騎士がこちらを向いたのは同時だった。
「残念だったな!! さらばだッ」
その女の悔しそうな顔は、私は忘れる事は無かった。
こうして、ユノールザード=スレンはラザでの目的を達し、無事に帰還したのだった。
遂に捕縛されてしまったイスティリ=ミスリルストームの命運やいかに!?
朔を待たずに行動に移したリーンの思惑。
そして、セイに襲い掛かるスヴォームの魔手。
次回、「イスティリの堕落」
囚われたイスティリに待ち受けるは、ガッド=ガドガーの培養槽。
全てを失ってゆく彼女に、救いはあるのか!?




